救いし者宇宙へ

第17話 出頭命令



「全く……想定外――だが、計画では許容範囲だな……。」


 予定した策の第一段階を終え、思考に描く計画の始まりを告げるはずであった宣戦布告。

 そこに現れた2機の【霊装機セロ・フレーム】によって、大きく出だしをくじかれたヒュビネット。

 許容範囲とはいえ、このままC・T・Oの思うようにはさせないと、更に計画の修正を行うため衛星【エウロパ】宙域――【アル・カンデ】の防衛圏から大きく距離を置いた小惑星帯で機をうかがう。


 機体損傷が激しく、そのままでは待機中であるバーゾベルまでの帰還が無理と判断した。


「――聞こえるかバーゾベル、こちらヒュビネット。各機損傷及びエネルギー消耗が激しい。潮汐ちょうせき力の均衡ももうじき崩れるだろう、至急こちらを拾いに来い。」


『なっ!?機体損傷ですと!?――了解、すぐに向かいます。今しばらくお待ち下さい!』


 旗艦バーゾベルは【レムリア・アトランティス】連合軍全体で見ても、標準的なフレーム搭載艦。

 ベースは軽巡宙艦だが、数少ないフレーム搭載を前提に設計された軍用艦である。

 

 しかし――こと木星圏においては、その潮汐ちょうせき力の安定期を見極めながらの航行となり、効率の面では決して良いとはいえない。

 航続距離――さらには重力圏脱出用推進力も【ザガー・カルツ】用に仕様変更しているとはいえ、汎用の艦である域を越える事はない。


 当然隊長であるヒュビネットは、そんな事はすでに計算の内であろう。

 対応として準備を進める戦術武装の輸送状況――旗艦バーゾベルとは別の回線へ移し、通信先の者へ現状を問う。


「こちらヒュビネット――【凶鳥きょうちょう】と【臥爪がそう】は木星圏に向かっているか?」


『こちらラヴェニカ。現在【凶鳥きょうちょう】は木星公転軌道へ到達――間もなく周回安定軌動に……。合流は少なくとも1週間後となります。【臥爪がそう】は先行して恒星間航行シャトルにて輸送中――』


 ふむと嘲笑の口元がわずかに上がり、


「【臥爪がそう】は良好――お前は今何処どこだ?」


 くじかれた出だしを補完するための用意――まず一つが届くと知り、それを踏まえさらに策の完成度を上げるための準備、の状況を確認する。


 『私はすでに今、別行動にて衛星カリスト方面を、同じくシャトルにて通過――予定通りガニメデのマスドライブサーキット周辺へ航行中。次の重力安定域時刻までには到着可能です。』


 隊長が策を構築するため、現状推移を確認する通信――その声に至って淡々とした返答をする、事務的というより感情が希薄とも取れる女性の声。

 だが、サウンドオンリーの通信で表情までは掴めない。


 その3人目の隊員は【ザガー・カルツ】を構成する4人の内の一人であろう。

 さらに輸送中である戦術武装とおぼしき【凶鳥きょうちょう】と【臥爪がそう】――【ザガー・カルツ】は現在不完全な部隊編成であるという結論が導かれる。


「了解した……。こちらはオレ及びアーガスの機体が大きく損傷――バーゾベルに戻るには少々時間を要するが、重力安定期までは――」


 と、隊長が言葉を続ける中――損傷の言葉に反応した3人目の女性隊員が、希薄であるはずの感情に焦りを混ぜた声で割り込む。


『――隊長……損傷?お怪我は……?無事ですか……?』


 感情の希薄さで焦りが伝わり難いが、明らかに他の隊員とは違う過剰な反応――サウンドオンリー通信を解除してモニターに映る女性。

 隊長も予想していたのか、いつもの嘲笑ちょうしょうに傍目には分からぬ程の優しさをにじませた表情で返答する。


「フン……。オレは機体が損傷と言った――必要以上に案ずるな……。」


 その言葉に、モニターに映った女性はヘルメット越しではあるが安堵の笑みを浮かべる――安堵であるが、浮かべた笑みはどこか静かな狂気を湛えた寒気を覚える雰囲気ふんいきを漂わせた。


「さて――この次の動き、当然そう動くしかないだろう?では事を上手く運べるか試してやろう、救済機関を名乗る者達よ――」


 損傷した隊長機、映し出されるモニターには、C・T・Oが求められる今後の作戦状況が隊長へと随時配信されていた。



》》》》



 ソシャール【アル・カンデ】内【霊装機セロ・フレーム】専用格納庫にて――帰還した蒼と赤の機体が順次ホールドアームへの再固定が成され、激戦後のひと時の休息へ向かおうとしていた。


 赤き【霊装機セロ・フレーム】は損傷箇所及びエネルギーの最充填のため、優先的に固定を終えていたが――その足元が格納庫とは思えない様な人だかりと、異様な熱気に包まれていた。


 人だかりの中心、今だ身体から緊張と疲労が抜け切れていない――今回の主役、格闘少年 いつき である。


「よくやったな!凄かったぜっ!」


「尊敬します!大活躍でしたね!」


「……はは、ども――恐縮っす……。」


 次々と浴びせられる賛辞にたじたじになりながらも、何処どこか暗い表情が浮かんでいる斎。


「大尉も凄かったよ!あんなに完璧なサポート、見た事ない!」


「ええ、ありがと。でも流石に災害対策作戦セイブ・ハザード・ミッションとは、勝手がね――」


 

 A・Hアーデルハイド=G-3のサポート・パイロットを見事勤め上げた大尉――綾奈あやなもまんざらではない。

 彼女としても、【霊装機セロ・フレーム】に搭乗しての本格任務としてはこれが初――喜びも一頻ひとしきりであろう。


 その様子を、次いでホールドアーム固定が終えた蒼き機体から降りながら、昇降階段中腹で恨めしそうに見下ろす少女。

 ――赤き機体の足元に出来た人だかりに、不満の表情でぼそっと言い放つ。


「……クオンさんも凄かったのに……。」


 Ωオメガと言う機体にあこがれたキッカケ――クオン・サイガという英雄の戦う姿、それは紛れもないエースパイロットに匹敵する活躍。

 それをサポート・パイロットとして支えながら目の当たりにした少女、ジーナにとっては赤き機体の少年ばかり賛美にあずかる姿に納得がいかない様だ。


 相棒パートナーとなり、支えとなってくれた少女の賛美を嬉しく思いつつも、これまでの不甲斐無い自分を思いだす、少女のあこがれた男クオン・サイガ。

 わずかに眉をひそめながら相棒パートナーの少女に言葉を投げる。


「――仕方ないさ。急遽民間からスカウトされて、【霊装機セロ・フレーム】初搭乗であれだけの事をやって退けた。彼らの声はあのパイロットにとって相応しい賞賛――」


「8年も引きこもって――肝心な時にいない奴より、讃えられるのは当然だろ?」


「そ……それは……けど――」


 あこがれの大尉に投げられた言葉で声を詰まらせる少女。

 まさにその引きこもりを、ストーカーばりに押しかけて――挙句に必死さのあまりらした失言を思い出してか、クオンの目を別の意味で見られなくなる。


 そこへ一頻ひとしきり本日のヒーローを褒めちぎった、威勢の良いメカニックチーフ マケディ軍曹がもう一人の功労者に歩みよる。

 軍曹が上げた手――ハイタッチを求めたその手に、クオンもすでに作った貸し一つ分への感謝の意を込め快く応じた。


「よく分かってんじゃねえか――だけど、これだけは言わせてもらうぜ?」


 蒼き功労者へ言葉を語り始める軍曹。

 すると――いつの間にかそこに集まった全ての者が、長き時を経て復活した一人のパイロットに熱望の眼差しを向けていた。


「お前さんはな……C・T・O、いや――民間協力組織フリーダムホープを含めた、宇宙災害救済機関セイバース全ての者にとって――」


「あの日、8年前から――ずっと英雄なんだよ……!」


 8年前、あの襲撃者エイワス・ヒュビネットも口にした日―― 一人のパイロットが、その時を境に失意の底に落とされた。

 後に少しずつ明かされる宿命の始まり――クオン・サイガにとってもそれは変え様のない事実であり――現実である。


「……そう言って貰えるのは嬉しいよ……。けど――それでも、親友一人を救えなかった過去は変えようもない――」


「クオン……あなた、まだ――」


 かつての彼をそれなりに知る綾奈あやな

 過去に同情し説得という行為に躊躇ためらいを持つまでは、少なくともジーナが配属されるまでの間、クオンという同僚の闇を見ていた。

 全ての経緯――全貌は知る由もないが、知り得た大まかな情報からでも彼の心をおもんばかっていた大尉。

 それだけにクオンの心の吐露とろに、誰よりも悲痛を共感してしまう。


 ――だが少しの沈黙ののち、その悲痛が霧散する――


「――だからこそ、過去の自分を……飽くなき挑戦の精神で越えるために――」


「オレはここに立つんだ――!!」


 放たれた言葉――それと同時に、そこに居た全ての者が感じ取れる程の――宇宙が震えるかの如き鼓動。

 そして、徐々に皆の脳裏に――心に、一つの事実が鮮明な光となって浮上する。

 先にあの指令官 月読 つくよみが思わずこぼした――待望の瞬間。


 ――今ここに、英雄が帰還したと――



》》》》



此度こたびは想定もしない火急の事態――それをよくぞ退けてくれました。まさに感謝の言葉もありません。……しかしながら――」


 ソシャール【アル・カンデ】内、皇国政府用大会議室にて当政府の今後についての緊急代表者会議が開催されていた。

 召集にあたりソシャール管理者である、ヤサカニ 水奈迦みなか及び今作戦の式指揮を執った月読 慶陽つくよみ けいようも同席する。


 ソシャール管理者の支持の元、施設の管理運営を執り行う副監理官が議長を努める。

 ――しかしその面持ちは、そこそこ老年をうかがわせるシワが更に増えんばかりに悩ましい表情になっていた。


「その事態解決に使われたアルファ及びΩオメガ――何れもL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー技術中SSSクラスの軍事機密に匹敵する機動兵装。それを【L・A・T監督官】の許可無しに起動する事態――」


 悩める理由は言わずと知れた、かの技術――機動兵装の無断使用。

 有事であろうとも、事が事だけに先の展開に頭痛が脳内で多発しているのだろう。


「――L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーを使用した件、臨時のサーフィング通信にて通告済みではありますが――それに対して当然中央評議会より事態の弁明のため、出頭命令が返信されたのは皆も想像に難くはないと思います。」


 中央評議会――火星と木星間のアステロイド帯外を公転軌道とする【準惑星セレス】軌道上に設けられた、皇国政府中央方面支部が統括する太陽系の政府機関中心地である。


 そこより提示された――出頭命令――L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーの無断使用に対する弁明は、敵対者襲撃によってもたらされた、今後を左右する歓迎出来ない重要課題として作戦に組み込まれる事となる。


「では――私よりこの件についての詳細と、実行が必要と思われる作戦についてご説明致します――」


 変わって月読つくよみ大佐が言葉を続ける。

 それは宇宙そら人史上、千年来の未曾有みぞうの事態と認識せざるを得ない――緊急の作戦、その全貌であった――

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