第40話 宇宙と重なりし者



「メーデー!メーデー!こちら防衛艦隊所属、旗艦ビッグハーケン!至急救助要請……っ、ザッ……ザーー——」


「どうしたっ!いったい何が起きているっ!!」


 突然の混乱——明らかに異常事態を示す通信が、復唱を待たずして途切れる。

 評議会内は騒然とし混乱——要因は敵対勢力などの反応が皆無、その中での艦隊旗艦通信の途絶だったから。


 中央評議会が存在する準惑星セレス宙域は、木星圏に比べて重力異常が要因となる宇宙災害頻度は低い傾向である。

 言わずと知れた木星は超重力と巨大な潮汐ちょうせき力で知られ――最も近時点を公転する衛星イオでは、強すぎる潮汐ちょうせき力の影響で真円が大きく歪むほどだ。

 その点では準惑星に甘んじるセレスの重力そのものはさしたる物ではない。


 しかし——問題はそのセレスがあるアステロイドベルトである。

 大小様々な小惑星を、公転軌道を取り巻く様に有するそれ――正に【宇宙災害コズミックハザード】の巣とも言える地帯なのだ。


 セレス本体の重力が小さくとも、外的要因があればいくらでも小惑星が降り注ぐ危険を孕んでいた。

 そして太陽系とは、常に外宇宙から巨大な小惑星や彗星・隕石が襲来し——太陽と言う、この星系で最も巨大な重力源によって引き寄せられる。

 飛来する星々にかき乱されたアステロイドベルト——それにより小惑星群を、豪雨の様に射出するカタパルトへと変貌するのだ。


「すぐに状況を確認しろ!待機中の援軍も支援に回して——」


「もう間に合いまへんえ?」


 慌てふためく議員を一瞥いちべつした【アル・カンデ】統括管理者―― 淡々たる一言で切り捨てた。

 あり得ない発言に対し湧き上がる怒りで、防衛軍を管理する堅物の統括者が吐き捨てる。


「そちらにとってはあかの他人の部隊かも知れんが、我が評議会の掛け替えのない部隊であり人命だっ!その様な軽はずみな発言——只ではおかんぞっ!!」


 その激昂げっこうはやはり評議会と言えど、人命を尊ぶ思いに変わりはない。

 だが軍の法規上、他区の人命までは頭が回らぬ固さは相も変わらず——それを確認しながら涼やかに答える【アル・カンデ】管理者。


「そちらの防衛艦隊が出張らへんかったら、もう少し早よう対処出来たんおすけどな……。」


 この管理者からすればこの不測の事態に対処する秘策を、救いし者セイバースの艦隊指令と打ち合わせて来た。

 本来ならば今受けたと思しき防衛艦隊の被害は、なき物と出来る算段。


 しかし現に被害が発生していると言う事は、確実に評議会の艦隊による横やりが入り――結果がこの始末と察していた。


「(クオン……、急いでおくれやす!)」


 ゆえに、予断を許さぬ状況へ突き進む中——平静を装う管理者 水奈迦みなかも、頼みの秘策へ切なる願いを託すのだった。



》》》》



「何をしているっ!武装を解除せよ——まだ評議会からの部隊運用承認は下りていないぞ!」


 不測の事態——無数の小惑星群が突如として襲来。

 しかし【聖剣コル・ブラント】からすれば、この事態への対応は想定の範囲内——更には迅速な対応の後、この場を無害で乗り切る事も可能であった。


 なのだが、この後に及んで頑なに評議会の命を待つ防衛艦隊所属A・Fアームド・フレーム隊——勢い勇んで宇宙に出た【霊装機セロ・フレーム】の行く手を阻んでいた。


 すでにΩオメガ支援のため後方へ構えた赤き機体――く気持ちの同僚も声を荒げる。


『クオンっ!このままでは被害が増える一方よ!——何とかしないと……——』


 いた同僚綾奈あやなが注視する艦隊方面映像——そこへセレス公転軌道の、回転方向に沿って飛来する大量の岩雨。

 岩石と鉱物——無数の宇宙由来の成分を硬質な外殻で包む、大自然が生成した鋼鉄をも紙のように貫ぬく破壊の弾丸。


聖剣コル・ブラント】が事前に察知・観測した規模は、数段に渡って降り注ぐ危険レベルAAAクラス災害。

 正にクオンが直感した危機——まがう事なき【宇宙災害コズミック・ハザード】であった。


 ともすれば死者すら出かねない危機的事態——最中、それは訪れた。


「これ……は――!?」


 評議会ソシャール内――その異変に気付いた水奈迦みなかが、室内モニターに映る映像を注視した――否、

 【アル・カンデ】統括者だけでは無い――それは次々と【覚醒者サイ・センシニティ】と呼ばれる、この宙域全ての人々へ同調を始める。


「なん……だと!?これは……この反応はっ!?」


 【聖剣コル・ブラント】を指揮する月読つくよみも同様に感覚を揺さぶられる――感じた事も無い、魂から揺さぶられる鼓動。

 ――宇宙そらが生まれるかの様な瞬間の訪れ――


「クオンっ早く――っ……えっ!?」


 恐らくは最も遅くその感覚へ辿たどりついたのは、地上出身である赤き機体のサポートパートナー綾奈あやな

 【覚醒者サイ・センシニティ】からかけ離れた者ですら、感知せしめるその超常の事態の訪れ――彼女はモニターに映る同僚を、その凝視する。


 薄発光の膜に覆われる男――恐らくはこの現宇宙の歴史上……初めてとなる奇跡が産声を上げる。

 宇宙人そらびとの歴史においても、それは前例が無い事態――だが確かにそれは訪れた。


≪オレはもう――過去に捕らわれない――≫


 それは言葉――しかし霊的に高次元へと伝わる、高次霊量子振動ハイ・イスタール・ヴィヴレード

 耳ではなく、魂が感応する【霊言フォノン・ワード】と呼ばれる物。

 一つの存在が宇宙そらと繋がり、霊的に昇華した時――無意識下で発されるとされる現象。

 積み重ねた能力が限界を超越し、高次への扉へ至った時——魂の宣言が宇宙そらへと刻まれ、その者は宇宙そらに適応する存在へとシフトする。


≪オレはこの目で……前を見る!!≫


 宇宙――いにしえの歴史上それらを人はこう呼んだ。

 ――【宇宙と重なりし者フォース・レイアー】と――


 宣言が放たれると同時に、凄まじい霊力震が準惑星セレス宙域を打ち揺るがした。

 生命が誕生した時の証として、宇宙そらへ刻まれるのが高次霊量子振動ハイ・イスタール・ヴィヴレードであるとされる。

 だが――〈重なりし者〉の覚醒は、さながら生命のビッグバンに相当する。

 霊力の波は強烈な振動となり、人を、惑星を――そして時空すらも震撼させる。


 宇宙高次元への適合者——誕生したその生命の咆哮が、さらにもう一つの存在への目覚めを呼び起こした。

 搭乗する【霊装セロの騎士】の咆哮——そこより発せられる高次霊量子振動ハイ・イスタール・ヴィヴレードに呼応するかの様に、蒼き双眸が雷光をまとう。


 Ωオメガと言う存在は、そのメイン動力炉の不安定さの要因として【観測者】によって掛けられた技術制限が影響している。

 ブラックボックスと呼ばれるそれは、本来人類に余りある技術である為——きたるべき時の為に掛けられた制限と、技術監督官より説明されてもいた。


 しかし今——その掛けられた制限ギリギリまで、突如として上昇した機体出力……通常の制御ではあり得ない事態が蒼き雷光を包む。


『何……だこの……反応は!?』


 【霊装機セロ・フレーム】を阻んでいた評議会所属機群――それはほんの一瞬、感じた事も無い高次元事象に動揺した素振そぶり。

 制止させていたから機体ごと視界を移した刹那、霊的な光をまとう蒼き閃光が――消えた。


『おい……!Ωオメガが……消え――』


 光学的な視界――モニターに映るのは、Αアルファフレームのみ。

 驚愕の刹那、Ωオメガが視界から消失していた。

 しかしかろうじてその蒼き機体のシグナルを捉えた、防衛隊機のパネルモニター――表示されたその現在位置と速度、確認した防衛艦隊機パイロットらが騒然となる。


「何……だと!?何だこの速度……今ここに奴はいたはずだ!」


「速すぎるっ……!?」


 その蒼き閃光は――すでに評議会防衛艦隊、そこへ降り注ぐ【宇宙災害コズミック・ハザード】の渦中へと雷光の軌跡を描いて飛び去っていた。

 操縦者であるクオン・サイガ――彼の救済の信念〈救いを求める者の居る場所へ、雷光の如く駆けつける〉と言う想いと共に。


 雷光、蒼き閃雷――その背を追う赤き機体の少年は、魅せつけられた……その覚醒の刹那を。

 眼前より一瞬で救済地点かの地へと飛ぶ英雄の機体オメガ――目の当たりにした格闘少年が、のちにその英雄を現す事となる誇り高き名声を口にしていた。


「クオンさん……、まるで宇宙そらを駆ける【蒼き閃光ブルー・ライトニング】みたいだ――!」

 


》》》》



 オレは刹那の雷鳴となって宇宙を駆ける。


 身体の全てが生まれ変わった様な感覚――今までの自分はDNA総合劣化症により、宇宙に生きる者と同等の生活を送れず……何度も精神が崩れそうになる事もあった。

 全てにおいて能力が劣ると言う事は、自分の行いの何を持ってしても他に打ち勝つ事が出来ない――生きる上で、完全な八方塞がりの様な日々。


 地球年齢で十代も半ば――そんな時出会ったのが掛け替えのない友人、勝志かつし水奈迦みなか様。

 そしてこいつと――Ωオメガと出会ったんだ。


 あの頃から今も変わらずにオレには夢がある。

 このΩオメガに搭乗し――多くの命の助けになる事。

 けどあの時は、こいつを満足に操る事も出来ず――それはただの夢でしかなかった。


『ザー……――……すけてくれ!――負傷者……っ――こちら――ザッザー――』


 だが――今オレはこいつオメガを通して全てが見える。

 評議会の部隊、広域展開していたのが幸いし――局所的な被害で収まっているが、流星群の直撃を受けた旗艦及びその周辺艦が甚大なダメージ。

 辛うじて聞こえる通信で、まだメイン動力は生きていると察するが――猶予は無い。

 

 先ずオレが行う行動はただ一つ――あの艦隊を、可及的速やかに救済するための行動を取る事。

 そのためには――


「ジーナ!出力調整……今出せる限界ギリギリで行く!頼むぞ!」


「っ……、はっ……はいっ!了解……です!」


 確かにオレの身体は、今の尋常ではないΩオメガの出力に対応出来ている。

 それに対しての考察云々は後回しとしても――やはりジーナが耐え兼ねている。

 無理も無い――こんな異常なまでの機体加速で、身体を持たせる方が無理と言うほど上昇した出力。


 出来る限り加減速の緩急を緩め、ジーナの負担を考慮しつつ――防衛艦隊旗艦へと急ぐ。

 そして機体へ掲げる、この瞬間に一番重要な旗印はたじるし――こちらからの強制通信と共にそれをひるがえすんだ。


「聞こえるか、評議会防衛艦隊旗艦――ビックハーケン!」


 こちらの周波数へ強制シフト、これなら――


『――っ、きっ……貴殿はΩオメガの!?いやっ……それより緊急事態、流星群でメインスラスターをやられた!ダメージコントロールするも負傷者多数!至急救援を……!』


 傍受した――「助けてくれ」――今必要な言葉を聞き取れた。

 ならば取るべき行動に移すのみ。


「了解した!これよりに基づき――を開始する!暁艦隊指令っ!応答願う!」


 オレはすぐさま、未だ止まぬ流星群と動けぬ旗艦の間へ――グラビティ-P・Sパラゾレート・スタッド広域展開を終え、対宇宙災害防衛行動へ移る。

 その間、モニターパネルへあの勇ましき艦長殿がたぎる表情で現れた。


『こちらあかつき艦隊指令、工藤くどうだ!状況は理解した、災害地帯の詳しい状況をリアル通信で頼む!……そこからは、いよいよ我等の出番――任せてもらおう!』


 Ωオメガへ送られた通信ののち――【聖剣コル・ブラント】から放たれる【救いの御手セイバー・ハンズ】を擁する艦隊。

 人知れず名声を欲しいままにした救済艦隊の晴れ舞台――それは同時にオレが描いた夢の一歩。


 さあ、同胞達よ――命を救う作戦セイブ・ミッション開始の鐘を打ち鳴らそう!

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