第16話 逃れた窮地 導かれた難題



「ハッ!同時攻撃って奴か……!」


「うまくやってよ……隊長っ!」


 隊長機より指示――変則的な策に生き生きとする隊員。

 【ザガー・カルツ】は、このようなテロ行為に匹敵する作戦を行わなければ、【レムリア・アトランティス】連合軍も舌を巻く程の、卓越したフレーム操縦技術を持つ事で有名である。

 謎に包まれたボンホース派の実態は掴めなくとも、末端で作戦を行う彼らの知名度はかなりの物だ。


 【ザガー・カルツ】隊は少数精鋭、フレーム搭載艦と隊長機に隊員機がメインで作戦を行うが、隊員のいずれも正規軍には煙たがられる様な曲者くせもの揃い。

 しかしそれは同時に、エイワス・ヒュビネットという男の描く計画に欠かせない要因でもある。


 マニュアルに縛られない思考と戦術――ヒュビネットにとっては有能な駒という認識であろうが、それなりには隊員への配慮がうかがえるのも事実である。

 その配慮さえも計画に必要な鍵とするなら、恐ろしい事この上ないのだが。


 隊員の気性を制御する隊長機―― その指示通り、一瞬の奇襲を敢行するため隊員機が流れる様に連携を取る。

 戦狼の機体がΩオメガの注意――砲撃射程へ突撃し、激しい軌道でロックサイトを誘導。

 元々格闘仕様にチューンされたSV・Fシヴァ・フレームは、推進力による機動性より機体の円運動に重点をおいたカスタム。

 身体を駒の様に回転させ、Ωオメガの射程圏内を舞い躍る。

 ロックサイトの照準速度を越えるスピードで動きまわる機体に、パイロットも機体も共に注意が固定される。


「くっ……!奴の動きマニピュレータでは……!なら――直接狙う……!」


 ヒュビネットがΩオメガの動きより算出したデータ――それをもとに戦狼への指示を送っていた。

 Ωオメガフレームの動きより隊長が導き出した答え――蒼き機体は戦闘用ではない、災害防衛対策仕様のままでこの戦闘に臨んでいると。


 戦闘用のシステムなら、複雑な軌道を取る敵機体であろうと容易に捉えられる射撃管制システムを持ちえただろうが、災害防衛――相手が流星群・隕石やデブリであればその必要性はない。


 つまりは――A・Fアームド・フレームに搭載されるマニピュレータの延長上であるシステムが、射撃制御に即席で転用されているという結論を導く。


 それはΩオメガを操るクオンも重々承知であろう――すかさず鈍足なオートマニピュレートを解除し、己の眼で戦狼の動きを追う。

 照準システム解除と戦狼の機体への注意固定――完全な死角を作り出し、その間に砲撃支援のユーテリスが重火線砲を放棄、重機関砲を構える。


 その動きを確認すると同時に、戦狼が回避から一転Ωオメガの懐へ突撃を敢行――さらにユーテリスがΩオメガをターゲットロックする。


『貰ったぜっ……!!』


『痛いのをくらいなっ!』


 Ωオメガコックピットに鳴り響くアラート音――戦狼と砲撃手の挟撃きょうげきによる同時攻撃。

 戦狼の突撃に反応しながらも、砲撃手を視線の脇にあるモニターで確認し迎撃体制に移るクオン。


「同時攻撃だろうと……――」


 砲撃手の射線上から退避するため、視線脇のモニターを注視した霊装セロの騎士が、一瞬の違和感に思考をフル回転させる。


「――待て、こいつ火線砲は――」


 挟撃きょうげきからの同時攻撃の背後――死角は、隊長機の行動を悟らせぬための二重の罠。

 ユーテリスが投機した火線砲を受け取り、射撃体勢に入ったのは隊長機――ヒュビネット。


「――堕ちろ、Ωオメガフレームっ!!」


 軍のマニュアルなどお構いなしの、即興奇襲戦術――これがあの格闘少年に披露されていたら、アルファフレームとの戦闘などなかったに等しい。

 これがヒュビネットの操る【ザガー・カルツ】という部隊である。


 完全に動きが隊員達の機体に持っていかれたΩオメガ

 これが初手でなければ、一般軍兵士でも対応出来るだろう。

 だが敵隊長機に反撃するための余地が存在しない、一瞬の攻防――Ωオメガが堕ちる瞬間。


 ――が、ヒュビネットのデータ算出には決定的な欠落要因が存在する。


「ジーナっっ!!」


「ハイッ!」


 背部の大型装備――Ωオメガが大規模な流星群を同時防御するために装備する、【統一場粒子クインテシオン】の多目的共振増幅システム。

 そのメインとなる偏心回転機関ロータリック・リアクター搭載型、超振動共振砲――メインパイロット制御下でも、システム制御を担当可能である。


「【統一場クインティアブラスター】サポート・制御――発射っっ!!」


 あのヒュビネットですら勝利を確信した瞬間――自分が狙っているはずの蒼き機体背部装備が稼働し、自分を射程に捉える。


「……Ωオメガっっ!!」


 反応は同時――だが放つ威力は桁違い。

 ヒュビネットが放つ砲撃を相殺してなお、彼の機体半身をかすめる共振収束砲の光。


 轟音一閃――眩き閃光に強襲された敵隊長機は、火線砲もろとも右半身――手足を爆轟にもがれ、それでも機体致命傷を避けるため後方へ回避したのはまさに天才の勘。

 ――だがその一撃は、この襲撃行為が完全なる失敗に終わった事を意味していた。


『隊長っっ!!』


 Ωオメガに振り払われた戦狼と砲撃手は、隊長機が大打撃を受けた時点で、作戦の失敗を悟り攻撃を中断――後方へ退避する。


 そして――空中に滞空たいくうし照り返す人工光にきらめく蒼を照らされて、堂々とそびえる機体。

 Ωオメガフレーム【グラディウス】の雄姿は、モニター越しに見るC・T・O隊員の眼に焼きついた。


 その雄姿に、指令を努め事の顛末を見守った月読つくよみ大佐が――思わず言葉を零す。


「そうこれは――英雄の帰還だ……!」



》》》》



 天才と言われ有頂天だった学園生活。

 誰も自分に追いすがる事なく、自分は最強って自負してた。

 

 それが【霊装機セロ・フレーム】に乗って戦えるなんて、夢の様な機会が向こうからやって来て自分はどれだけ凄くなれるのか、って膨らむ夢は止まる事を知らなかった。


 けど――ふたを開けた現実、それはたった一人の機体をなんとか退けて満身創痍。

 あげく敵の隊長機は本気すら出していなかったんだ。


 天才格闘家――その【霊装機セロ・フレーム】デビューはただの噛ませ犬。

 眼前に現れた、もう一体の【霊装機セロ・フレーム】がその現実を確かな物と刻み付けた。


「……なんとかなった……わね。」


 もう最後の方は安全圏に退避して、呆然と立ち尽くすだけ。

 最後の一撃がこちらの勝利を決定付けた、蒼き【霊装機セロ・フレーム】が悠然と滞空たいくうする。


 それを見ながら自分の未熟さに嫌気がさしていたけど――何か嫌な感覚が、まだ収まっていない。

 気のせい――なのか?

 それを確認するために俺は綾奈あやなさんに問い掛ける。


「……綾奈あやなさん……何か、まだ――」


「……ええ、途切れないわね……。」


 やっぱりだ――綾奈あやなさんも同じ違和感を感じている。

 敵はすでに撤退を始めてるのに――


「―― 一発が限度よ……。」


「充分です……。」


その違和感が膨れ上がる瞬間に向け、自動回復する機関グリーリスエネルギーを拳の一点に収束させて行く。



》》》》



「くそっ……!畜生っ、納得いかねえっ!」


 完全な作戦失敗のまま、撤退を余儀なくされ【ザガー・カルツ】は帰還もおぼつかない状態で反転した。


『落ち着きなって!今は撤退しないと……!』


 相手は防衛を主とした機関――追撃して無用な戦火を拡大するでない事は百も承知。

 それだけにこの状態で手出しされないのは好都合――さっさと撤退するに限る。

 砲撃手はそれこそ重要と認識している。


 しかし当の戦狼は止まぬ悪態のまま、心残りを引きずっていた。

 それは作戦どうのではない――あの赤き機体に敗北した事実が我慢ならなかったのだ。


 このまま撤退しても彼の悪態は続くだろう。

 それは隊長も計算している――だからこそその戦狼の意欲を持続させ、後の計画への準備も踏まえた事後処理を敢行する。


「全く――想定外もはなはだしいな……。おかげでテスト予定だった武装を使い損ねてしまった……。」


 機体背部に武装していた収納式の火線砲――しかしテストなど予定していない

 それをまるで、あたかもテストが出来なかったとうそぶき――あえて戦狼が位置する後方へ向けて投棄する。


『まあこれはもう無駄だな――ここに廃棄して行こう。』


 あからさまな言葉を戦狼の機体コックピット――通信を接続して独り事の様に投げる。

 その意をむ様に、戦狼の口元がニィッと吊り上がる。



 

 警戒態勢を維持しながらも、敵部隊を退けた事に安堵するC・T・Oオペレーション室。

 モニターを注視しながら、指令は【ザガー・カルツ】という部隊の本質を見極めようとする。

 これだけの事を起こす必要もない――極めて有能な隊である事は、戦闘を見ても明らか。

 

「ただのならず者集団――という訳ではない……。いったい何が目的――」


 その思考――視線が偶然撤退中の敵部隊、その一機に止まりバンッと叩きつける勢いで通信装置をオンにし――


「クオンっっ!!」




 途切れない違和感――殺気にも取れる。


「サイガ大尉……。無事防衛終了ですね……!」


「ああ……。」


 【ザガー・カルツ】はすでに撤退し、防衛空域を抜けようとしている。

 奴らの撤退手段は、もはやソシャールの天井に穴を開け、強引に脱出以外はないだろう。

 そのダメージなら天井隔壁の自己修復と、事後対応でなんとかなるはずだ。


 けど今だ途切れぬ気配に注意を払いつつ、無事を確認した同僚へ通信する。

 まずは彼らを無事帰還させる。


 ――が、流石格闘家。

 オレよりもこの気配には聡いな。

 感付き、今だ警戒を解かない赤き機体。

 ならオレの取る行動は一つ――


綾奈あやな……無事か?そちらのメインパイロットも……。」


「ええ、こちらは二人ともパイロットは――」


鳴り響くアラート――傷ついた同僚機へ機体の正面を向けた一瞬、そこを狙ったかの様な殺気が爆発する。


『くたばれ【霊装機セロ・フレーム】っっ!!!』


「クオンさんっっ!!?」


 外部音声で格闘型機体がえる。

 その手にはいつの間にか装備していた、収納式とおぼしき中距離収束火線砲。

 ジーナも気付き叫ぶ様に通信を走らせる。


 ――けれど、モニターに映る格闘少年――赤きパイロットの目が生きている。

 オレは視線をそのまま、目配せで彼に合図を送り――


「今日の主役は――オレじゃない……。」


 発射寸前の敵火線砲――その射線への道を開ける様にΩオメガの機体をスライドさせる。

 その先――目配せした格闘少年が搭乗する、赤き機体がその一撃を放つために構え――格闘型の敵機体が硬直する。


「――なっっ!?」


紅円寺こうえんじ流・・閃武闘術せんぶとうじゅつ――真・一式!――重・震・閃じゅう・しん・せんっっ!!」


 その構えから大きく拳打を、弧を描く様に振りぬく――

 弧は光の帯に――それは防御に使用していたミストルフィールドを、重力子で超高密度に束ねた、言わば重力の刃。


「がっ……!!」


 重力を伴う刃が、格闘型の敵機体が硬直した所を容赦なく襲い――構えた火線砲ごと腕部が爆発でもぎ取られた。

 最後のなけなしの奇襲すら迎撃された敵部隊は、爆発で弾かれたを予想していたかの様に背後で受け止め――ようやく撤退により視界から消えて行った。




 突如訪れた危機を、辛くも乗り越えた蒼と赤の機体。

 最後の警戒を解き状況クリアとなった時点で、本部への帰還となる。


 だが事は始まったばかり――ΩオメガΑアルファ、それを起動予定もないまま、関係各位への連絡なしに起動させた事態。

 その収拾こそが、真の試練の始まりになる――オレは皆が安堵の帰路に付く中、一人覚悟を額の傷に誓うのだった。 

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