第26話 暁が託した物



「衛星【カリスト】宙域へ到着する前に済ましておいた方がいいわよ?」


 初のC・Hコズミック・ハザード防衛任務をこなし、Αアルファと言うものがの感触を掴みまずまずの手応えで任務終了を迎えた。

 任務後は速やかに、次なる目標へと矢継ぎ早の航行へと移る【聖剣コル・ブラント】。


 その第一目標である【カリスト】まではあと少し――そこで綾奈あやなさんから提案があった。

 それはロクな連絡も送らず飛び出した実家と、休学中の学園への事後報告。

 まあそれはどちらにしろ、実家の両親への連絡に他ならないのだけど。


 なにぶん緊急事態でのパイロットスカウト。

 C・T・Oの軍部からは通告されているらしいのだが、おかしいのは何の抗議も無くアッサリと両親が承諾している事。

 綾奈あやなさんに話を振ったら、「直接話せば分かるわよ?」と丸投げされた。

 

 ――実際の所はあのΑアルファフレーム製造元が、お袋が代表を努める【フリーダム・ホープ・A・C】アカツキ・コーポレーションで、機体戦闘スタイルが格闘型に特化してる時点で嫌な予感しかしない。


 ともあれ事後になったが、これから先はまだ長い戦いとなる。

 少なくとも木星圏を離れれば、ダイレクトな【ソシャール】との通信も不可能となるため、俺は【聖剣コル・ブラント】内にあるブリッジと居住区画の間の階層――プライベート通信用特設ルームへ訪れていた。


 この部屋はクルーの様々な事情故の、身内や友人への連絡が気兼ね無く行えるプライベート・スペースとして特設された区画。

 大部屋の中にいくつかの個室が用意され、そこでクルーがプライベート通信にふける。


 個人のプライベート通信まで制限される理由には、限られたエネルギー内でC・Hコズミック・ハザードの危険をいち早く察知する際、余計な通信波の乱立を防ぐ――またそこに使われるエネルギーで、肝心のレーダースキャンに影響を出さないため。

 さらには、個人のプライベート通信による機密情報の漏れを防ぐ意図もあるそうだ。

 一応セキュリティーとして、艦長である月読つくよみ指令に許可を取った後――声門照合や網膜照合、複数の認証を得て使用可能と、それはもう長々と注意された。


「え……と、まずは学園の方だな。取り合えずクラス担任の大滝おおたき先生――さっき送った連絡に気付いてくれたか?」


 通信ルーム個室内で、何だか少し久しぶりになってしまった学園の日常。

 唐突に訪れた危機とチャンスに、翻弄ほんろうされながら今に至る現状を報告するため――謎の緊張に身体を堅くしながら、担任の応答を待つ。


 担任の大滝おおたき先生はウチの格闘部が創設以来お世話になる、物腰の低い男性だ。

 親父と関わりもあるらしく、顧問でもないのによく部へ遊びに来てくれる気さく(暇な?)人でもあった。

 だから余計に、ちゃんとした連絡も無い突如の長期休学で、迷惑が掛かっている気がしてた――そう思って、両親よりも優先で連絡したいとメールしておいたんだ。


 通信ルーム内――持ち込んだ炭酸飲料で、軽く喉に爽快な刺激を味合わせていた時、待ちぼうけた担任からの連絡。

 来た来たとモニターを見ながら、応答を示す宙に浮かぶ表示をクリック――そこでまあ、ある程度予想済みの画面ドアップが強襲した。


『……先生、これ繋がった!オイいつきっ、なんで急に学校休学とかしてんだよ!?』


いつき先輩凄い!フレームパイロットって、まだ学園卒業もしてない――ってちょっと押さないでよ!?あたしが――』


『待てよ!お前たちだけずるいって!俺にも通信を――』


 ああ……ホントに予想はしてたよ、ウン。

 先生皆と凄く打ち解けてたから、俺が居ない間の状況が目に浮かぶよ……。


「てか、皆に心配かけたのは悪かったけど――まず先生と話させてくれよ……(汗)」


 そんなに皆むくれないでくれよ……。

 一先ずむくれながらではあるが、しぶしぶ先生へ通信を譲る我が格闘部のほこるお騒がせ集団――ほこる所か?


「やあいつき君、理事長からおおよその流れは聞いているから、でいい――聞かせてもらえるかい?」


 この反応――部活の仲間とは違う情報をお袋から聞いたって感じかな?

 いつもやたらと俺を羨望せんぼうの目で見るちょっと背が低く、そこそこ身体の育ちも良い栗色の髪が肩にかかる女子――浅川あさかわゆず、通称ゆずちゃんが洩らした言葉……

 きっとただのフレームとして伝わっているはずだ。


 だから当然先生が察して言葉にした、話せる範囲とはそう言う事。

 綾奈あやなさんに脅された?自分が足を踏み込んだ件は、軍部の最重要機密事項。

 先生もその詳細は知らされずとも、察してくれるのはやっぱり大人の勘だろう。


「すいません、その……急な休学になってしまいました。それにこれから暫く学園に戻る事も出来ません。」


 ちょっと所ではない――俺は今木星圏を離脱し、火星圏に隣り合う小惑星帯へ向かう長旅の最中。

 ――ともすれば、想像もしない危険が襲う未知の旅路。

 赤きフレームで最初の宇宙に足を踏み出した時、その恐怖は心の奥に深く刻み込まれた。


 それでも、綾奈あやなさんを初めとするC・T・O軍の皆と共に進む理由――それをあの蒼き英雄に教わった。


 一生徒の言葉を聞き、目蓋まぶたをゆっくり閉じる先生――いつも俺の事を気にかけてくれた、もう一人の親父の様な目が――早すぎる旅立ちを、しっかりと吟味してくれるのが分かる。


「危険が無い――訳はないな。フレームと言う機体へ搭乗すると言う事は、私も君の父から十二分に聞かされている。」


 目蓋まぶたを閉じたまま声を紡ぎ――そしてゆっくり開かれた親父の様な目が、俺を直視していた。

 それは絶対逸らしてはいけない、旅立ちを祝い――そして俺を案じた保護者の思いそのもの。


「私たちは待っている――無事に帰って来いよ?」


 多くを語るでは無い短いフレーズ。

 そこに込められる思い。

 ≪待っている≫――きっと宇宙そらに出る人達は、この言葉があるからこそ全うに任をこなし、帰る場所へ帰る事が出来るのだろう。

 その言葉を、これ程重く受け止めた事は一度もなかった。


 けど、宇宙の恐怖――その美しさに隠された想像を絶する過酷な環境を、五感の全てに刻んだ今の俺は、その言葉だけで胸が熱い物に包まれた。


「はい!俺は皆の元へ、必ず帰ってきます!」


 俺の眼差しは多分自分が想像しないほどに真剣で――真っ直ぐだったのだろう。

 先生よりも先にと、騒がしくモニター前に押し寄せた格闘部の仲間達――その彼らが静まり返っていた。

 詳細は知らされずとも、事の重さが伝わったのは明らかだった。


 彼らの未来を守る役割を得たんだと、心に浮かんだ俺はまた一つ――【霊装機セロ・フレーム】パイロットとしての階段を登った気がした。



****



 いつも少年を羨望せんぼうの眼差しで見る、栗色の髪が揺れる後輩浅川あさかわゆず。

 負けん気は強いがどうも、部の負け星がかさみすぎる自称ライバルの佐条良太さじょうりょうた

 無駄にボケてはみんなの笑いを誘う後輩、やや西洋系ハーフのケンヤ・アルバート。

 流れで部に入ったはいいが、ろくな練習もこなした経験が無い染めた茶髪の片折詩奈かたおり しな


 先生との通信後に、しばらく会えない自由奔放な部活の仲間へ必ず戻ると約束し、通信の本題――両親への報告に移る格闘少年。

 しかし少年としては、確実に【霊装機セロ・フレーム】のスペックから導き出された答えが予想でき、これはまさしく両親の想定通りのシナリオで動いているとの結論をすでに得ている。


 完全に手のひらで躍っていた自分を想像し、自らの意志で決断し飛び出したつもりが、未だに親の脛齧すねかじりでしかない現実に落胆しつつ、母親の通信を待つ。


 通信ルーム――そこへ鳴り響く音。

 格闘少年の母親から連絡が届きちょっと文句を言ってやろうと、少年は勢いに任せて身を乗り出し応答する。


「ああ、お袋。あのさ――これどうなってんだよ?流れで宇宙そらに出ちまったけど……。」


『〈あら、どうやら元気そうじゃないの。どう?そちらの雰囲気ふんいきは。〉』


 聞こえてくる紛れも無い

 それは少年が幼い頃から耳にする、――それは母がその手に持つ、携帯キーボードから入力した文字を変換し聞こえる機械音だ。


 格闘少年の母親は声帯が生まれつき成長不良で、常人の様に話す事が出来ない。

 ――声だけではない。

 視覚もぼんやりとしか見えず、少年がいつも見る母の姿は車椅子の上――辛うじて聞こえる聴力は、機械の補助があって問題無く聞ける。


 【フリーダム・ホープ・A・C】アカツキ・コーポレーション現会長であり、あかつき学園改め紅円寺こうえんじ学園理事長である暁 咲弥あかつき さくやは、あのクオンに並ぶ重度の遺伝子障害を持つ女性であった。

 一時は命の危険も危ぶまれた、極めて重篤じゅうとくな事態も経験している。


 聞き慣れた機械音は、少年にとっては当たり前の母親の声。

 彼女が憂鬱ゆううつにならぬ様にと工夫を凝らされたその音声は、地球製の技術を結集したボイスロイドと言う、実在する声の仕事を担う者の音声が使用されていた。


 存外に彼女はそれがお気に入りで、いつでも若々しい自分の声にご満悦だそうだが。


「元気そう?じゃないって……。お袋俺をハメたろ……?なんか計画的な犯行の香りがプンプンするんだけど……?」


「親父と絶対つるんでたはずだし……。」


 少年は取り合えず、初っぱなの文句を母親へここぞとぶつける。

 学園高等部ともなれば自立の時期――少年はその意味も含めて【霊装機セロ・フレーム】のパイロット勧誘を受け入れた。


 それが明らかに仕組まれていた事態に、不満をあらわねた子供の様になる――いや、ねた子供そのものである。


『〈せっかくあたしが用意したプランよ?もっと喜んでくれないと、お母さん悲しいわ……。〉』


「俺そっちじゃねえよ……(汗)」


 視界が無いにも関わらず、全ての場所を記憶したキーボードさばきは機械音での会話を忘れさせる程――イントネーションに至っては、車椅子に仕掛けた足のペダルさばきで変化させられる彼女専用の音声合成装置。


 華麗なキーボードさばきを披露しつつ、母がわざとにモニターから明後日の方向へ向き――あたかも息子がそちらに居る様にいじる。

 そして分かっているその冗談に、わざわざ付き合う少年。


 彼女は視界は見えずとも、その遺伝子障害とは永い付き合い――声や音で、だいたいの方向を察知出来る様鍛えている。

 特に宇宙における身障者達は、一つの障害がありそれが劣るからと言ってめげたりせず、その代わりとなる能力を徹底的に磨き上げると言う、前向きさを持っていた。

 宇宙と言う環境で生きるために会得した、人類の多様性と評価される程に。


 だが何よりその身障者達を奮起させているのが、他ならぬ格闘少年の母 咲弥さくやである。

 彼女の過去――余命数ヶ月を言い渡され、全てを投げ出し自暴自棄になった経験から一転、軽い冗談もこなす程までに明るく立ち直った。

 人はその姿に敬意を称し、暁 咲弥あかつき さくや宇宙そらのヘレン・ケラーと讃える者も多い。


 その彼女がたった一代で築き上げた、太陽系に名だたる大企業――それこそが【フリーダム・ホープ・A・C】アカツキ・コーポレーションなのである。


「でも……、サンキュな――お袋……。必ず帰るから。」


 少年は母親がどれ程過酷な人生を送ったかを、父親からの言葉でしか知らない。

 ――しかし今自分がこの場所に立つ意味、分からない程親不孝でもない。

 彼女が一代で巨大な存在に押し上げた【フリーダム・ホープ・A・C】アカツキ・コーポレーション


 フリーダム・ホープ――自由への希望――

 

 そこに込められた真の意味――それは正しく、紅円寺 斎こうえんじ いつきに託された母の思いそのものである事を、宇宙そらに出て初めて確信した少年であった。

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