第35話 不和の訪れはくつろぎの陰
「かんぱ~い!!」
今回は主催者が間に合った事で、乾杯の音頭も同時に済ませられた。
改めてみればそうそうたる面々――今この時も、太陽系内縁への出頭任務中である事を忘れる程のどんちゃん騒ぎにいくつも紛れる。
この艦の制御を任されたブリッジクルーは言わずもがな、C・T・Oきってのエリート達。
いくつもの災害防衛をこなして来た歴戦の勇士。
整備クルーはあのマケディ軍曹率いるメカのプロフェッショナル――ついでに言えば雑用までプロフェッショナルと言う、一見情けなさが頭を過ぎる名を持つ。
だがこの
機体や艦の洗浄・調整・修理と言った作業から、
彼らが居なければ、宇宙空間を延々航海するなど不可能と断言出来る。
寝る間も惜しんで没頭する整備クルーは、C・T・Oの軍部門・民間部門何れからも厚い信頼と尊敬の念を抱かれているのだ。
「全く、これ程何度も宴会の様な事を繰り返していて、大丈夫なのかねこの船は……。」
テーブルに広がるバイキング形式の料理の品々――先の戦闘前程は窮地ではないためか、手の込んだ料理が多くなる。
しかしオレは、前回もみくちゃにされ挨拶を損なった方がいなかったかの確認のため、クイックフードのフライドポテトや揚げたての一口サイズのチキンを頬張る。
【アル・カンデ】内部は、宇宙のソシャール全体においても地上の環境を限りなく忠実に再現出来ているため、完全に自然とまでは行かないが動植物の飼育や栽培に成功している。
総生産量はそれほど多くもないため常時それに見合う食料調達しか出来ないが、一般市民がやや高価ではあるものの、地上同様の質を持つ食事を取る事が出来る。
そんなオレに苦笑ながらもその宴会の様なパーティーを、それなりに楽しむ猛将が声を掛けてきた。
「これは工藤大尉、わざわざオレの様な者との会話でこの場を
決して皮肉ではなかったが、事実キレイ所が多いのは疑いようも無い。
ここで美人コンテストでも開催しようものなら、とんだ激戦区になる事が容易に覗えた。
この猛将もそれは理解している様だが、重要な点が引っ掛かりその場を退避して来たようで、
「私はあのテンションにはついては行けぬ。その……もう少し節度と言う物もあろう?」
やはりそこかと納得してしまった。
キレイ所は疑う余地も無い――だが、相手は女性陣。
そのメンツもやたらとクセの強い……もとい、個性的な面々が揃うのだ。
普通の会話など出来るはずもない。
そもそもこのパーティーは女性陣のストレスを軽減するために、
ゆえにそのテンションで楽しむ女性への苦言は軽薄とも言えた。
「艦長!ほうっ……これがあの【
猛将の苦笑へ同じく苦笑を返していたオレの背後から、やたらと威勢の良い声が聞こえ振り向いた――だがそこに人が居ない……いや、しっかり視線を下に向けると……居た。
「はっはぁー!初めましてだな、私は救急救命隊【
「あと私はちっちゃくはないからな、ちくしょーー!」
その身長があの【観測者】本人のリリス、若しくは監督官の姿のリヴ・ロシャと比べてもぎりぎりアウトな低さ。
口にしそうにはなったが、そこはデリカシーの……と思考する前に釘を刺された。
「ははっ、彼女のこれは気にしないでくれたまえ。もはや我らの挨拶の様な物だ。紹介する――彼女は、我ら暁型第六兵装艦隊が
「命の
命の襷を繋ぎ続けた――簡単に流したが、この
その意味を理解した時――
【
だが――その彼女の部隊に救われた者は決して忘れはしない、裏舞台の英雄。
軍部においても、諦められた窮地から救われた者が自ら志願する程の救済部隊の最後の砦。
「艦長!お言葉だがな、私は当たり前の事しか行っていないぞ?【
これは謙遜と言う感じではない――自らの信念とも取れる。
自分でちっちゃくはないと豪語する中尉殿――救急救命隊の例に違わず、白と赤が基調の制服にプリーツスカートから伸びる足は太ももまで覆う黒のソックスが肌を包む。
だが外観では惑わされない――彼女が
本人がちっちゃいと豪語しなければ、その身長など意識はしないのだが――いや、否定だ。
思考でそう感じて口にしそうにはなった……。
「謙遜するな、中尉。ほれ、話し込んでいる内にもう一人――歴戦の勇士候補も参戦だ。」
そんな救いの手を持つ勇者との出会いへ、さらに新たな未来を招来する可能性を持つ者がおずおずと小さな勇者の背後に訪れた。
「姉様、まさかこちらが【
「は、初めまして……私は【
こちらに気付いた女性は
背は幾分小さな勇者(と言うのが一番呼びやすいのでこのまま)よりも高めだが、それでも女性陣内ではベスト5に入る程小柄な体躯。
切り揃えてはいるが、片側分け目から大きな眼差しが
シャーロット中尉と並べば、同じく艶やかな黒の切り揃えられた髪でまさしく姉妹を思わせるが、その名――セカンドネームが揃わない。
「こらっ、クリシャ!お偉方との謁見の際は、姉様と呼ぶなといっているだろう!大尉殿に失礼だっ!」
「あっ……すみません!失礼しました、シャーロック中尉殿!サイガ大尉もお見苦しい所を――」
ともあれこのパーティーでは、恐らく最も重要な人物との顔合わせがなったので、一先ずこの姉妹はお小言も程ほどに楽しんで貰わねば。
そう思い二人の間へ入り、何気なくそちらへ話題を向けた。
「何も問題はないよウォーロック小尉。むしろこちらの方が新参の様な物だ――それよりお二人とも、まずこのパーティーを楽しんではどうかな?」
「仕方ない!大尉のお導きだ、ウォーロック小尉っ!今はこのパーティー……とことん楽しむぞっ!」
「――まっ、待って下さい中尉!あの、それではサイガ大尉――それに艦長も後程……ね、姉様~!」
バタバタしすぎてまた姉様に戻ってるぞと、心の内でツッコミを入れながら二人の輝ける勇者を見送り――再び暁艦隊の猛将へ向き直る。
そこには苦笑ではあるが、勇ましき勇者を自慢する様な雰囲気がそこかしこに漂う艦隊の指揮官がいた。
「仲の良い姉妹だろう?セカンドネームが違う点は、込み入る内容ゆえ見逃してやってはくれまいか?」
そこに少なからず事情がある――そう理解したオレは、その点に対しては特に追求する事も無く流す。
必要があればそれを聞く機会もあるだろう。
「では工藤大尉、我らもこの騒がしきパーティーをのんびり楽しみましょう。」
冗談交じりで、あえて女性陣が集まる方を指し――からかわないでくれと、失笑を買いながら我らもひと時のくつろぎへ身を委ねるのだった。
》》》》
「あれっ?シノさんは?」
華やかな女性陣の会話の中、いつも機械オタクな知識が炸裂する少女――
彼女とシノと言うオタク少女は、シノ流に言えば超激レアに該当する
そして気が付けば仲の良い(特に【
「あぁ~さっきピチカちゃんと、例のレア機体話で盛り上がってたからね~。会場抜け出してレア機体情報でも探りにいったんじゃない?」
すでに
そして彼女の前に並ぶのは、ケーキバイキング――甘い香りが辺り一面に立ち込め、女性陣のほとんどがここでいくつも広がる――甘くも優しい菓子の誘惑に打ちのめされていた。
「ちょっと、ジーナ……それよりこれ!新作じゃん、なにこの可愛さ!こんなの食べられないじゃん!食べるけどっ!」
グレーノン曹長が見つけたケーキは、臨時に乗艦する事となったモアチャイ伍長に合わせた可愛さを重視したデコレーション。
それはやはり女性陣にも共通の可愛さと映る、クルーの食事――デザート部門を受け持つパティシエもドヤ顔の力作であった。
「ほんまや~☆えらい動物っぽいデコされとるけど、やっぱモアチャイ伍長の故郷仕様なんかな?なあ、ゆーやちゃん……ってもうぱっくりいっとる!?もっとデザイン楽しも~や……。」
「ふぅ、そんな事言ってたらケーキ無くなるから……あっ、それあたしの。」
「ふぇっ!?いや、これウチの~~!」
女性陣にとって魅惑の宝石である、様々な甘い誘惑でヴェシンカス軍曹も一緒にケーキバイキングを楽しむ少女――少年に見えるゆーやと呼んだ無愛想な友人と、思わずケーキ争奪戦を初めてしまった。
少年に見える少女――いや、実際は少年の姿で少女の精神を持って生まれた、地球で言う所の性同一の友人――
そして障害として扱われない普通の生活が営める様に、自分にその意識が確認された場合申請と特殊な検査を得て、正式に性別を証明出来る。
合わせて社会でも、その性同一の市民が不便無く生活出来る環境を提供する義務を持っていた。
少年的な外見は、自分でもそれほど弄るつもりが無い
通常は整備課に配属され、艦の火器管制も同時に兼任していた。
「ははっ、……まあ後でひょっこり現れるかな?よし私もケーキ食べます!無くならない内に!」
そしてついに友人の事よりも、眼前に広がるケーキパラダイスに陥落し――甘い誘惑が広がる大海へとダイブしていくジーナ・メレーデン少尉だった。
【
自分もそのパーティーにあやかりたいと、小走りに大ホールへ向かっていた。
「あら、あれは?」
ふわふわとしたツインテールが立ち止まる。
視界の先にはそばかすが可愛い、ベレー帽をちょこんと被ったメガネの少女。
先にジーナが行く先を探していた機械オタクの
「あっ、リヴ様!もうパーティー真っ盛りですよ?今日はケーキがヤバイそうです、急がなきゃ!」
監督官に気付いた少尉も笑顔で反応し、
「シノさんはどちらへ?――もうたくさん楽しみました?」
「それはもうガッツリと!ですからリヴ様も。私はいつものレア機体情報探りです。あの敵部隊、またなんか隠してそうですからね!ジュルリっ……と、失礼!」
パーティーもそこそこに楽しんだ少尉は、すでに機械オタクパワーが爆発しそうな状態で立ち止まり駆け足を初めている。
これもいつもの事だろう――C・T・O通常任務時から彼女を知る監督官も、思わず引きながら、
「……で、では私もパーティーを楽しんで来ます。シノさんもほどほど~。」
引きながらパーティーへ向かう事を口実に、監督官もその場を後にした。
そして一人残され、立ち止まった駆け足から直立に戻り監督官を見送る少女。
「……はい、ほどほどにしておきますよ……。」
誰もいなくなった通路を見据える少尉――オタクパワー全開であったはずの表情に、一転――酷く冷たい視線が走った。
そして少女が音も無く立ち去った後――人知れず【
しかし、それに気付く者は誰一人として存在しないのであった。
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