第15話 それは英雄の帰還



 ぶつかり合う蒼と漆黒の運命。

 そのまま互いを弾き――後方へ飛びながらの威嚇射撃。

 当てる弾道ではない、相手をけん制し誘導する射線。

 だが互いがその誘導先の罠を読み、巧みに機体をひるがえし――そしてさらに激突。


神倶羅かぐら大尉……!無事ですかっ!?』


「ジーナ……!?あなた……。!」


「ハイっ!」


 赤き機体はその間に後方へ――大きな損傷こそないが、搭載された機関グリーリスはエネルギー消耗率が限界、引きずる様な後退がやっと。

 そのサポート・パイロットである綾奈あやなへ飛ぶ通信――大尉も目を疑う。

 通信の送り主は今は、【霊装機セロ・フレーム】間のやり取りに割り込むはずのない少女。


 だが紛れもなく曹長――ジーナ・メレーデンである。

 弾ける笑顔と共に、誇らしげに敬礼をして見せる姿に――その意を察した。


「そう……、そういう事。――おめでとう、頑張ったねジーナっ!」


 何も考える事などない――彼女がΩオメガサポート・パイロットの席にいて、今あの英雄が翼をひるがえす。

 彼女が自分でも及ばない程の情熱で、あの引きこもりと対峙していた現実をよく知っている。

 つまりはそういう事だ。


 完全優勢の状況下、明らかな油断の渦中であった【ザガー・カルツ】の隊員達。

 突如として現れたもう一体の【霊装機セロ・フレーム】にただ動じるばかり。


 赤き機体の未熟な腕に【霊装機セロ・フレーム】とはこの程度という先入観が立ち、機動性はともかく押せば事もなく打ち倒せる――そんな甘い幻想を抱いていたのだろう。


 「隊長……、どうすんだ……アルファは――」


 『Ωオメガを落とせ……!!』


 だがこの現実はどうだ。

 隊長機が全力の突撃を敢行する姿――隊員もよく知っている、その漆黒の機体を操る者の実力。

 かつて――天才エースパイロットの名を欲しいままにした男は、隊員らが束になってもかなう相手ではない。

 単純な戦闘経験だけではない――物事を先読みする才能、貧弱な機体ですら性能以上を引き出す操縦技術。

 何より自分達が想像出来ない様な――戦術と戦略を生み出す応用力。


 この太陽系広しと言えど、これ程のパイロットは存在しないと断言出来る。


が――、機体性能の差を埋めるほどの技術で追いすがるも、ことごとく砲撃の嵐をくぐり――隊長機のふところおびやかす蒼き

 肉薄すれば、隊長機の攻撃は空を切るが、その蒼き者は手甲ブレードで確実に機体寸前をかすめてくる。


 今だかつてこのエースパイロットが、押される事態に遭遇した事がない。

 アーガス――ユーテリス共に脳裏に浮かぶ答えは同じだろう。


「つい先ほど選ばれた様な――パイロットと呼ぶのも怪しい奴に、これ以上無駄をかける意味はない…。!」


 先の高みの見物から一転した隊長ヒュビネット。

 その視界に映るのは、最早蒼き輝きを放つ宿敵――Ωオメガフレームだけだ。


 放つ狂気を総動員しΩオメガに食い下がる姿は、やがて隊員達の動揺を無き物にする。


『分かったよ……隊長っ!!』


 戦狼は食らったダメージのまま、出力をしぼり出し応戦体勢に移行。


『ああっ、もうヤケクソよっっ!!』


 砲撃手は装備する重火線砲と重機関砲、さらには誘導式小型弾道群をき散らしながら、後方支援に徹する。


 すでに攻撃の激しさは、アルファフレームを甚振いたぶっていた時を遥かに凌駕している。

 それでも――


「なんだ……これ――」


 優勢になる所かそれに合わせる様に、Ωオメガの反応が加速する。

 背部の大型装備から射出される、曲射ビーム群が誘導弾道を叩き落とし――肉薄せんと猛追する戦狼に、それ以上の速度で交差する。

 かする事無く背後からの機関砲の一撃を被り、戦狼の機体が反転しながら地面への激突を避けつつ舌打ちのまま着地する。


 その光景――あり得ない衝撃の中、無力感にさいなまれる赤き機体の格闘少年。

 眼前の戦闘が最早目で追いきれない事態に、ただ立ち尽くすしかなかった。


『よく見ておいて……。これがあなたの目指す【霊装機セロ・フレーム】パイロットの戦いよ……!』


「……っ!」


 メインコックピット内――呆然とする少年へ、恐らくは痛烈な一言。

 綾奈あやなから放たれた言葉は「あなたもコレぐらいは戦えないと。」と宣言された様な物。

 たった一人を相手に勝利し息巻いて――敵隊長機が完全に手抜きであった事実にも気付けない。

 その自分に、目の前で【ザガー・カルツ】の全力を受けて尚――完全に押している蒼き機体に並べという。


 少年の中で、今まで築き上げてきた独りよがりの自信が、音を立てて木っ端微塵に砕けた瞬間であった。



》》》》



 無謀にもテロに匹敵する戦闘行為を強行した侵入者。

 しかしモニターに映るそれは、あろう事か一体の【霊装機セロ・フレーム】によってほぼ封じ込まれる状況。

 あまりの一方的な展開に、モニタリングをしているC・T・O内でも動揺が走る。


「被害状況は……?」


 戦況が一変した事態――それでもつぶさに状況確認を行う月読つくよみ指令は、この展開は想定していたのかも知れない。


「はい、Ωオメガの戦闘参加時点での被害は――被害はほとんど出ていません!?」


 戦況観測担当の女性が被害状況の推移を見て驚愕する。

 そこには――ただΩオメガが、敵と戦闘しているだけとは思えない様なソシャール内の被害結果が算出されていたからだ。


 通常フレーム等の戦術兵器による戦闘行為を行う際、周囲に散る戦闘の余波及び流れ弾が場合によっては被害を拡大させる危険をともなう。

 ことこの宇宙に浮かぶソシャールにおいては、それは時として致命的なダメージを及ぼす事となる。


「――凄い。3機を圧倒しながら、ソシャール内部の対ショックフィールドを利用して……、逸らした敵砲のエネルギーを軽減して押さえとる……!」


 通信オペレーター――地上日本で言う関西弁なまりを持つ少女も、任務を忘れて蒼き雷光が舞う姿にただ感嘆を覚える。


 ソシャールは天井部の内外に超速飛来物体への対応として、対ショックフィールドを無数に張り巡らす。

 宇宙空間のデブリ、または流星群や隕石は必ずしも天頂より飛来するとは限らず、それに対する防御も全方位対応が要求される。

 これはソシャール【アル・カンデ】――引いてはそれが周回軌道を取るエウロパが、主惑星である木星の強力な重力圏内にあるが故の設備である。


 クオンはそのソシャール構造を熟知し、あえて敵の火線砲を上空で受ける様にし、地上部への被害軽減を行っていると推測される。

 それも3機を相手にしてである。


「……でもちょっと待って下さい!……この戦闘データ――8年前のサイガ大尉と比べてもケタ違いの数値が――」


「いったいこれは……!?」


 小麦色の肌、薄いブロンドの映える地球は欧米――ラテン系女性。

 軍部戦略兵器開発及び戦闘員のデータ収集を担当する彼女が過去、クオンがΩオメガで辛くも並べたデータを参照する。

 ――対してこの現状、モニターに弾き出された戦闘データの数値、そのあまりの開きに目を疑う。


 Ωオメガフレームという機体は、その中に詰まるあらゆるシステムが研究者の頭を悩ますブラックボックス。

 その未知の技術の塊を、たった一人で制御していたのがクオンという男である。


「クオンがかつて、Ωオメガを任された時――複雑で不安定なエネルギーサーキット制御と、機体のメインコントロールとの両立――」


「その大きすぎる負荷に、彼のほとんどの実力が押さえ込まれとりました。」


 クオンが宇宙そらに上がり、多くの者にとっての希望の英雄となった時期――水奈迦みなかはその活躍に惜しみない賞賛を贈った。

 そこには一部の者しか知らぬ事実――彼女の友人以上の想いも当然込められていた。

 故に、8年前の事件から一時期行方知れずとなった大尉への想いは募るばかりであったと、彼女をよく知る者がこぼしていた。


「せやけど、今は――」


 それが今――彼女のクオンを見つめる表情は、不安も心配も吹き飛んだ――あの時英雄を称えていた頃に戻っている。


 その水奈迦みなかをみやる指令官も同様――大佐もまた、この様な日が来る事を待ち望んでいた。

 彼のΩオメガ搭乗を後押ししたのは他でもない、この月読 慶陽つくよみ けいようその人なのだから。



「ええ、今はあの時のマイナスを補う――ジーナ・メレーデン少尉というパートナーがいます。もはや――彼の力を抑える物は何もない……!」


「そう……これは――」



》》》》



「やはりΩオメガ――クオン・サイガ……。お前は想定外だ……!」


 一変した状況、狂う算段。

 隊員の長所と短所を全て把握――それを自らが操作する事で、彼の脳裏にあるは成功確実であった。

 Αアルファの出現もこの男の計画内では、現れれば戦闘データ収集の役にでもと考えていたのか。


 しかし今彼の思考は、狂った計画の修正案が無数に飛び交っている。


「なんだそれは……、何故それほど動ける。――あの時も今も、計画を破綻させるイレギュラーが……!」


 薄っすらと浮かぶ嘲笑ちょうしょうはそのままに、Ωオメガフレームとクオンという存在の動きを余すことなく見定める。


 歴戦のパイロット――如何いかな戦略兵器を操縦する者でも、卓越した技術を持つ強者はたった一つの動きから、必要な多くのデータを得ることが出来る。


 相手が強く、それに劣るからといって感情のままにぶつかる兵は、新米か命知らず――落としてくれといっている様な物。


 ヒュビネットの目には蒼き機体の攻撃と防御――使用している装備が映り、そこから想定出来る機体性能の上限・拡張性・使用可能な武装が次々と脳内へデータとして蓄積される。


 過去の記録からデータを照らし合わせるため、黒き機体からリンクされる旗艦メインライブラリにアクセス――データを照合するも、いずれも数値が合致しない。

 それも最悪の方向にである。


「制御もままならかったあのお前が――何故俺の想定を越えている!」


 送られるデータが役に立たないならば、現状から可能な限りデータ計測を行う必要がある。

 そうでなければ彼にとっての計画が破綻する恐れが発生する。

 危惧きぐした敵隊長機は、データ収集前提の奇策を講じるため――隊員各機へ指示を飛ばす。


「……!こいつは!」


「――正規軍ならまずやらないわね、これは……!」


 隊員各機も機体モニター上に提示された、マニュアル兵士ではひとたまりもない策に奮起する。

 それは一瞬の奇襲―― 一見すれば対処されるが、決まれば確実な勝機を物に出来る。

 隊長ヒュビネットは、隊員の気性さえも自在に操る。

 隊員がその策を見て、何の躊躇ちゅうちょも無く実行に移す規格外の兵である事は、完全に想定内なのだ。


「機体性能はともかくとして――果たしてお前は、反応できるか?クオン・サイガ!」


 一瞬の奇襲が英雄の、を問う――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます