第23話 深淵を渡る者(後編)



「こちらが、計測結果から算出した航行プランです。共鳴軌道で衛星【カリスト】が、【エウロパ】及び【ガニメデ】に接近していたのは幸いです。」


 小ブリーフィングルーム――ブリッジから通路に出たメイン通路脇にある金属扉をへだてて、今後の航行を指令である月読つくよみと【アル・カンデ】管理者が綿密な打ち合わせ中。

 中に浮かんだ幾つもの立体モニターを凝視する二人の表情――それは決して明るい航海を予想はしていない。

 弾き出した明るくない予想――のちに関係部署へ通達するため、大まかな航行内容に加え今後想定されるリスク洗い出しを行っていた。


 衛星の共鳴軌道は周期的に公転する衛星同士が、一定のリズムで公転及び自転を共鳴し合う現象で、ガリレオ衛星の内【イオ】【エウロパ】【ガニメデ】が潮汐力を互いに影響し合う形であった。

 本作戦はその一つ【ガニメデ】をスイングバイし【カリスト】へと向かう航路だが、最も衛星が近付きあうタイミングがエネルギー効率的にも最良である。


 仮に衛星【ガニメデ】が【エウロパ】より遠い時期に航行した場合、まず木星の超重力が弊害となってそこから脱出するためのエネルギー消費は、L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーの塊であるこの艦でも多大な影響が発生する。


 無論その影響は、万が一の事態――敵対勢力である【ザガー・カルツ】も同様であるため、およその襲撃タイミングも予測する事が可能となる。


「分かりおした。――このプランやったら【ザガー・カルツ】の襲撃が予測されるのは【ガニメデ】スイングバイ中、しくは【カリスト】到着前後。このいずれかには必ず襲撃がある言う事おすな?」


 揺らがぬ瞳でその可能性が高い事を訴える。

 管理者 水奈迦みなかも、今までの状況からの推移により最初からその前提で航行プランを検討している。


 しかしあくまでこの襲撃予想は、【ザガー・カルツ】が最低限木星の超重力下で影響を緩和出来る、を前提とした予想であり正確性を欠いた憶測である。


「フレーム単機では、木星超重力下の自由な行き来は不可能として――それを運用する旗艦は確実に存在すると考えられます。――流石にその艦が、【聖剣コル・ブラント】と同等の性能を有す事はあり得んでしょうが……。」


「となれば、次に再度襲撃があったとしても、そこからの追撃の可能性は低うなりますな。」


 ――水奈迦みなかの前提は、敵対勢力が狙うのがあくまで【聖剣コル・ブラント】だった場合の話。

 幾つものリスクを洗い出すも、【ザガー・カルツ】の戦闘の意図――その本質的な所がつかめぬ以上、どれも作戦上のリスクが減少出来ぬプラン。


 だが、出頭命令をないがしろには出来ぬからこそ、今二人がこうして試行錯誤を繰り返しているのだ。


「はい。そのためにもまずは【霊装機セロ・フレーム】――特にΑアルファの運用上の問題を早々に解決する必要があります。それについては、クオンの協力をあおぐぐ事になりますが――」


と、指令が何かに気付いた様にモニターを確認し、管理者へどうぞとうながす。


「――水奈迦みなか様、そろそろクルーへのもよおし物が始まる時間では?行ってあげて下さい。」


 指令のうながしを受け同じくモニター端――時刻を確認する管理者は、すでにもよおし物開催の定刻が過ぎているのに気付く。


「いけまへん、もうこんな時間や――ほな指令、後はよろしゅう頼みますえ?」


「ええ、楽しんできて下さい。」


 【聖剣コル・ブラント】クルーの航海の安全、そして【霊装機セロ・フレーム】を駆るパイロット達への祝いの席――かく言うこの、管理者 水奈迦みなかが自ら考案したパーティー。

 それでも航行プランの確認を端折はしょることも出来ぬゆえ、主催者が遅れて参加となってしまった。

 指令も元来そういう雰囲気ふんいきを承知しているからこそ、プラン確認を早々に切り上げ主催者を快く送り出した。


 軍事関係者で固められた部隊ならば、この様な風紀の乱れは問題視される所だが、C・T・Oは多くの民間協力企業からの志願者で成り立っている所も大きい。

 当然過ぎたる行為には厳重な対応をせざるをえないが、指令の寛大な処置で作戦行動に支障の無い範囲で娯楽を認めているのが、この部隊の最たる特徴であった。


「さて……。Αアルファの運用とそこから得られるデータ活用――技術監督官が乗艦する今こそ早急に進めたい所だが……何処どこから進めた物か……。」


 管理者を送り出したはいいものの、尽きぬ難題に頭をフル回転させる指令 月読つくよみ

 心が休まる時はそうそう訪れぬのだろうとの予感に、憂鬱になる指令の姿がそこにあった。



》》》》



 【聖剣コル・ブラント】内に存在する格納庫はとんでもなくデカかった。

 ゆうにフレーム十数機を格納出来るらしい。

 そこから二列の電磁カタパルトへと運ばれ、ブリッジの管制官からの指示で各機が発進する手順――そう綾奈あやなさんから教わった。


 そして俺はまだ敵が接近している訳ではないけど、ゆえあってΑアルファフレームの発艦準備中だ。


 事は騒がしかった航海の安全祈願と、フレームパイロット歓迎会を兼ねたパーティー直後――指令よりの呼び出しにさかのぼる。


Αアルファの機動テスト……ですか?」


 指令である月読つくよみ大佐からの指示――敵対勢力との遭遇前になさねばならない重要任務。

 Αアルファフレームが現在自分の思い通りに操作出来ているのは、本来飛行や宇宙空間での運用を考慮したエネルギー配分――それをほとんど運動制御に回しているからと、聞いていた。


 そこから導かれる答えは自分でも想像が付く――今、Αアルファは飛行出来ないと言う事。

 砲撃主体の敵対者からすれば、まさにただの的となる事実。

 宇宙空間での運用においての決定的な弱点だった。


「うむ――状況は神倶羅かぐら大尉から大よそを聞いていると思うが、現状のΑアルファが【ザガー・カルツ】と再び戦闘となる前に対策を打っておかねばならん。」


「急遽あつらえた、外部高機動スラスターユニットはすでに準備済み――後はクオン、君が彼にその装備運用と宇宙での戦いをレクチャーしてやってくれ。」


 小ブリーフィングルームはブリッジを出たメイン通路脇――臨時で呼び出された【霊装機セロ・フレーム】パイロットの俺たちへ、指令が用意していた案を映し出すスクリーン前――テスト任務遂行を告げた。


 そして今まさにテスト任務に向けての機体射出準備中。

 カタパルトへモーター音が唸りを上げ、固定用ハンガーが20m近い機体を運搬――設置されるは、亜音速まで加速するための電磁レールに挟まれた長く機械的な視界。


 その先に見えるは何処どこまでも深く――暗い、そして広大なる宇宙そら

 自分が今より少し小さかった頃見た夢の扉が、油圧と電子制御によって三方に開かれる。


 ――けど、夢への一歩を踏み出すその瞬間、またもや俺は未熟な自分に酔いしれて――それが直後の後悔へと変貌する。


いつき、一つ言っておくが――宇宙は君が思うほど?』


 クオンさんが釘を刺した≪≫――俺はΑアルファを発艦させる緊張でその言葉をよく噛みしめず、飛んだ――


Αアルファフレーム、紅円寺 斎こうえんじ いつき――テスト任務に入ります。イグニッション!」


 赤き機体が電磁レールに導かれ、モニターに映る景色が後方へ吹き飛ぶ速度で艦外へ。

 モニター越し――Αアルファの視界は前面がほぼスクリーンであり、背後以外は全て外の景色。


 そう、そこに景色が映し出されるのがついさっきまでの当たり前――俺はその当たり前が一瞬で恐怖と入れ替わるのを、その身をって体感してしまう。


「う、うわあああああああっっーーー!!」


 夢に描いた宇宙そらと言う世界はこんなにも恐ろしいのかと、心が恐怖で戦慄の悲鳴を吐き出した。

 上も、下も、右も、左も――闇・・そして闇。

 きっとそれは人間が生まれ持つ闇の深淵しんえんへ持つ


 完全に思考が麻痺した俺は、ただその恐怖におびえ叫び続ける。


『い……いつき君!?落ち着いてっ!!』


 慌てて俺を静めようとするパートナー――その声すら耳に入らぬ程にパニックにおちいる。


『目を閉じろ、いつきっっ!!』


 その言葉だけが耳に入った――いや違う、彼の声は耳ではなく心に――脳に直接響いた気がした。

 パニックになりながらも、全ての闇から逃避する様に堅く目を閉じ――


『そのまま……深呼吸。視界を先ず捨て心で見ろ。』


 脳に響く声に従い、乱れた未熟な自分を落ち着かせる。

 視界を捨て――ようやく静かな波が訪れた所で、さらに心を研ぎ澄ます。

 そこに見えた――感じたのは、見えるはずがない宇宙の位相。


 宇宙は真空であり、何も無いとされた古い記述が今でも地球――地上では定説とされる事もあるらしい。

 しかし現実の宇宙はそうでは無い――素粒子と呼ばれる最小の粒子が、生まれては消える【対消滅ついしょうめつ】と言う現象を繰り返す騒々しい世界【量子学的な真空】と学んだ。


 けれど俺が見た――心を研ぎ澄まして感じた宇宙は、さらにそれを上回る世界。

 幾重にも重なる膜の様な神秘の空間【ブレーン宇宙】であった。


いつきが格闘家であるなら――宇宙に広がる世界の本質が理解出来るはずだ。』


 世界の本質――気やオーラ、マナやプラーナと、呼び方は様々。

 この世の全てを構成する霊的力の元素――宇宙の本質が自分の心に流れ込む。


「クオンさん……これが……?」


 未熟な自分をわずかな言葉で落ち着かせた英雄へ問うため、ゆっくりその目を開ける――すると底知れぬ恐怖が拭われていた。


『君が搭乗するその赤き機体――それは君が感じた世界を、支配する事が出来る力だ。』


 静かなる心がようやく英雄の放つ言葉を読み解いた。

 Αアルファフレーム――アーデルハイドG-3と言う機体は、この深淵しんえんを渡る力を持ちえたスーパーロボットだったんだ。

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