第18話 特務救済艦 コル・ブラント



 8年の月日、久しぶりの彼らはオレの様な臆病者を暖かく向かえ入れてくれた。 あの時と比べたら随分大人になった同僚――見ない間に綺麗さも増した女性陣。

 まだ入りたてなのか、作業が覚束おぼつかない新人達。


 それを見て、自分がどれだけの時間を無駄に過ごしていたのかと思うと、恥ずかしくて同僚達と顔を合わせても作り笑いが関の山。


 ――それでもオレは、この場所に帰ってきた。

 多くの命を救いたいと願って入隊した――この宇宙災害救済機関セイバースに――



》》》》



 突如としてソシャールを襲ったボンホース派、特殊独立機動部隊【ザガー・カルツ】。

 からくも危機を乗り越え、それを見事に成し遂げたパイロットを讃えるべく沸き返っていた格納庫も、ようやく落ち着きを取り戻していた。


 悠々と格納される蒼き機体と引き換えに、各所に生々しいダメージが激しい戦闘の爪痕つめあととして残る赤き機体。

 重力波によるディフェンス・シェルで防ぎきれなかった、敵の物理弾頭が機体各所をかすめ、無数の弾痕だんこんとして残る。

 しかし致命打を受けていないのは、重力波をピンポイント展開出来たパイロットいつき の真価とも言える。


「よっしゃー!随分と久々だが、ここは俺たちの独壇場――各員気合入れて修理するぞーー!!」


「おおーーーっ!!」


 整備チーフの声がメカニック達に息吹を与え、腕まくりした整備クルーがその整備チーフと共に赤き機体修理へ速やかに散る。


 その勇ましいシーンを格納庫の上階――中腹にある観覧窓の付く、突き出した待機所で見下ろす少年――颯爽さっそうと現れアルファフレームパイロットに選ばれた、本日の英雄 紅円寺 斎こうえんじ いつき


 しかしその表情は帰還してからこちら、浮かない表情のまま――ただアルファフレームと整備クルーの活躍を静かに見下ろしていた。


「ここだったか……。」


 背後より掛けられた声に反応し、振り返る少年。

 声の主は颯爽さっそうと現れるも少年を救い、目を疑う様な大活躍を刻み付けた クオン・サイガ。

 少年の様子が気になり姿を探していたのだ。


 天才格闘家として名を馳せた少年は、酷く落ち込んだまま英雄の方へ向き直り、まだ名乗りをしていなかった事を咄嗟とっさに思い出す。


「……すいませんっす。まだ名乗ってなくって――俺は紅円寺 斎こうえんじ いつきいつきでいいです。……その……さっきは助かりました。」


 いざ口を開いた少年は、誰かに自分の不甲斐無さを聞いて貰いたかったのか、自然と目の前の英雄へ向かって思いを吐露とろし始める。


「俺……学園では天才格闘家とか言われて……何か調子に乗ってたんです。――【霊装機セロ・フレーム】に乗れた時も自分はすげぇ、どこまで行けるんだって・・。」


 切々と語り出す、打ちひしがれた格闘少年。

 英雄と呼ばれた男は口を挟む事無く――その思いを聞き届ける。


「――けど、ダメだった。何も出来なかったのと同じ――たった一人の機体相手へ勝利した程度で息巻いて……相手が全然本気じゃないのにも気付かないで――」


 観覧窓に映る少年――今の今まで、果敢かかんに敵対者に挑んでいたとは思えぬほど意気消沈する姿。

 瞳を足元に落とし上げられぬ少年――それは後ろ向きに言い訳を連ねる物言いとは違う、自惚れを恥じ――敗北と向き合おうとする心意気。


 8年もの間、全てから逃避していた蒼き英雄からすれば、それはまぶし過ぎる意志。

 だからこそ余計な言葉を挟まず、彼の心の内をさらけ出させた。

 彼はここまでじゃない――ここからが本領発揮だと確信していたから。


「ソシャールを救ったヒーローが、やけに浮かないと思ったら――そういう事か……。」


 無論クオンに彼を非難する権利などありはしない――本人がよく自覚している。

 引きこもりであった英雄にとって、自分が到着するまで持ちこたえた――この赤き魂には正直感謝の言葉以外には浮かんでこないぐらい。

 その感謝の意を彼へ――前に進むキッカケを与える事で返せるならと、ささやかな提案を持ち出す。


「――この事態、恐らくすぐにでも緊急臨時召集がかかるだろう……。けどその前に少し付き合ってほしい場所がある……。」


「……付き合ってほしい場所……?」


 責めるでも、非難するでもなく――ただ言葉を受け入れた英雄の器に、心が軽くなった少年も戸惑いながらではあるが、ささやかな提案を承諾し英雄に同行する。


 向かう先はソシャール【アル・カンデ】居住施設最下層――【共同霊園】。



》》》》



 出頭命令――火星圏と木星圏の狭間にある小惑星帯、その中を公転軌道とする【準惑星セレス】。

 臨時会議にてそこへ向かう部隊の緊急編成を任された月読 慶陽つくよみ けいようは、【アル・カンデ】内極秘軍事施設でも破格の巨大さを誇る、大規模設備格納用・外部ソシャールへ足を運んでいた。

 緊急の部隊を運用するに当たり、最も重要なの起動準備を行うため水奈迦みなかも当然、【アル・カンデ】管理者として同行する。


 外部ソシャール内壁部――起動予定の旗艦を一望出来る管理管制室。

 重力制御された長大なメイン通路を進む両名――すると管制室近辺へ近付くにつれ鮮明になる姿、扉前で彼らの来訪を待ちわびていた者がパタパタと手を振っている。


月読つくよみ指令様、水奈迦みなか……!こっちこっち!」


 地球年齢で見ても十代にも満たぬ幼い容姿――上下に分かれたゴシック調の白と黒が程よく配された、長袖フリルベストと膝丈フリルスカート。

 ふくろはぎの半分を隠すゴシック調ブーツ――そしておでこが見える様、前髪を分けてリボンピンで留め、後頭部にツインテールで長い髪を結う姿。


 ゴスロリファッション――そんな印象が相応ふさわしい少女が、【アル・カンデ】の重鎮じゅうちん二人を友人を呼ぶ様に誘う。


「すみません監督官殿、会議が長引きまして。すぐにでも起動準備を――」


 月読つくよみ大佐は【アル・カンデ】管理者の水奈迦みなかにならともかく、この少女にまで恐れ多くもかしこまる。

 しかし――この大佐、少女を監督官と呼んだ。

 呼んだのだが、少女がその言葉にむくれてしまう。


「指令様!また私をその様な、凄く目上を敬う言葉で扱って!――もっと友人の様に接して下さいな!」


 監督官――この少女こそL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーの厳重な管理のため、【観測者】より遣わされた【L・A・T 技術管理監督官】である。

 であるが、あの大佐をってしても手に余る天真爛漫てんしんらんまんさ――


「……い……いえ、監督官どのである以上それが妥当と……」


 あの切れ者指令官が動揺を隠せない事態――そんな月読つくよみの姿をクスクスと隣り合って笑いをこぼす【アル・カンデ】管理者が、変わりに彼女へ技術許可と誘導をうながす。


「リヴ、そのへんで。大佐はそういう所は融通がききまへんよって。それよりも技術許可承認――そちらを優先してもらえんやろか?――先の様に失態を繰り返すばかりでは、ウチらも面目が立ちまへんから。」


 管理者の言葉に不満を込めた可愛いむくれ顔のまま、宙に立体モニターを表示――指を走らせた形をサインと認識、正式な技術許可の承認が完了する。


 そして一行は管理管制室のキーを網膜・指紋・声門照合にて解除後――水奈迦みなかとリヴと呼ばれた監督官の少女が扉の二手に分かれ、二重のロック解除に移る。

 軍事機密であるが故の多重ロック――ソシャール管理者及び技術監督官が、双方の生体反応を利用した霊震動センサーによるロックを同時解除して、晴れて旗艦と対面が可能である。


 扉の先――長い階段はエスカレーター式。

 わずかに下がった場所、旗艦への最初のアクセス経路となる上部外板ハッチへ、幾つもの機械支柱に支えられて一行を運ぶ。


「――この船を使うべき時、望む形ではないが……。」


 大佐も言葉が詰まる。

 本来この船は、軍事戦略目的としては開発されていない特殊任務艦であった。

 しかし、推測される点――木星~【準惑星セレス】間を往復する長大な航続距離と、その間に否が応でも発生する可能性――【ザガー・カルツ】との戦闘状態。

 それらを考慮した上でも、このかん以外に適任はありえなかった。


「今は悠長な事も言えまへんからな……。故に考案した作戦――そうですやろ?」


 【アル・カンデ】管理者としても大佐の気持ちは痛いほど理解出来る。

 このかん生まれた特務艦。

 それを戦闘に駆り出すのだ。


「――大丈夫ですよ?お二人とも。」


 エスカレーターに終点まで運ばれ、特務艦アクセスハッチ前に到着した一行――すると二人の鎮痛な面持ちを払う笑顔で、技術監督官【リヴ・ロシャ】が振り向き――希望の言葉を、全ての責任を全うする覚悟の二人へ贈る。


「あなた方が選ぶ者達に間違いはありません。――だって、アルファΩオメガの起動は悪意ではなく善意――命を守るために選ばれた者達が、その聖なる剣をかざしたのですよ?」


 ――そして今まさに起動せんとする、もう一つの聖なる剣を見やり――監督官は、希望への出撃を待つかんへも門出の言葉を贈る。


「――よいですねコル・ブラント。あなたは、彼らと共にこの世界の命を守護なさい。――太陽に向け暁の出撃です、特務救済防衛艦セイバーシップ聖剣コル・ブラント】よ――」


 リヴ・ロシャの言葉は美しく響く宇宙そらうたとなり――【聖剣コル・ブラント】と呼ばれしかんへ、起動の息吹を余す事無く注ぎ込んでいった――

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