第34話 凶鳥フレスベルグ



 救いし者達はすでに木星超重力圏を離脱、太陽系内縁への航路を取っていた。

 対して敵対者である【ザガー・カルツ】は強襲を試みるも、予想以上の抵抗を見せた赤き【霊装機セロ・フレーム】によりまたしても充分な損害を与えずしての帰還となる。


 しかし、隊長であるヒュビネットからすればこの現状――ようやく必要な駒が揃ったと言う所であった。


 巡宙艦バーゾベルは、【凶鳥フレスベルグ】が持参した木星超重力圏脱出用ブースターを受け取り、一旦彼らが本拠とする宙域へ帰還する算段を進めていた。

 すでに【聖剣コル・ブラント】が太陽系内縁へ向かったが、この宙域に止まればいずれは皇王国の正規軍に発見される恐れがあるはず――だがそれは、いずこより送信される漏れ出た情報によって充分な余裕があると示されていた。


「こいつぁ……、【聖剣コル・ブラント】に勝るとも劣らねえってやつか!」


 新たなる旗艦へ着艦後、まだ不完全な灼銅しゃくどうの機体調整を進めるためバーゾベルから引き継がれた整備クルーへその調整を委譲し――目の当たりにする超常の戦艦を値踏みする戦狼。


 艦内部はかの【聖剣コル・ブラント】を上回る勢いの先進技術に包まれた空間。

 明るいが落ち着いた白色に近いブルーが、艦通路を初め全体に広がる。

 その【凶鳥フレスベルグ】の名が指し示す通り、船体が怪鳥のていを成し――合わせてブリッジを初めとした各階層ブロックが縦に複数連なる構造である。


 【聖剣コル・ブラント】の剣を模した様な全体的に前後へ長い形状に対し、【凶鳥フレスベルグ】は前後が剣を模した艦より短い外装に、内部のブリッジから格納庫までが上下に高さを持つ。


 何より、その形状の特徴である大翼は広げれば全長を上回るサイズであり、あの威嚇攻撃である超高エネルギー照射を救いし者セイバースへ浴びせたのも、その超大な翼の部分である。


「作戦前に事前の情報は貰ってたけど、確かに半端じゃないわね。……けど――」


「っておい、ユーテリス!何処行くんだ!?隊長から艦の把握のため規定時刻まで【凶鳥フレスベルグ】の情報を叩き込めって……!?」


 この艦は一般の軍に登録された正規艦ではない――宇宙人そらびとが有するL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーにおいて禁忌きんきの技術に相当する船である。

 各隊員の常識を超える艦――後の任務への支障を最小限にするため、隊長ヒュビネットより艦の情報把握に努めよとの指示がおりていた。


 だが、その指示をおいても彼女はある不満が喉元もまで出掛かり――同僚の戦狼を置き去り隊長の下へと向かう。

 当の隊長は現在、艦メイン機関部へ調整におもむいているはずである。


 砲撃手の女は階層のちょうど中核――機関部へ、メインエレベーターを降りた後やや怒り気味の足を向ける。


 艦の構造上中央後部へ伸びる推進ユニット。

 その最も前方に位置する機関部――重厚な隔壁を兼ねた二重扉を開き、視界にとらえた隊長へ不満を爆発させる砲撃手。

 彼女の開けた視界の先――不満の元になるであろう、機関コントロール部へふわふわと鎮座する人影。

 通路から比べれば一際大きな空間――曲線を交えたオリハルコン製パネルが、濃い目のブルーで30m四方を包む機械的な視界。


 その中央――

 機関の中核を成す機械設備へ、コードと思しき無数の管に絡まれた――まるでで一人の少女が居た。


「隊長!これはどういう事!?……なんでブリュンヒルデまでここにいるの!?それにこれ……冗談じゃない!」


 不満の中に怒気も混じる砲撃手は、ブリュンヒルデと呼んだ少女を知りえているのだろう――しかし少女が今ある現状に対しての抗議こそが、彼女の不満の原因でもあった。


「あら、ユーテリス……ご機嫌うるわしゅう~。私がいなければこの艦が機動しません~。お気遣いは無用です~。」


 砲撃手の言葉に反応した少女が隊長の代わり返答する。

 明らかにこの部隊には似つかわしく無いその姿――救いし者セイバース側のリヴ・ロシャに共通する、地球年齢でも十代にも満たぬ容姿。


 色白と言う限度を越える肌色は、血液循環からくる血相が感じられない程の白――禍々しき怪鳥フレスベルグの内部と一体化する程に薄いブルーのショートヘアーと、同じく薄く大きな瞳を覆うように切り揃えられた前髪。


 白と黒が程よく配された上下分割のゴシックドレスは、白のメイン生地へ散りばめられる黒のレースと黒のリボン。

 その衣服の上から肩、腰、そして脚部を覆うブルーの機械的なパーツで、少女がまぎれも無く艦の一部である事を連想させる。


「この作戦はそもそも【凶鳥フレスベルグ】なくしては始まらん……。そこへ苦情を上げてくるなら、調はお前に任せる。」


「ちょ……あたしはそういう事言ってんじゃ――」


「それはちょうど良いです~。お願いします~。」


 さらに抗議をぶつけようとしたユーテリスも、ロストドールと言われた少女の笑顔に毒気を抜かれ――しぶしぶその命を了承する。


 本来アリスと呼ばれる【観測者】からの啓示をもたらす【星霊姫ドール・システム】として活動していた存在――それが【廃霊姫ロスト・ドール】である。

 【廃霊姫ロスト・ドール】は【星霊姫ドール・システム】を使役していた時代のアリスが、原因不明の消滅を帰した際、まれにドールのみが取り残される現象――その際の呼称である。


 本来であれば、【アリス・ネットワーク】と呼ばれる霊量子情報網イスタール・クオント・ネットワークを通じ霊核を与えられる【星霊姫ドール・システム】は、そのネットワークが消滅した時点で抜け殻と化す。


 それを踏まえたこの状況――その【廃霊姫ロスト・ドール】が正常な生命活動を行っているのは、完全なイレギュラーであるとも言えた。


 砲撃手と交差する様に機関室を退出するヒュビネット。

 だがその思考――当然の様に大方が想定済みと言わんばかりに、二重扉が閉まる隔壁の向こう――口角を上げた漆黒の嘲笑ちょうしょうが浮かんでいた。


「あんたも少しは嫌がりな……。女の子なんだから。」


「私はこの艦の一部ですよ~?何を言ってるんですか~ユーテリスは~。」


 【廃霊姫ロスト・ドール】と呼ばれた少女は、特段兵器扱いされた事に気にした様子も無い――否、彼女は自分が兵器の一部としての概念しか存在していない様なそぶりだ。

 その無垢なる笑顔を見る砲撃手――彼女の方が複雑な面持ちで、兵器である少女の頭を優しく撫でる。


 まるで自分の姉妹でも慈しむ様な瞳で――





 独立部隊として単独の任務をこなす【ザガー・カルツ】は、この禍々しき怪鳥に搭乗する隊員が言わば本体である。

 しかしその全体数は、剣を模した艦のクルーとは比べるまでも無く少数精鋭――戦闘に直接参加する隊員を含めて尚、救いし者セイバースの隊員数に及ばない。


 その少数精鋭で稼働させられる艦がまさにこの怪鳥のていを成す艦――エルダーバード級ロストシップ【凶鳥フレスベルグ】である。


 【ムーラ・カナ皇王国】において軍用艦はオウル級が中心となり、レッサー、エルダー、それぞれ複数クラス分けされた物が正式登録されている。

 レムリア・アトランティス連合国内ではそれに対応する艦として、ビースト級とバード級が配される。


 しかしフレーム技術同様、軍用としての歴史が浅く有力な力を持つ機関以外は本格的な軍事武装が揃っていないのが現状とも言える。

 【聖剣コル・ブラント】――そして【凶鳥フレスベルグ】はその中でも群を抜く性能を有しているのだ。


「隊長もよくこんなにも、ヤバイ武装を揃えたもんだな……。【臥双がそう】に【凶鳥】……それに【不可視のハーミット】」


「そう……隊長が揃えた。私がそれを運んだの……だから褒められた。」


 部隊技術把握のため情報室にもる二人の隊員。

 戦狼ともう一人――【不可視のハーミット】、S・D・Hスーパー・ディザード・ハーミットと呼ばれた機体で救いし者セイバース達を強襲した狂気の宿る黒髪の少女ラヴェニカである。


 隊長を褒められたのが嬉しいのか、自分の事の様に嬉々として語る少女――相変わらずの狂気に引きつった笑いを口角に浮かべ、


「っ!……てめぇ、相変わらずキモイな。」


 思わず戦狼もドン引きしてしまう。


 データ解析と収拾のために設けられた情報室――小ホールサイズの部屋へ無数のモニターから必要な情報を会得中の隊員達へ、さらにもう一人が合流する――のだが、いささか険悪ムードへ移行する事となる。


「どう?この艦が厄介とは聞いてたけど……はぁ、あんたも居たわねそういや……。」


 機関室同様の重厚な二重扉を越え――同僚へ話しかけたつもりの砲撃手。

 そこにいたもう一人が視界に映るや否や悪態が口を付いた。


「悪い?……むしろあなた、居なくてもいい……。隊長を守るのは私一人で充分……。」


「あんだって!?」


 悪態で点火されたのか、黒髪の少女が狂気の笑みのまま向き直り――砲撃手へ悪態で応じる。


「……お前ら仲いいな……。」


「「どこが……!?」」


 戦狼もいつもの事かと呆れ顔であえて皮肉の言葉を挟むと、仲良く反応した女性と少女が見事に声を被らせ戦狼へ怒りを飛ばす。

 被った事で互いに顔を赤くしながら、再び火花を散らす二人を見てクックックッと笑いをこらえる戦狼アーガス。

 その風景はおおよそテロリストを名乗る様な部隊には程遠い――家族の様な繋がりが見え隠れしていた。


 そして全ての準備を滞りなく進める【凶鳥フレスベルグ】――【ザガー・カルツ】は次の襲撃に向けその爪と、牙を研ぎ澄まし――獲物の動きをじっと見定めるのだった。

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