衛星カリストの攻防

第24話 静かなる狂気の狩人



『新型の搬入は終了――機体修理と改修も良好。これよりそちらと合流する。』


 【エウロパ】暗礁宙域にて巡宙艦バーゾベルと合流――大方の機体修繕の終えた【ザガー・カルツ】は合流を待つの隊員とのランデブーポイントへ向かう。

 C・T・Oの敵対組織である彼らも、重力安定期終了時刻を迎える前に【エウロパ】重力圏を抜けたい所であった。


 さらに言えば、巡宙艦バーゾベルは艦艇としての性能を比べるまでも無く、あの【聖剣コル・ブラント】の足元にも及ばない。

 木星重力圏を脱出するための大型対重力スラスターで、かろうじて航続力を確保している物の、【聖剣コル・ブラント】より発進が遅れた敵対者は大きく予定航路を迂回し【ガニメデ】衛星軌道へスイングバイに移る。


 四人目を遅らせて隊へ合流させたのは、発生するであろうその戦闘上のタイムラグがと推測できる。

 そして――そこにある事実は、救いし者セイバース達の情報面における致命的な欠点を徐々に浮き上がらせる事となる。


 バーゾベルがスイングバイにより、超加速によるGで船体をきしませると重力相殺システムを起動させ影響を最小限に止める。


「こいつはいい!――船は超加速中だってのに、機体コックピットはそのGを感じねえってやつか!」


 スイングバイ航法――無人であれば船体が持つ限り加速させる事も可能な航行手段だが、有人船となると話が変わってくる。

 加速による見かけ重力が、船内の人間にGとなって加わるためそれに耐えられる速度までが限界の加速度となる。

 しかしそれでは、木星の巨大な重力圏を離脱する事は不可能であり、バーゾベルクラスの巡宙艦――レッサー・ビースト級程度の質量と最大出力では、脱出もままならず木星へ落下する事は避けられない。


 ゆえの重力相殺システム起動――艦内の加速Gを大幅に軽減させてのスイングバイ突入。

 木星重力圏を脱出出来る速度まで加速する船体内――それでもジェット戦闘機が、地球大気圏内を音速で飛行する程度の加速Gが残る。


『当然だ。その機体は航続距離こそ通常兵器レベルだが、瞬間最大出力だけならば木星の重力を一時的にとは言え振り切れる。』


『それだけの得物を与えたんだ――今後、赤い【霊装機セロ・フレーム】はお前に任せるぞ?』


 スーパーロボットとも称される機体性能は折り紙付き。

 灼銅しゃくどうの赤身を帯びた茶色と、各所に配される恒星の素の色とも言えるまばゆおう

 搭乗者の長所を如何いかんなく発揮させるための、無駄が無く――それでいて攻撃を受けるも流すも自在の滑らかな装甲。


 あの格闘少年が駆る赤き機体の動力機関――高位相転移反応炉グリーリスにも匹敵する、火星圏の機動兵装製造を一手に受ける企業【マーズ・エンジニアCP】製動力機関が機体の背部に納められる。

 その機体総合スペックでは、現状数少ないスーパーフレームに属する機体中でもトップクラス。

 スイングバイ中の加速Gすら、軽減する性能を持ちえる灼銅の機神【臥双がそう】コックピット内――次の任務を前に、戦狼は目的地へ到達次第出撃が出来る様、機体エンジンを軽くたぎらせた。


 高ぶる戦意を損なわぬため、あおるる言葉を戦狼へと放つ隊長機も同じく自分の機体で待機中。

 だが隊長機と砲撃手が搭乗する機体は、重力相殺は微々たる物――ハンガーに固定された二機は、加速中の船体が相殺しきれぬGを余す事無く貰う。


『くっ……!ああ、これであんたのお守り役も降りられるって事ね!』


 大気圏内を行く戦闘機の如き加速Gを受けながら、同僚が得た新型への嫉妬心か、憎まれ口を叩いて戦狼をいじり倒す砲撃手。

 新たなる刺客を懐へ携えた敵旗艦――得物の目が届かぬ後方から、次なる目的地にて再び襲撃を敢行するための牙を研ぎ澄ましていた。




 【カリスト】衛星軌道宙域――衛星であろとも、やはりその軌道上はそれが持つ重力に捕らわれた大小多くの隕石や小惑星が、高速で浮遊する地帯が存在する。

 ここ【カリスト】衛星軌道上には星を一周する様に張り巡らされる、大小の隕石群を避ける様に半物質化した量子レールが取り巻いている。

 小は小型の輸送船から、大は大型の空母クラスの艦艇までを電磁加速で木星重力圏外へ射出するマス・ドライブ・サーキット。


 通常スイングバイ航法を船体のみで行えば、それだけのエネルギー消費は避けられない。

 ましてや【カリスト】の公転軌道よりも外は、隣り合う惑星【火星】圏までの長大な航路を行く事となるため、宇宙を行く物達はその余計な消費を何としても押さえたい所。

 そのためこのマス・ドライブ・サーキットは、木星圏――主に軍事に関わる者、さらには救済活動を行う者達にとって、惑星間航行における限られた重要巨大設備である。


 マス・ドライブ・サーキットが存在する軌道周辺――航宙ステーションがある中央管理施設の監視網。

 その監視網の死角に存在する浮遊微小惑星帯―― 一見何も存在しない様に見える微小惑星の影で、時折遠く星系中心より飛来する偉大なる恒星の光量子ひかりを反射させる物体。


 微小惑星にも匹敵するその体躯は、あの戦狼が駆る事となる機体よりもさらに一回り大振りなサイズ。

 そこにいるはずであるが、光の屈折を利用したステルスフィールドにより姿を消し、まれに巡回する無人警戒艦すらあざむく者が静かにひそむ。


「――重力安定期は当に過ぎた。予定では救いし者セイバースが到着後――彼らが星系を木星より内に向け出航する前には合流するはず……。」


 見えざる者――その機体コックピット内で、ただ静かにその時を待つ女性。

 口調はあくまで無機質――抑揚も少なく、希薄な感情がその存在さえも消し去りそうな瞳。


 待ち人到着までの余裕かヘルメットを脱ぎ、虚ろな淡い視線は得物が立ち寄るであろう重要施設――複数のスパイ映像機より送られる画像の中心を見据えていた。


 特徴の無い、無機質で感情の希薄さが特徴とも言えてしまう――切りそろえた前髪とストレートな後髪。

 艶やかな黒が無重力のコックピット内を漂う彼女――あの【ザガー・カルツ】隊長が通信を送っていた四人目の隊員。


 それはあたかも、姿をひそめ得物を狙う狩人の様であった。



》》》》



「ハッ!――ハアッ!!」


 木星のガリレオ衛星【ガニメデ】をスイングバイし、さらに遠い軌道を回る【カリスト】へ向けての航行中。


 【聖剣コル・ブラント】のつるぎ部、刀身辺りにある臨時の受け入れ甲板上――両開きのハッチを開放し、その広く平らな場所を利用した即興の訓練施設。

 赤き機体の格闘少年の、宇宙での戦闘を考慮した訓練を行っていた。


 それを旗艦につかず離れずで見守る蒼き機体は、彼の訓練を補佐する監督の役目である。


 開かれた甲板上をまるで吸い付く様な足運びで、次々と格闘の型をこなすいつき

 この訓練は彼の長所を伸ばす事前提で、クオンが組み上げた特訓プランであった。


『初めて宇宙に出た時の感触を思い出すんだ。足裏に重力を集中――ミストルフィールドのピンポイント展開を、さらに高密度で展開するつもりで。』


 アーデルハイドG-3が発生する重力場は、主にミストルフィールド――ナノマシンが霧状に空間を包み、それらが重力場を媒介する重力子を発生し、防御フィールドを形成する仕組みだ。

 だが言い換えれば、常に重力を引力・斥力方向へ発生させる事を可能にしているとも言える。


「足裏に高密度のフィールド展開――こうかっ!」


 格闘少年の本懐はやはり格闘技であるが、技の基本が足捌あしさばきや腰の回転を基本とする関係上、宇宙空間での戦闘には非常に不向き――常識ではその見解に誰もが達するはずだ。

 その常識をあざ笑うかの如き少年の動き――甲板に吸い付くその構えは、重力を発生させるフィールドの特性を如何なく発揮した結果である。


『――いい動きだ……。では次の過程に入る。』


と、蒼き機体を駆る英雄が少年の基礎力を確認後――次なる特訓過程へ進む。


 その姿を船外モニター越しに注視するこの艦指令も、着実に現れる少年の成長を見守りながら、その中にあって艦周辺の警戒をレベルC~Sで分けた、Cレベル警戒態勢を維持する。

 【ザガー・カルツ】の次なる襲撃予想ポイントは予測済み――それでも、充分な戦闘に対するリスク低減が出来ない状況は、指令にとっても頭の痛い悩み所。


 敵部隊の思考を予想しながらも、格闘少年に対する戦力分析を同時に行っていた。


「クオンがいたおかげだな。――いつき君の機体操縦能力の著しい向上は……。さて、後はやつ等がどう動くか……だが……。」


 指令の言葉を受け、様々な想定を計算し敵部隊襲撃に備えるブリッジクルー

 彼らも格闘少年の訓練に見入りながら、Cレベル警戒である事を踏まえた対応を着実にこなし、【カリスト】への航路を急いでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る