第14話 その狂気―8年を経て



Ωオメガフレーム――動力機関、最終チェックへ。』


 敵対組織の強襲――その事態をほふり、アルファフレームの支援に向かうため速やかに、そしてとどこおりなく発進準備が整って行く。


 唐突であったが、C・T・Oに属する隊員にとって、いったいこの日をどれだけ夢見た事だろう。


「メインコア、【クロノギア】起動――光量子フォトン強相互作用グルーオン弱相互作用ウイークボソン……共振開始……!」


 【霊装機セロ・フレーム】――と呼ばれる所以ゆえんは機体の動力炉及び、システムに組み込まれる生命力同調機構にある事まで研究されている。

 しかし、アルファ以上に未解析技術の集大成で、さしずめ動くブラックボックスの異名を取る事で知られるΩオメガ


 L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーの中でもトップクラスの技術制限を受けるため、結果――研究・解析が進まぬ悪循環が8年前の事件を招いたとも言われる。


 当時のC・T・Oでは、二度とあの様な事態を招かぬためと火星圏と木星圏間にある中央評議会へ幾度となく訴え――順次制限を解除しながらの条件付きで、ようやく研究までぎ着けた。


 ――が、それと同時期にクオンが軍から離れ実質振り出しに戻された形であった。


「反応点臨界――位置ポテンシャルエネルギー……重力子グラビトンと同位置へ相転移フェイズ・シフト……!」


 機体動力中心となるメインコア【クロノギア】――宇宙における、様々な種のエネルギー伝達と蓄積を可能とする【震空物質オルゴリッド】。

 生成過程の調整で、コアとしての性質を決定し必要に応じた運用が出来るため、まさにL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーきっての超技術である。


 しかし純度が【霊装機セロ・フレーム】に搭載されるレベルになると、途端に扱いが困難になる。

 それは宇宙で観測運用されるエネルギーが、低次元状態から高次元状態になると、安定維持可能な最低基準エネルギー量がけた違いに増大する。

 必要な設備やエネルギー量を確保するために、L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー内の重い制限のかかる技術を総動員する必要性が発生するほどだ。


 極めて運用が困難なエネルギー――宇宙を構成する統一されたエネルギー状態、超弦スーパーストリング理論上における【統一場粒子クインテシオン】がΩオメガフレームを稼働させる。


「【統一場クインティア・フィールド】形成――全ロータリックリアクター……出力……安定スタビライズ!」


Ωオメガフレーム――発進準備完了です!」


 常に安定せず監視調整が必要な【統一場粒子クインテシオン】を統制できるサポート・パイロット配置は、急造ではあるが現状のΩオメガには最も適する仕様であり、複座システムによって可能となる。


 その機体中、一番のブラックボックスとされる機関――【偏心回転機関ロータリック・リアクター】については現時点の研究が追いつかず、それが不安定なエネルギー状態を生んでいると推測され、今後の研究課題になっている。


 それら全ての不確定要素をはらみつつも――帰還した英雄により、その機体が宇宙へ再び飛翔する時が訪れたのだ。


「クオン・サイガ……ジーナ・メレーデン――【グラディウス】=メテオ・ストライカー……ライズ・アップ!!」


 蒼き閃雷を思わせる【霊装機セロ・フレーム】――電磁カタパルトで一気に亜音速まで加速され、ソシャールの疑似高空を駆ける姿は人々の夢そのものである。



》》》》



 蓄積したダメージはすでに限界――ミストルフィールドとて無限ではない。

 格闘型であった、戦狼の男が操る機体とのタイマン勝負ならともかく、万能型の敵隊長機と重火線砲撃支援の機体まで相手にしては、防戦――すらままならない。


『……くっ……ああぁぁ!!』


 【ザガー・カルツ】の容赦なき攻撃は、三機が入れ替わりながら――それでいて隙のない連携。

 迎え撃つ少年はただひたすら防御に徹する。

 フィールド出力を極限まで押さえ、迎撃する一撃にのみピンポイント展開。

 この状況下――格闘少年は知らず知らずに、防御フィールドの効率的な運用を学んでいる。


 その点においてはまさに奇跡的な防衛戦――倒せるはずの機体の執拗しつようねばりは、敵に苛立いらだちの感情を植え付けられる程度の成果があった。


 しかし――


「くっ……!いつき君……フィールドの再チャージが限界――次が最後よっっ!」


「くっそおおおぉぉっっ!!」


 奇跡の防戦は、最早最後のフィールドチャージで幕を閉じる。

 それ以降は回避ミスが致命的なダメージとなる。

 【霊装機セロ・フレーム】ですらただの的になる万策尽きた状態。


 赤き機体の哀れな奮闘を、漆黒の機体――コックピット内でもてあそぶ玩具を見る様に隊長機がつぶく。


アルファフレーム……。お前はまだ――脅威ではない。」


 興味は尽きない――しかし、自分の想定ほどではないという意味なのか、言葉の真意を測りかねる隊長ヒュビネット。


「が――ゲームの駒としては、少々役不足だ……!」


 相変わらずの、戦いをゲームと呼称する不謹慎ふきんしんな物言い。

 本人の思惑はともかく、戦い――戦争行為は人類にとっての罪である。

 その意がどうであれ、その言葉は非難すべきものだ。


「という事で――オレのゲームから、ご退場願おうか……!!」


 もっとも、明らかに通常の人類とは違う何か――違う世界観にて、事を見透かす様なこの男はその非難すら意に介さないだろうが。


 敵隊長機にとって、このアルファフレームを致命的な打撃によって行動不能に出来れば、今後彼の思い描くであろうシナリオ通りに事が運ぶ算段である。

 エイワス・ヒュビネットという男がどの様な思考を持っているかは、誰にも理解の及ぶ所ではないが。


 男の機体が向ける火線砲が、赤き未熟者の操る【霊装機セロ・フレーム】を照準にとらえる。

 ――そのロック音が鳴り響くはずのモニター、突如として鳴り響く警告音とワーニング表示――とらえられたのは敵隊長機。


 それは同時に他の【ザガー・カルツ】の機体をも射程に捕捉、電磁誘導で射出された実体弾の弾幕が雨の様に降り注ぐ。


『……っ!これは……!』


『な……何よ……、あぐっ!?』


『うおっ!?……何だってんだ……!?』


 辛くも回避する隊長機――アーガス・ユーテリス機も回避不能と判断し、咄嗟とっさの防御で機体ダメージを最小に止める。

 当然隊長以外の二人は何が起きたのか、理解するためにわずかの時間を要する事になる。


『聞こえるか……アルファフレームパイロット……!』


「えっ……?」


 まさに危機一髪――フィールドが消失した瞬間を敵隊長機に狙われれば、未熟ないつきの腕では致命打を受け全てが無に帰す所。

 恐らく【霊装機セロ・フレーム】と言えど、C・T・O管理者らが危惧きぐした操縦者の命も危うい事態。


 最悪の事態が、ソシャール内高空より飛来した蒼き存在によって回避される。

 攻撃された【ザガー・カルツ】同様――アルファフレームのパイロットいつきも、何が起きた理解が出来ないでいた。


 しかし、蒼き存在から発せられる声――同じく赤き機体に搭乗する神倶羅 綾奈かぐら あやな にとっては、思いもよらない衝撃の事態。


『……こちらC・T・O所属――クオン・サイガ大尉だ……!』


 幾度となく帰還を願い彼の住むマンションを訪れたが――いつしかそれは、無駄足なのかと諦めの中にあった。

 正確かどうか定かではない――が、彼の事情を知る神倶羅かぐらは同情からそれ以上踏み込めずに、足を運ぶ事すら躊躇とまどう様になっていた。


 気付けば数年が経ち――帰還を願った大尉よりも遅れて軍へ配属された彼女も、それ以来声を聞く事すら叶わなかった。


 もう二度と聞く事叶わない、英雄と言われた友人の声――この窮地きゅうちに響いたそれは、もはや天の助けと思える程心強く神倶羅かぐらの心はその内から震わされる。


 片や天の助け――しかしそれを待ち望んだのは、彼女だけではなかった。

 8年の歳月、積年の感情が蒼き機体に注がれ一人の男が打ち震える――狂気という異常なまでの執着心と共に。


『よく耐えてくれた……!後はこちらに任せて安全圏まで後退してくれ!』


 赤き【霊装機セロ・フレーム】にとっての助けは、【ザガー・カルツ】にとっての脅威――突如として眼前に姿を現した堂々たる機影。

 二人の敵対者がようやく、訪れた事態――急変した戦況の変化を知る。


「……オイ……オイオイ……!ちょっと待て……!?」


 戦狼も慌てふためき――


「……【霊装機セロ・フレーム】がもう一機……!これって……!?」


 砲撃手は事態に戦慄する――


 敵部隊の動揺の中で、一番遅れて事態を飲み込むいつき綾奈あやなへ状況の確認を取る。


『……あのフレーム……確かアルファフレームと並んで格納されてた……?』


 いつきの問いに、感涙のままその通りのうなずきを返しながら通信をΩオメガフレームへ――待ち望んだ友人への言葉を送る。


『お帰り……クオン。もう……大丈夫……なんだね……。』


「すまない綾奈あやな……。迷惑かけた……。」


 Ωオメガのコックピット内モニター、映るのは目頭をうるませた同僚。

 ただ謝りたい――今はその言葉だけを簡潔かんけつに伝えるクオン。

 まずは事態の収拾、現状打開のために蒼き機体を再起させたのだから。


 感動の再会――だがその背後で膨れ上がるのは――狂気――


「……フッ……ククッ……クククッ……!待ちかねたぞ、この時を……!」


『……隊長……!?』


 今まで高みの見物を決め込み、部下を手駒に戦場を後方で操っていた男――その者が駆る漆黒の機体出力が急上昇する。

 黒き咆哮が眠りから目覚めた狂気を力に変え――蒼き機体へ猛然と突撃する。

 気炎が超速で吹き荒れ、黒き狂気は蒼を駆る者へ予期せぬ振動を――負の超振動ネガ・ヴィヴレードを叩きつけた。


「なっ……これは……!?」


 轟音の刹那魂へと干渉した超振動――だが、それを思案する隙など生ませぬ衝突が蒼き機体のパイロットを襲う。

 激突する蒼と漆黒――二つの機体の装甲盾バックラード・シェルが互いの物理武装を受け止め、金属音と火花をき散らしながらきしむ。


 クオンはその衝突と同時に、この宇宙が震えるかのごとき震動――【負の霊力震ネガ・ヴィヴレード】を感じ取っていた。


 霊的に進化し宇宙に順化した高位に近き生命は、宇宙を量子レベルで震動させる【霊力震ヴィヴレード】を放つとされるが、宇宙において必ず対となる力が存在するのが摂理せつりである。

 【霊力震ヴィヴレード】と対となる力を【負の霊力震ネガ・ヴィヴレード】と呼称し、前者が生きるための前向きな意志に順ずるのに対して、後者は人類が持つあらゆる負の感情を現す力とされる。

 

「8年だっっっ!!」


 この隊長が豹変した様に放つ感情――それは嫉妬にも似た狂気――


「あの全てが狂い始めた8年前――オレの計画をことごとく揺るがす存在――!」


 恐らくは互いが引き合ったのは宿命という因果――


「あの時――8年前――!あの忌まわしき瞬間から……!!」


 ヒュビネットという男がクオンという英雄に向けた狂気は、当人だけが直面した現実――そこで刻まれた心の傷跡の果て。


「再び現れる事を――待っていたぞ!Ωオメガフレーム――クオン・サイガっっ!!」


 額に刻まれた大きな傷跡――8年の闇を物語る


「黒い機体――宇宙をゆがめる様な【負の霊力震ネガ・ヴィヴレード】!」


 その傷を受けた事件から舞い戻った英雄はえる。


「間違いない……!」


「全ての始まり――【漆黒の嘲笑ちょうしょう】!……エイワス・ヒュビネットっっ!!」


 天才エースパイロットと名高き男は狂気に染まり――宇宙そらに上がる事さえ不可能と言われた男は【霊装機セロ・フレーム】に選ばれ英雄となる。



 二つの因果は今――再びこの宇宙で邂逅する――

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