第19話 救いし者が目指す姿



 居住区画よりソシャール階層を垂直軌道エレベーターで下方へ抜ける。

 エレベーターはおごそかな雰囲気ふんいき――弔いの場を現す建物から続く。


 その先にはソシャール下方の階層へひっそりと広がる共同霊園――この宇宙そらで人生を終えた者達が眠る場所。

 一角にある軍事関連の者が弔われる区画へ、二人のパイロットが訪れていた。


 蒼き霊装セロの騎士が間に合わせではある小さな花――宇宙そらでも育つ様に品種改良された弔いの花を手に、一つの石碑を見つめる。


 そこに刻まれた文字――亡くなった事を示す代わりに記された、行方不明を現すスペル。


「8年も放置してしまったな……。けど――この花、きっと水奈迦みなか様だろう。」


 クオンの立つ石碑の前、ささやかな花がすでに添えられている。

 瑞々みずみずしさからごく最近添えられた物とうかがえる。

 その上に交互へ重ねる様に手にした花を添え、ゆっくり直立し敬礼を贈る。


「……サイガ大尉、この墓は――」


「クオンで構わない。――これはオレにとっての友人、8年前……行方不明のまま捜索が打ち切られた者の墓だ。」


 英雄によってこの霊園へ付き添った赤き機体の格闘少年。

 行方不明の友人という、英雄の言葉にただの弔いとは違う物を感じ取っていた。


 そのまま霊園の片隅――宇宙そらを展望出来る区画へ足を運ぶ。

 この区画は故人がせめて、亡くなった後に宇宙そらへ帰れる様設けられた弔いの展望台である。


 宇宙そらを見据え――蒼き英雄は格闘少年へ、わずかばかり昔話を語り始めた。


「オレは元々総合遺伝子劣化症――宇宙そらでも稀に見る遺伝子障害を持って生まれた。どこかが極端に劣るという訳じゃない――全てが一様に低い能力として現れる症状だ。」


 明かされる奇跡の英雄の真実――格闘少年は言葉をさえぎらず、ただ聞き漏らすまいと耳を傾ける。


「そんなオレがあこがれた【霊装機セロ・フレーム】――8年前の事件が起きる前までは、間違いなくそのパイロットだったが――その事件、仕組まれた作戦ミッションで友人を救えず、オレは自分を見失った。」


 見据える先を格闘少年に移し、さらに言葉を続ける。


「それでもオレは――やっぱり諦められなかった……あの時描いた夢を。だが、【ザガー・カルツ】の襲撃――その窮地をしのげなければ、きっと多くの大切な者と……掛け替えのない場所を失い――取り返しのつかない事になっていただろう。」


 そこまで告げた奇跡の英雄は、自分が駆けつけるまで同じく奇跡の防戦を繰り広げた、赤き機体のパイロットへ深き感謝の意を込め頭を下げる。


いつき――本当によく持ちこたえてくれた。ありがとう……。」


 英雄の深い感謝の意は、格闘少年が抱いた敗北の念へささやかな炎を灯す。


「――い、いえ……俺全然役に立てなかったと思うし……。そんなにお礼されると困るっつーか……なんつーか……!」


 慌てふためく格闘少年、でも少しなかり表情が軽くなっている。

 それは少年に、完全な勝利ばかりが戦いの利ではない事実を刻む。


「だから君に言っておきたい事がある。オレ達【霊装機セロ・フレーム】パイロットが目指すべき姿を――」


 少年は英雄の口にした――目指すべき姿、それを脳裏に焼き付ける様に聞き入る。


「【霊装機セロ・フレーム】は救いし者。救うべき弱者を背にした時―― 一切の敗北が許されない。しかしそれは絶対の勝利を意味するのではなく、決して諦めない事――絶対に倒れない事。」


 英雄は共に【霊装機セロ・フレーム】という超常の機体に搭乗する者として、彼が前進するための道しるべとなる光を灯していく。


「けど今は、とにかくあの赤き【霊装機セロ・フレーム】を使いこなす事に専念するんだ。――これから先戦いは激しさを増す事は明白、だからこそ――」


 もう一度宇宙そらへ視線を向け、その宇宙の遥か深淵しんえんを貫く様な意志で――奇跡の英雄と呼ばれた男は、歩み始めた新たなる伝説へ向け宣言する。


「――君が自分の力で前に進めるその時まで、オレに着いて来い!」



》》》》



 ずっと打ちひしがれたままだった。

 自分の勝利なんて何の意味も持たないんじゃないかって。

 それぐらいあの敗北は自分の心に突き刺さっていた。

 ただの敗北じゃない、自分の敗北が多くの命を危険に晒すという事実。


 【霊装機セロ・フレーム】という機体に乗る真の意味が、自分から全ての自信を奪い去ろうとしていた。


 そんな時、サイガ大尉が口にした彼の真実の姿――それはさらに自信が音を立てて崩壊する言葉。

 彼は宇宙で多く存在する遺伝子障害を持って生まれた宇宙人そらびと

 そこで俺は完全に行き詰った。

 彼が奇跡の英雄と呼ばれた本当の意味を理解した時、一人善がりだった自分の全てが足元からなくなりそうになる。


 ――けど彼はそんな俺にありがとうと言ってくれた。

 そして、オレについて来いと道を示してくれた。

 その言葉の意図――俺だってバカじゃない。

 言葉の裏に込められた俺への期待が、心を熱くたぎらせた。


 この人になら着いて行ける――そう確信した時、もう自分の迷いなんてどこかに吹き飛んでいた。


 だから俺は――もう一度赤き【霊装機セロ・フレーム】で戦場におもむくと誓ったんだ――



》》》》



 緊急招集――それは突然、しかし多くの者が察していた通達。

 先の【ザガー・カルツ】襲撃の際、関係したC・T・O及びF・Hフリーダム・ホープ民間協力隊員全員である。


 当然先ほど霊園から戻った2体の【霊装機セロ・フレーム】パイロットも含まれていた。


 ソシャール【アル・カンデ】中枢――O・Rオペレーション・ルームから直線で繋がる通路の設備集合区画中央。

 すでに召集された面々が大ブリーフィングルームへ集結した。


「揃った様だな……、では水奈迦みなか様。」


 全ての防衛作戦遂行を指示した月読 慶陽つくよみ けいよう 大佐は、臨時に発動される次なる作戦を前に【アル・カンデ】管理者である水奈迦みなかの言葉を頂くため会議を開始――それを受け水奈迦みなかは会議室中央へ歩み出る。


「このたび斯様かような不測の事態にも関わらず、皆さんよう持ちこたえてくれはりました。――ほんまに、おおきに。しかしながら、かの【霊装機セロ・フレーム】を技術監督官等に無許可で使用せざるを得なかった事態――その委細弁明のため出頭せよとの命を受ける事となりました。」


 多くの者がL・A・Tロスト・エイジテ・クノロジーを扱う上で、最も重要事項として技術管理監督官を含む最低3人以上の承認を得る必要がある事を理解している。

 例として技術管理監督官は絶対とし、中央評議会――そしてムーラカナ本国・元老院を含む各重要機関等である。


「この出頭命令を受け――ウチの同行を前提に急遽部隊を編成、中央評議会を有する木星~火星間小惑星帯軌道【準惑星セレス】へ向かいます。」


 水奈迦みなかが一区切りを入れ、月読つくよみ指令が引き続き連絡を飛ばす。


「この作戦に際し専用艦を用意――各部門の専門部隊と合わせ、先の防衛戦に関わった者を今後作戦に起用――事態対応の確実性を高めたいと思う。だが――」


 言葉を含み、ブリーフィングルームを隅まで一望してのち、全ての隊員へ届く様に告げる。


「この作戦はあの【ザガー・カルツ】との戦闘を考慮し――同時に、各宙域での災害防衛作戦セイブ・ハザード・ミッションも同時進行する極めて難度・危険度共に高いミッションである。」


 流石にその常軌をいっする作戦を聞き、会議室にざわめきが走る。

 けれど、大半の者は想定していたのであろう――多くは語らず、指令の言葉をしかと聞き心に留めようとする。


「――よって、上層部との見解の一致の上で、作戦参加の是非は皆にゆだねようと思う。そして諸君らが例えこの任を降りようと、決して非が及ぶ事はないと断言しよう!」


 上層部においても、誰しも予想だにしない事態――それを現状の被害に止めただけでも、今ここに居る隊員は皆英雄の様な扱いである。

 それ以上危険が及ぶならと辞退したとして、誰も責めることが出来ない――それほどの功績と評価されていた。


 しかし、その現状を知らぬ中央評議会はそうは行かない。

 この災害防衛を含む作戦は、その評議会への体裁ていさいを含めた作戦である事は、疑う余地もなかった。


「これより半日――短い時間ではあるが、希望者は各々おのおの心身の準備をおこたりなく、その上で規定時刻の06:00時――大型設備格納・外部ソシャールへ集合する様に!」


「以上――解散!」



》》》》



「隊長……こいつは……!?」


 木星圏衛星エウロパ――【ザガー・カルツ】がひそむ【アル・カンデ】軍の偵察隊からも死角になる暗礁宙域。

 次なる作戦へ向け隊長ヒュビネットの指示のもと、急ピッチで補修及び改修作業が進められていた。

 巡宙艦バーゾベル内では大規模な補修が行えないため、完全に即席の修理であったが、隊長機はあり合わせの装備と共通パーツで改修を済ませ、二人の隊員の機体改修を優先させていた。


 【ザガー・カルツ】で使用されるSV・Fシヴァ・フレームは、ボンホース・イレーズン軍部においても最新鋭機体であるが、A・Fアームド・フレームを火星圏で発展させた旧世代の機体に比べても、近未来的な円形と鋭利に切り落とした装甲――全体が少々上下に長いスマートさを持つ。

 しかし現状戦闘を前提とした機体は、この火星圏から木星圏でも多くなく――データ収拾及び臨時の換装が容易である事が求められた。

 そのため、共用パーツも多く異なる換装タイプの機体であっても、メインフレーム修理の大幅な時間とコスト短縮を実現していた。


「あの赤いのを相手にするには、通常の規格で運用されるSV・Fシヴァ・フレームでは相手にならん。――そのために、わざわざ火星圏から取り寄せたS・P・Fスペシャル・プログレッシヴ・フレーム、特機と称される機体だ。」


「……冗談……だろ!?こいつは――とんでもねえって奴だろ……!」


 隊長の言葉に血がたぎるのを押さえられない戦狼。

 つい今しがた、旗艦バーゾベルへ搬入される新型機。

 SV・Fシヴァ・フレームの規格とは明らかに外れた概要――理論に基づいた戦術兵器とは明らかに異なる装甲と、そこから想像される攻撃兵装の数々。

 火星圏は木星圏より地球文明が近い事が災いし、地上における対立戦争や地域紛争に触発され同様の抗争が多発――防衛面で、戦術的に運用出来る機体製造が急務とされていた。


 その火星圏でも、今戦狼が目にするSV・Fシヴァ・フレームより一回り巨大なフレームは、スーパーフレームとも――スーパーロボットとも呼ばれ、戦線投入時は敵味方問わず震撼させられていた。


「――これだけの物を用意したのだ……。この特機――Σシグマフレーム【臥双ガソウ】……使いこなして見せろよ?」


 Σシグマフレーム【臥双ガソウ】――戦狼のたぎる視線と共に、赤き【霊装機セロ・フレーム】を狙う刺客が戦闘宙域へおどり出る瞬間を静かに待ち続けていた。

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