宇宙と重なりし者

第38話 火星外縁 アステロイドベルト



「指令。目標座標まで残り24時間となります。」


 【聖剣コル・ブラント】ブリッジがにわかに引き締まる。

 木星圏からの航海は折り返し地点に差し掛かる。

 ミューダス軍曹の任務への忠実な声色こわいろが、緊張を張る要因にもなった。


 ブリッジ内でも、異常を察知した際のミューダス軍曹の声色こわいろは、やる気がなさそうな普段とのギャップもあり無駄に緊張してしまうと評判だが――今回はそれが良い方向に働いている。


 〈出頭命令〉――これから向かうはムーラ・カナ皇王国が太陽系を統制するために設置した、言わば技術と文化の監視と管理をつかさどる頂点。

 そこへの距離がミューダス軍曹の観測通り、24時間の距離に入った。


「よし、各員へ通達――これより22時間後には持ち場へ。それまでに各々おのおのの体調に万全を期す用伝えろ。」


 首肯し、各員への通達に入るヴァシンカス軍曹――しかし、ここに来てあらぬ緊張が彼女を包む。

 間もなく目標座標に到着する――だが、今回は今までの作戦とは質が異なる。

 言わば軍法に抵触した行いを、弁明に向かうと言う任務である。

 今まで、多くの人命のために作戦をこなして来た者達にとっては、如何いかんともしがたい心情であろう。


 それでも緊張で僅かに震える手でって、艦内通信をONにし――


「艦内各員へ――本艦はこれより24時間後、目標座標へ到着します。明日みょうじつ22:00には持ち場へ――それまでは、各員体調に留意し万全を期す事。繰り返す――」


 彼女はまだC・T・Oでは日が浅く新参の部類ではある――しかし、それなりの宇宙災害コズミック・ハザードは経験して来た。

 少ないながらもその経験を生かし、一生懸命な姿はC・T・Oの誰もに認められている。

 その彼女が透き通る――いつもの地球は日本の関西系方言とは違う、標準語の通信を行った時の気の引き締まり様は、作戦前に多くの隊員の心へ冷静さを生む事で知られる。


 まさにこの艦のブリッジクルーを代表する二人が、作戦上のバックアップ担当として作戦の達成率を向上させる要と言えた。



》》》》



 すでに目標座標到達まで24時間を切った艦内――充分な休養を取りたくも、寝付けない隊員が続出する。

 やはり原因は、今回の作戦に対する不安が大半を占めていた。


 オレ達は命を掛け――全力で敵対者ザガー・カルツを退け、一時的ではあるが【アル・カンデ】を救済した。

 宇宙災害救済部隊セイバースを名乗る我等としてはほこれる程の功績――それは【アル・カンデ】のC・T・O防衛本部からも高い賞賛を受けていた。


 だがこの状況だ――その場に存在した者しか理解出来ぬ絶対絶命の危機、それはこれだけ離れた評議会には、単なる映像でしか伝わっていないのだ。

 故の出頭命令――我等は真摯に受け止めそれに従うしかない。

 どの道、事を荒げれば不利になるのは承知している――それを理解するクルーは皆、不安の中で必死にその身体を休めようと努めていた。


 だが――

 オレの思い過ごしであればいい――いいのだが、妙な胸騒ぎがしてならない。

 この感じ、どちらかと言えば天災の訪れる前触れの様な――


 その思考に達したオレは、迷わず小ミーティング・ルームのブザーを鳴らす。

 そこには24時間を切った本作戦の討ち合わせで、月読つくよみ指令と水奈迦みなか様――そして技術監督官リヴ・ロシャが詰めていた。


「指令……少し時間、構わないか?気がかりな事がある。」


「……クオン。熱心なのはいいが、お前と紅円寺こうえんじ少尉は貴重な我が隊の【霊装機セロ・フレーム】パイロット――身体を休めてからでは遅い話か?」


 身体を休め万全を期せという指示の矢先――小ミーティング・ルームの開放したドアから現れたオレを見て、嘆息する月読つくよみ指令。

 重要事を告げに来た――それを察した上での注意を貰ってしまう。


 まあ、確かに現状自分の胸騒ぎ程度――恐らくはいつき深淵しんえんを感じ取る感覚と比べれば、それは些細な物だろう。

 だが――オレの言葉に僅かな共感を覚えた者、水奈迦みなか様がその先をうなしてきた。


「クオンが何か感じた言う事やったら、それは少し重要視した方がよろしゅおますな。」


 【アル・カンデ】統括者の了承が下り、艦隊指令もならばと聞き入れる体制に入る。

 当然技術監督官殿もその意見に興味津々の様だ。

 そしてオレは了承の元、胸騒ぎ――正直明確とは言い難いが、後手に回る危険をかんがみて確実に感じたままを伝えた。


「天災の前触れ……。ふむ、それは確かに事前策を講じる必要があるな。」


 オレの胸騒ぎの意図を掴んだ艦隊指令――相変わらずの経験と洞察力。

 天災と言う言葉は正にこの宇宙そらにおいては、最も危惧すべき事項――事前の策を講じておいて無駄になる事はないのを知り得ている。


 古来より――人間は天災と言う物を神々の怒り等と恐れた時代があったが、科学の発達によりある程度予見する事は可能になった。

 しかしいにしえのオーバー・テクノロジーであるL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーにおいても、その予見は完全とは行かず――そこに大自然と言う名の巨大な壁が立ちはだかる。


 だがこの宇宙空間――ソシャール・コロニーを建造し宇宙で生きる【宇宙人そらびと】は、そのほとんどが【覚醒者サイ・センシニティ】と呼ばれる宇宙適合者である。

 人体における五感は元より、その上位である第六感・第七感を含む感覚が地上でその生涯を終える民より優れている。


 優れているのだが、実の所オレ自身はDNA総合劣化症と言う身障者であるが故――本来その感覚は極めて鈍く、通常の【宇宙人そらびと】よりも遥かに劣っているはずなのだ。


 ――けれど、確かに感じたその胸騒ぎ。

 自分自身も何故か分からないが、明確ではないはず――だが、動かなければと言う衝動に駆られたのだ。


「その件については対応するとして――クオン、先程も言った通り……君も充分な休養を――」


「指令――よろしゅおすか?」


 先程のオレを案じての言葉を繰り返そうとした指令が、【アル・カンデ】の統括者に制される。

 その視線――二人だけにして欲しいと言う意を汲んだ指令は、


「分かりました。こちらは席を外しましょう――監督官殿。」


 と監督官リヴへ振るが少し膨らました頬で、拗ねた様に返される。


「わ、私も席を外さないといけないのですか指令様!?むぅ~~ちゃんと後で見返りは頂きますよ!」


 見返りと言うと、知らぬ者からすれば厚かましさを感じるだろう――しかし彼女の見返りとは何の事はない、皆で作戦であれプライベートであれ会話をしたいと言う事である。


 【星霊姫ドール】である彼女は、元来世界にあまねく情報を余す事なく会得し――世界の行く末を見定める役を【観測者】である【アリス】より与えられた存在。

 ほんのささやかな日常のやり取りでさえ、彼女らにとっては世界を認識するための材料となる。

 そしてその日常に生の喜びを感じるか、死の絶望を刻まれるかで世界へ下される審判が決定されるとさえ言われる。

 その点では技術監督官と言う役は、正に適任であるのだが。

 ――まあ、純粋に人類との会話を通じて交流出来る事に、喜びを感じているのも一理あるとは監督官の弁。


 むくれたままの監督官を、慣れないやり取りで小ミーティング・ルームから退出させる艦隊指令――普段は歴戦の勇士然としている癖に、ああいう所はホントに苦手だなと苦笑してしまう。


 そして残された部屋にはオレと水奈迦みなか様――部屋の壁にあるモニターパネルを見つめながら、彼女がおもむろに切り出した。


「クオンと二人で、こうやって話すのは――ほんまに何年ぶりですやろか……。あの時やったら、この輪に勝志かつしもおりましたしな。」


 モニターを眺める【アル・カンデ】統括者――その目は懐かしき昔、8年前の日を見ていた。

 そこには当たり前の様にオレと、水奈迦みなか様――そしてあのΩオメガパイロットへ最初に選ばれた無二の親友、御堂 勝志みどう かつしが居た。


水奈迦みなか様は勝志かつしが戻って来ると――」


 オレが気にかけている事を口にしようとした時、水奈迦みなか様はこちらを一瞥いちべつし――


「今は二人だけおすえ?昔のままでお願いします。」


 と、訂正を求められ――苦笑いながら分かりましたと首肯し、あの時三人で笑いあった時のままで語る。


水奈迦みなか勝志かつしが戻ってくると思ってるのか?」


 本当に8年ぶりだ――かつてはオレとあいつ、そして水奈迦みなか様は軍で言えば同期の様な間柄。

 呼び捨てなのは仲の良い友人であったから。

 しかしその中でオレだけが唯一身障者であり、それに対し勝志かつし――あいつは生まれながらにして宇宙そらに選ばれた、先天性の【重なりし者フォース・レイアー】であった。

 そして水奈迦みなか様も、三神守護宗家が一家であるヤサカニ家の時期当主候補――だが、まだ継承の儀を待つ身であった。


 友人達の間柄であった日々は互いが切磋琢磨し、それぞれを励まし合い――それが知らぬ内に、一つの愛情の形へと変化を遂げていた頃。

 ――その機体オメガに出会ったんだ。


「昔も今も変わりまへんえ?……うちは勝志かつしが、約束通り帰って来る思います。彼は不器用すぎて約束が破れへん人おすからな。」


 微笑ほほえみが漏れる――それは今の宗家を背負う当主の物ではない。

 あの頃――オレ達がまだ友人として笑い合っていた頃の、幼き少女のだ。

 そして―― 一見おかしな言い回しの言葉、あいつが正にそれだった。


 そのオレ達が笑い合い――共に己を磨いていたあの頃……Ωオメガと出会い、運命は変わって行く。

 それを決定付けた事件――漆黒しっこく嘲笑ちょうしょうによって、

 あの時勝志かつしはオレを救い――あいつを救えなかった俺は失意の底へ。

 ――そして、水奈迦みなか様はほのかな恋心を抱く二人の若者と、まとめて一度に引き裂かれた。


 それこそがオレを縛りつけ、捕らえていた過去の記憶。

 だが――


「そうだな……あいつは本当に不器用だ。だからオレを救った後も、死に方が分からず舞い戻ってくるかもしれないな。」


 オレは口走る――まるで過去に捕らわれていた事が、無かったかの様に。

 笑みすら浮かべ、冗談めいた様に過去を語るオレを――驚き、その黒曜石こくようせきの様な艶やかな瞳で見つめる【アル・カンデ】統括者。

 見つめたまま、思うままの言葉を返して来る。


「そう……おすな。勝志かつしなら、きっと……。」


 艶やかな瞳の端へ浮かぶ輝きが、オレの心にまでも染み渡る。

 その時俺はようやく理解した――過去に捕らわれたオレは、すでに前へと歩み出している。


 その思考に至った瞬間――魂が揺らぎ、大いなる存在へと繋がる様な感覚が生まれた事に気付いた。

 それはまるで――、不思議な感覚だった――


 




 

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