第25話 コズミックハザード



 それは突然訪れた災害――実に小規模であった。

 事前の準備や対策が、どれ程の意味を持つのかを改めて実感するオレ達【宇宙災害救済機関セイバース】。

 対策といっても、【ザガー・カルツ】と言う戦闘目的の部隊に対しての物であったが――


「現状を報告せよ!」


 やや急ぎ足でブリッジへ入室する月読つくよみ指令、すでにクルーらが状況確認後のデータ解析へ入っていた。

 先の敵対者襲撃時には、流石に鈍っていた状況伝達の水平展開――だが今回は専売特許の【宇宙災害コズミック・ハザード】、あの戦闘を経験した人員が全員搭乗している【聖剣コル・ブラント】の独壇場だ。


「観測結果出ました!微小惑星群――規模はレベルC、軌道方位は危険レベルA!要破砕基準に達しています!」


 迅速な対応で飛来する微惑星群破砕プランを構築――飛来先にソシャールを含む人間が居住している、又は居住が想定される施設の可能性を軌道方位にて特定――同方位先へ対象が飛来した際の危険度が、危険レベルで評価される。


 通常宇宙空間と言うあまりにも広大な世界では、小惑星が飛来したとて早々宇宙施設に衝突すると言う事はない。

 しかしそれは、飛来する角度や規模で突然危険な領域に突入する。

 逸れれば被害は無い――が、当たれば致命的。

 であれば、危険があるとの可能性が弾き出された瞬間に、オレ達が取る行動はただ一つ。

 致命的な被害をない事にするために、飛来物の破砕行動へ移る――それが【宇宙災害救済機関セイバース】と言う組織なのだ。


「微小惑星群、目標呼称をコメッツ1に設定。――各目標データをΑアルファΩオメガ救済管制システムへ転送します!」


 救済・軍事の両面をこなすために、ブリッジ各クルーは双方の任を同時に担う様指示が下されている。

 臨時作戦――緊急出撃と言う関係上、多くの人員を選定する事もままならぬ今は、その暫定処置で望む他なかった。


 策敵レーダー管制を微小惑星群観測と同時に任されたトレーシー・ミューダス軍曹。

 さっぱり切りそろえた黒のショートヘアーで、やや切れ長の瞳――プライベート時は気が抜けるのか、いつも気だるそうな雰囲気で同僚とやり取りするのをよく見かける――が、任務の時は驚くほど背筋を正す。


 会話も興味が無い事は軽く流す、同僚とは程々の付き合いを好む彼女――だが、任務中は人が変わった様な通信を入れてくるため、オレは彼女が仕事に一途なタイプと認識していた。


「両フレームパイロットさん、救済任務中は常時通信ONで頼んます!ウチの方で任務中の音声データを全て残しとくさかい!」


 微小惑星群破砕任務中――現場の最新情報を音声でも記録し、万一に備える通信管制担当の翔子しょうこ・ヴェシンカス軍曹。

 どうやら彼女はかなり最近配属された様で、【聖剣コル・ブラント】搭乗時が初顔合わせのため詳しい性格は分からないが、声の感じからしても必死に任務遂行に当たろうと言う心意気は伝わって来た。


「では【霊装機セロ・フレームΑアルファ――そしてΩオメガに告ぐ。言わばこれが君たち――引いては救いし者セイバースを名乗る我々においての本来にして初の部隊任務、救済行動へ移行する!」


「【霊装機セロ・フレーム】発進せよ!」


 月読つくよみ指令の号令が飛ぶ――それはすでにカタパルトに固定される機体の中、待機するオレ達パイロットへ届き、それぞれの打つ鼓動が緊張により違うリズムを奏でる。

 同時に、機体が亜音速で加速され――その事なるリズムが一つの目標へ向かい射出された。


 この宇宙においての我ら【宇宙災害救済機関セイバース】にとっての、本来向かうべき戦い――救済行動へ向けて――



》》》》



 データに補足された微小惑星群――通称コメッツ1はサイズこそ小さいものの、広域へ拡散し一部が危険方位に入っている。


「ジーナ、コメッツ1は広域に広がっている!最初の補足が重要だ――機体の動力炉制御・・任せる!」


 かつては一人で戦い――その度にこのΩオメガと言う強敵に阻まれ、結果が友人を救えないと言う最悪の結末。

 その時の不安と恐怖が無いと言えば嘘になるだろう。


 けど今――確かにオレはパートナーとなる少女へ、共に戦うための依頼を投げかけ――


「了解です!ロータリック・リアクター ――メインサーキットの安定制御を実行します!」


 答えた少女が素早く頭脳と思考をフル回転――出力安定に必要なデータ修正と記録を同時進行。

 それに呼応したかの如く、Ωオメガ双眸そうぼう――電子の輝きが鋭さを増し機体の無駄な震動、各部スラスターのバラついた光の帯が調律される。


 ――前に向かえとΩオメガが叫ぶ――


 データ上に浮かぶコメッツ1飛来宙域へ、調律された光をその背にまとい――オレが望んだ戦場へと閃光のごとく飛んだ――





『いい?いつき君は彼の様にはまだいかない。よく覚えておきなさい。』


 月読つくよみ指令の号令の中、深淵しんえんの宇宙へ飛び出した。

 ――そう……飛び出したと思ったら、クオンさんは閃光の様にぐんぐん加速。

 仮定呼称コメッツ1の飛来宙域へ向かった。


 絶望的な錬度の差は、射出後目的地へ向かう時点で明らか――未だ外部スラスターの出力に慣れない俺は完全に置いてけぼり。


「……綾奈あやなさん、やっぱクオンさんって凄いですね……!」


 錬度の差が最早感嘆の域――けど、うかうかしてはいられない。

 俺はもう傍観者や守られる側じゃない――あの英雄と、そしてに立っているんだ。


『……当たり前でしょ……、彼がどれ程の試練をくぐり抜けたと思ってるの?』


 綾奈さんは言った――、それはクオンさんが天賦の才で生まれつきの能力を持ち、それに胡坐あぐらをかく様な者ではありえない――正真正銘、自らが歩んで勝ち取った勝利そのもの。


 同僚の雄姿に綾奈あやなさんも普段は見せないほど、勝ちほこった表情――ああ、彼女もその姿がほこらしくて仕方がないんだろうと思う。


『――でも、目指すんでしょ?彼と同じ場所。』


 モニターの向こう――サブパイロットのコクピット内から、ヘルメット越しで俺に向けられる期待の眼差し。

 英雄と同じ場所――そんな事を言われたら俺もたかぶる気持ちが抑えられない。

 けど今は――


「目指します!でも今は――クオンさんが前を向いて進める様にその背を……彼の背にある憂いを断てる様になる……そこからです!」


 自分の中で明らかに変わった物がある。

 それは偉大で――とても遠く、しかしすぐそばに居る目標。

 巨大すぎる目標が、敗者であった自分を魂からたかぶらせる。

 真の勝者は、の事だと認識する事が出来た。


 それはまがう事無きあの英雄がもたらしてくれた――飽く無き挑戦の精神――

 俺にとって、ここからが本当の戦いになったんだ――



》》》》



 地球と言う惑星上での微小惑星、そして隕石は主に大気圏を越えて落下する。

 そこには重力で加速された速度に対し、大気圏中での摩擦が発生――小さな物であれば、その時点で燃え尽きるか小さな破片へと姿を変えて、地上へ辿りつく。


 しかし宇宙空間――惑星の衛星軌道を周回する宇宙設備にあっては、そう上手く事が運ばないのが実情だ。

 何しろ惑星重力等で加速された微小惑星や隕石は、その速度を保ったまま超音速を遥かに上回る速度で飛来する、言わば弾丸か砲撃の強襲である。


 不運にも、重力に引かれた隕石群が無防備の宇宙設備と遭遇したならば、それは無数の超速砲撃にさらされるのと同義。

 地球地上においては辿りつく事無く燃え尽きるを、綺麗だなと鑑賞する余裕すらあるだろう。


 ――だが宇宙空間では、その不運が当たり前の様に襲い掛かる危険と隣り合わせの世界だ。


「コメッツ1を確認――速度はレベルA。距離約3000、2時の方向――迎撃に移行する。」


 青い帯が強みを増し、機体がめの直後――瞬時に加速、閃光が一気に3000の距離を無き物にする。

 しかしこの一瞬の判断が重要である。


「広域へグラビティ-P・Sパラゾレート・スタッド射出。コメッツ1接触まで3分――パラゾレート展開開始!」


 宇宙空間での微小惑星や隕石群は、おおむね時速5万~から7万キロで飛来する事が確認されている。

 一般的に、その速度領域の極小物体を宇宙空間で観測・発見し、事前対応するのは実質不可能である。


 観測対象が小さすぎる事に加え、万が一発見しても通常のレーダー観測では、完全に手遅れの速度で通り過ぎるのが関の山。


 そこでC・T・Oが、災害救済のためにL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーを応用し開発したのが、3万キロ前後の範囲で極小対象を素早く観測出来る、星間超広域スキャンレーダーだ。

 これは観測用のレーダー波に量子超振動を用い、対象を直接観測するのではなく、その対象が飛来する空間の量子振動波を観測する物だ。


 これにより、対象が極小でもその周辺空間――超音速の50倍以上の速度が生む量子の振動波を観測する事で、いち早く対象の存在を発見出来る。

 そこには【量子振動波を見る目】と【量子振動波を聞く耳】、それをシステム化した設備が大きく関わっていた。


 だが、これはあくまで微小惑星等の観測用に特化させているため、先の敵対組織が駆るフレーム等兵装や機械設備は対象外である。


 発見したコメッツ1をとして展開されるグラビティ-P・Sパラゾレート・スタッドは、展開した重力網で対象の速度を大幅に減少――あるいは軌道を大きく逸らすための、言わば巨大な重力の傘だ。


「――コメッツ1……グラビティ-P・Sパラゾレート・スタッドへ接触。速度減少を確認……迎撃開始!」


 青き機体は迎撃対象を向いたまま、それらへ並ぶ様にいっきに後退――そのまま背部大型共振ユニットから、無数の曲射超振動ビームを対象に見舞う。

 同時に重機関砲を各個へとばら撒き、超振動ビームにより破砕された断片をさらに粉砕していく。


 この一連の行動――さも当たり前の様にこなす英雄。

 けれど8年前はこの程度の芸当すらままならなかった。

 それ程までに、ジーナ・メレーデンと言うパートナーが重要な役割をこなしていると言えよう。


 それでも超広域に広がるコメッツ1は健在――しかし、すでに減速した対象をあえて見逃す英雄。

 そのまま通信で赤き機体へ指示を飛ばす――


 そう――これは格闘少年の災害救済訓練も兼ねた作戦。


いつきっ!後方へいくつか流した――危険はすでに無いが、災害防御の基本をこなしてみろ!』


 英雄の通信に少年の表情は凛々しく引き締まり――


「了解っす!紅円寺 斎こうえんじ いつき、迎撃行動に入りますっ!」


 己が気合を赤き機体へ伝播でんぱんさせるがごとく、構えを取るとその両の脚部――自らの足を宇宙へ踏みしめた。


 何もない空間――その行動は本来無意味。

 しかしこの赤き機体は超常の現象を引き起こす。

 機体が踏みしめたその場には、膜の様な光が強く輝き――Αアルファフレームがあたかも大地を踏みしめた様な、力強き構えで制止した。


 これこそがΑアルファフレームの真骨頂――ミストルフィールドを媒介して重力子をピンポイントで収束。

 それを格闘少年が、最初の宇宙進出で感じ取った量子的な位相の膜――【ブレーン宇宙】を大地に見立て踏みしめたのだ。


 それはまさに赤き【霊装機セロ・フレーム】が、宇宙と言う大地を踏みしめ――脚部の蹴りを力に前へと進む≪疾走≫。

 そのまま格闘少年が文字通り、訓練のために後方へ流されたコメッツ1へ肉薄するのだった。

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