第39話 太陽系中央評議会



「議長閣下……C・T・Oの率いる艦が、間もなく準惑星セレス衛星軌道へ入ります……。」


 準惑星セレスの軌道上――必要設備を集約した中規模ソシャールが存在する。

 複数の宇宙港を要するこのソシャールは、重要人物や組織――それに関わる者らが頻繁に行き来する評議会政府の所有物。

 今も評議会へと訪れた関係者の宇宙船に宇宙艇が、幾隻も重力アンカーで繋ぎ止められる。


 さらにそのソシャールから10kmの距離――評議会要人を護衛するための、武装した軍用有人A・Fアームド・フレームを基盤とする防衛艦隊が配置される。

 もっともそれは、今まさに到着せんとする部隊へのけん制と――それらへの万が一の防衛網としてであるが。


「うむ、下がって良いぞ。」


 評議会所有ソシャールの一室――宇宙を展望出来る要人用の区画。

 この時代では変わらずL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー技術に包まれる一室で、この評議会における最も重要である男――来訪者の訪問を告げに来た執務官を、一瞥いちべつの後下がらせる。


 老齢ではあるがその眼光は未だ現役――すでに展望窓、視界の隅にうつる幾重もの光の中心で一際巨大な光……否、徐々にその大きさを増す船影を見据えていた。

 長身と引き締まった体躯は、ただの議会関係者とは一線を画すこの男――名は【ハーネスン・カベラール】、中央評議会をまとめる現場叩き上げの議長閣下である。


「……ときは、動いたか……。」


 議長である男は視界を侵略し始めた船影――巨大な剣を形取るそれを見据えた後、これから行われる重要会議のためその部屋を後にする。

 それはかの中立を謳う独立区ソシャール【アル・カンデ】最強の防衛組織――出頭したそれらがL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーの無許可使用を行った事への弁明の場。


 しかしこの男は、恐らく他の議員では想定出来ぬ未来の末路をこの時すでに描いていた。

 エイワス・ヒュビネットと言う、かつて英雄と称され――天才エースパイロットの名を欲しいままにした男が引き起こした、歴史上最悪の末路を――



》》》》



 【聖剣コル・ブラント】入港――が、準惑星セレス上に存在する中央評議会所有ソシャールは、その巨大なる剣を模した艦艇受け入れを拒否。

 周辺宙域で待機する様厳命された。

 そしてその待機中の艦とソシャール間へ、評議会の防衛艦隊を展開――随分と警戒された物だ。


 評議会へは、実質この件の責を負う事となる【アル・カンデ】統括者 水奈迦みなか様と、そのお付で技術監督官の【星霊姫ドール】リヴ・ロシャ嬢が小型艇ですでに向かった後。

 防衛艦隊からの命令で武装は基本解除状態で待機するが――月読つくよみ指令と状況の討ち合わせを密かに取り付け、万が一宇宙災害が発生した場合の緊急プランのためΩオメガの調整を急ぐ。


「ジーナ、現状武装が使えない状況だが――緊急プラン発動時はいつでも出られる様に頼む。」


 メインパイロットも武装解除に合わせて搭乗出来ないため、サポートパイロットであるジーナへ有事の際の緊急シークエンス発動を異状している。


『了解しました。クオンさんは一先ず、身体の万全を期す様お願いします。』


 頼もしいパートナーの声が通信モニターから響くここは、格納庫を一望出来る展望室――同じく【霊装機セロ・フレーム】から閉め出され中のいつきと並んで機体を注視していた。

 当の少年格闘家殿はやはり緊張の色が隠せないが、それは致し方ない事――そもそもまだオレ達の試練は始まってもいない。


「緊張しすぎだぞ、いつき。出頭命令を受けた時点でこうなるのは予測出来た事だろう。」


 パイロットスーツの格闘少年は、緊張の色が額へにじむ汗となり引きつった笑顔で返してくる。


「いや……でも、やっぱり味方のはずの人類からも銃口を向けられる状況ですよ?【ザガー・カルツ】の時みたいに、その――不安も感じる訳で……。」


 疑心暗鬼だろう――今まで普通に暮らして来た一介の学生が、突如として戦乱に巻き込まれた様な状況だ。

 そして自分達にその銃口を向けたのは、他でもない同じ人間――そしてまた今、軍事的に致し方ない処置であるとは言え、再び銃口にさらされている。

 周囲の者が信じられなくなるのも無理は無いが――今オレ達がうろたえる訳にはいかない。


「その感覚を忘れろと言わない――だが、それに飲まれるなよ?大事なのは自分が信にたる事実を、明確に心へ据える事……でなければ、お前の拳はきっと曇ってしまうからな。」


 それは軍事的にΩオメガを任されるオレも同じ――特にいつきは格闘家、その拳に迷いが生じては守るべき者どころか、己が命も危険にさらしかねない。

 未だ宇宙そらに足を踏み入れて間もない、初心者格闘家の面持ちを気にしながらおのれおのれ――先ほどから徐々に大きくなる胸騒ぎに神経を研ぎ澄ました。


 不確定であったはずの可能性が、次第に明確になる様な感覚――それは恐らく決して判断を違えてはならない不測の事態。

 それを――ここからはモニター越しではあるが……我等が今居る準惑星セレス、その遥か後方の深淵しんえんへ――視線ではなく感覚を集中する。


 そして――自分の中にある確信めいたざわつきが……少しの後明確な警告へ変わるのにはさほど時間を要さなかった。

 指令より――己が感覚が危険を察知したら、迷わず出ろと指示を受けていた。


 危険――警告、己が脳裏に緊急シグナルが鳴り響いた瞬間。

 オレは同じ宇宙そらを駆ける【霊装機セロ・フレーム】を駆る者達へ通信を飛ばし――傍にいるこの背を守る期待の新星と共に――宇宙そらへ向け、駆けた。



》》》》



 小型宇宙艇が評議会所有ソシャールの宇宙港へ入港する。

 そこに搭乗するはL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーの産物である【霊装機セロ・フレーム】を、各関係機関の了承無しに起動させた軍部の弁明のために訪れた【アル・カンデ】管理者。

 ――そして同行を申し出た技術監督官の【星霊姫ドール】リヴ・ロシャ嬢だ。


 本来L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーを起動させるための条件としては、まず関係会議へその旨を提示し――ソシャール管理者に大佐以上の軍部統括者、そして技術監督官等三者以上の同意が必要不可欠。

 しかし今回、その最も重要な点である関係会議へ技術起動の提示を省いた形だ。

 緊急事態への対処――それは現場で巻き込まれた者独自の判断であり、肝心の評議会にはその重きが伝わらない――否、伝わっていても軍の規定上如何いかんともし難い想定外であるのだ。


 事態の重さが十二分に理解出来る評議会関係者を上げたとしても、代表であるカベラール議長を除けば不十分と言わざるを得ない。


 すでに水奈迦みなかと【星霊姫ドール】リヴ・ロシャ嬢が、弁明を行う場として設けられた一室で評議会の面々と対峙する。

 だが――彼女ら【アル・カンデ】代表が呼びつけられた会議の間は、さしずめ軍法会議に違反した重罪人を尋問するかの様に設備を配された場所。

 会議の場とは言えない様な、弁明に訪れた者のみが議会関係者に囲まれ――椅子すらも準備されない状況。


 鼻から弁明に対しての信憑性を疑う態度が、ちらちらと見え隠れしていた。

 その様な場ではあるが、せめて議会に参集する各代表者の暴走に釘を刺す意味も含め――先ず代表であるカベラール議長が、議会進行を執り行う。


「議題に移る前に――遠くは木星圏より遠路遥々ご足労願い感謝します。【アル・カンデ】統括管理者 ヤサカニ 水奈迦みなか様――そして技術監督官 リヴ・ロシャ嬢。」


「……では今回の件――L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーにおける、最重要機密事項に相当するΩオメガの未承認起動についてだが……。」


 刺す様な視線がヤサカニ家の当主へ突き刺さる――が、彼女はその視線すら軽くいなし、カベラール議長閣下の声に耳を傾ける。

 その烏合の衆のさげすみなど、さしたる気にも留めぬ胆力は大よそ女性のそれではないと言えるほどであった。

 彼女にしてみれば、C・T・Oを初めとした隊員達が命を賭して我等が故郷とも言えるソシャールを防衛した事実――例え軍法に抵触する恐れがあったとて、その責を隊の者に投げるつもりなど毛頭無い信念でここに立っていた。


 彼らは成すべき事を成した――それに答えるために、ヤサカニ家当主にして【アル・カンデ】統括管理者である女性は、揺るがぬ信念にて弁明を述べる。

 

「今回、評議会への技術使用申請に必要な諸々もろもろを欠いた事――その件に付きましてはウチ等も至らんかった思います。――しかしながら、クロント・ボンホース派がようする【ザガー・カルツ】のソシャール襲撃……それに適切な対応を取る時間は、ほぼ無きに等しかった言えます。」


「よってこのΩオメガを初めとしたL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーの臨時使用――最適且つ最良と、ウチは考えておりますえ。」


 各代表の刺す様な視線をことごとくぐり――【アル・カンデ】統括管理者は言い放つ。

 しかしここであの事態を直接知る者は、弁明に訪れた二人だけ―― 一斉に各関係者からの意見が、非難の色を帯びて飛び交った。


「だからと言って、あのΩオメガを起動させた事実は変わらぬ!それが何を意味するか、そちらも理解しているのではないかね!?」


L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーは元より――あのΩオメガに関しては、この太陽系連合国全体の問題である!ともすれば、世界の滅亡にも関与する事になるやも知れんのだぞ!」


 初老の背を屈めたレムリア・アトランティス連合の評議会危機管理の男――防衛軍管理を担う長身ではないが、体躯だけは立派な堅物の男。

 次々と【アル・カンデ】統括管理者へ非難轟々を浴びせかける。

 しかし臆さぬ管理者 水奈迦みなか――この程度の事でイチイチうろたえる様では、【アル・カンデ】管理などままならんと言わんばかり。


 その態度がなおさら気に触ったのか、さらに評議会――それも火星圏寄りのどちらかと言えば強硬派に近い、切れ長の目を向ける地上年齢40代ほどの者が口を開く。


「そもそも【アル・カンデ】は中央独立区――ムーラ・カナ皇王国からすれば極めて重要性の高い区画であるが……その様な場所へ宗家か何か知らんが、女性の代表者を立てるなど――」


 この者は火星圏強硬派――それも地球圏上がりの議員と言う成り立ち。

 火星圏は内縁に行くほど、皇王国本国の意向から離れた――または宇宙人そらびとの成り立ちや基礎となる規律を把握していない民が、連合国内に多い事で知られる。

 まさに今しがたの発言は、皇王国において三神守護宗家の存在意義――それが元老院直属であり、ラムー皇族と同一の権限を持つ事を知らない暴言。


 行き過ぎた暴言を言いきる前――その男の無知なる凶行へ、場を凍りつかせる様な怒号が響く。


「口を慎みたまえ!!」


 口を開いたまま、どっ!と脂汗を吹き出した暴言議員は硬直しながら言葉を失った。

 怒号の先は言うまでもなく、議会の暴走を制するべく成り行きを見守る代表議長――カベラール議長である。

 彼の怒りに火を入れた暴言議員の言葉――確かに議会員としてあるまじき発言がいくつもまぶされているが、怒りの主な原因は女性をないがしろにした点に集約されていた。


 ムーラ・カナ皇王国における最高機関である、元老院議員――その頂点に座する最長老は女性である。

 宇宙人そらびとの寿命からしても驚異的な高齢である彼女は地上年齢で140歳を越える、宇宙年齢基準で280歳である。

 しかし未だ健在の老婆は老婆らしからぬ健康体と、陽だまりの様な笑顔で知られ――全ての民を、ことごとく慈愛の光で包み込む女神とさえ呼び称される。


 つまりはこの世界は女性の権限を極めて高く設定した、女性優位の社会である。

 その本質には世界を監視する【観測者】アリス――そしてその存在から啓示を受け取る【星霊姫ドール】と、王位を頂く者や力を管理する者に女性が関わっているからに他ならない。

 ただ、だからと言って男性の地位が疎かにされる訳ではないのが、ムーラ・カナ皇王国と言う世界なのだ。

 むしろそれは大自然の本質であり――どちらかが偉く、どちらかが劣ると言う思考そのものが存在していない――互いの不得手を補い合うと言う思想なのだ。

 男性が全ての権限を持つ思考は、地上に住む一部の自分本位である者が身勝手に確立した――宇宙そらで生きる人類には無用な考えと言える。


「貴殿は知らぬだろうが――この場を借りて厳命しておこう。皇王国においては、婦女――ならびに身障である者への暴言は重罪となる。男性優位、健常者優位などとは決して履き違えるな!」


 その発言は正に事の常識をわきまえたる証明――このハーネスン・カベラールと言う男は、暴走が未だ続く火星圏を繋ぎとめる最後の砦とも言われる存在なのだ。


 ――だが

 暴言を放つ議員も含めこの評議会に参集する者達――そして【聖剣コル・ブラント】に対して展開された評議会付きの防衛艦隊。

 彼等は未だ知りえない。

 Ωオメガと言う存在が宇宙そらに上がった今――この太陽系に住まう人類の命運は、すでに動き始めているという事を。


 そして同時にΑアルファまでもがΩオメガと居並ぶ事態――それは宇宙そらの歴史上において、それらが存在する世界に大変革がもたらされる兆候。


 ――始める者Αと……終わらせる者Ω――


 評議会の場――唯一その事実を知る者は、【星霊姫ドール】が構成する、常人には感知出来ぬ高次元より人の歩みを……

 人の行く末と――そして今この宙域に訪れようとする、恐らくは大変革の火を入れる奇跡の到来を……静かに見守っていた。

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