第13話 決意の蒼雷再び



 モニターに移るアルファフレーム――各所パラメーター表示はすでに限界を振り切れている。

 このまま無理に抵抗させれば、操縦者の命に関わる事態。


 C・T・Oといわれる組織はパイロットをいたずらに危険へ投じる様な事はしない。

 あくまでパイロットの命と尊厳を重視し、常にその者の意をむ。

 宇宙そらに生きる者であれば、如何いかなる存在であろうともその命の重さを理解しているためだ。


「……水奈迦みなか様……。これ以上は……パイロットの命に関わります……!」


「……っ!」


 軍事的な判断としては――それは正しいとは言えないだろう。

 それでも苦渋の決断の是非を、【アル・カンデ】管理者へ投げかける。

 このままパイロットの危険を承知で、防衛行動を続行するか――

 それとも――


 目を閉じ――じっと無言で答えを自問自答する【アル・カンデ】管理者。

 水奈迦みなかにその裁量がゆだねられる。


「……各員……よく聞いて下さい……!」


 管理者は軍事的に正しい判断――それを否定する。


「我々は、宇宙災害救済セイバースを担いしC・T・Oの名において――対防衛行動を貫く強行施策より人命を、パイロット二人の命を最優先とします!」


 その発言はこの【アル・カンデ】への襲撃行為に屈する事――ひいてはその延長上にある、地球との融和政策に関する全ての計画を撤回する事と同位である。


 ――【アル・カンデ】が原因となって太陽系の未来、多くの者が手を取り合うという希望が断たれかねない決断――それを下そうとしたオペレーションルームへ緊急通信、格納庫よりである。


「……こちらオペレーションルーム……!ハイ……、……ええっっ!?」


 すかさず対応する通信担当の少女――耳に飛び込む事態に思わず声を上げる。


「何があった……!?」


 絶対絶命の状況、この後に及ぶ事態の悪化がない事を祈りながら、月読つくよみ指令が内容を問いただす。

 ――そして事態は混乱に落ちる。


Ωオメガフレームが……!Ωオメガフレームが起動準備に入っていると報告が……!」


 あり得ない――あってはならぬ不祥事。

 この非常時に、何者かによってもう一体の【霊装機セロ・フレーム】が起動されるなど、最早収収拾の付けようが無い。


Ωオメガのメインモニターを……!いったい誰がそんな勝手な事を……」


 そしてΩオメガのモニターに映る人物に絶句する指令。

 そもそも機体を運用出来たと過程して、【霊装機セロ・フレーム】には軍属官位の内士官以上のみ搭乗が許可される。


「……っ!メレーデン曹長……!何をしている、起動の許可など出していないぞっっ!すぐに停止を――」


 月読つくよみΩおめがのモニターに映る少女が、蒼き【霊装機セロ・フレーム】研究に一番熱心である事を承知している――しているが、それは極めて問題のある行動だった。


 事と次第では、太陽系星団法に定められるL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー運用法案に抵触する――この指令ですらも、手出しの出来ない最悪の事態に成りかねない。


 早急な行動の停止を求め――曹長への命令を飛ばした時、その言葉へかぶさる様に何処いずこからか放たれる声。


『オレが頼みました……!そのまま続行させてやって下さい……!』


 あり得ない声―― 一番早く反応を示したのは水奈迦みなか

 その目は信じられない――だが、信じたい者の声をまさかの想いでモニターを見る。

 震える身体――彼女はずっと待ち続けた。

 再び訪れたかも知れない瞬間に、心が泣きそうになるのを感じた。


『C・T・Oと……、F・Hフリーダム・ホープの皆……月読つくよみ指令……。そして――』


 オペレーションルームに居る誰もが、その声の主を同時に見やる。

 ある者は遅いぞと――

 ある者はお帰りと――

 視線には口にせずともその意が宿る。


『……水奈迦みなか様……。本当に……お待たせしました……。』


 そして最後に言葉をかけられた【アル・カンデ】管理者の女性。

 もはや彼女は、声の主【奇跡の英雄】が発する言葉を耳にするだけで、大粒の涙が頬を伝ってしまう。


『クオン・サイガ……ただ今戻りました……!』


「ク……オン……!!」


 マケディ軍曹が注した――大事な言葉を一番最初にかけなければならない人達――緊急時、モニター越しであろうがそれは伝わった。

 彼の帰りを待ちわびた【アル・カンデ】管理者――そしてもう一人の者が、帰還した蒼き機体に選ばれた男へ苦笑混じりではあるが、それでも安堵の思いを言葉にする。


「8年だぞ……!」


「待たせすぎだ……バカ者……!」


 当時の指令――月読 慶陽つくよみ けいようはまだ総司令の座にはおらず、上級士官として宇宙災害防衛に従事していた。

 8年前の事件時は、【アル・カンデ】に飛来する流星群防衛――のちに、ある男の計略であった事実が明らかとなる作戦中だった。

 ゆえにクオン一人に全てをゆだねざるを得なかった事態に、少なからず非を覚えていた。


 そこで友人を失ったとされているクオンに対し、手放しでは非難出来ない――それは苦笑した顔に現れていた。


「ほんまによう……戻ってくれはりました……。お帰りやす……クオン……。」


 突然の求めていた戦士の帰還―― 一筋の光明にオペレーションルームが包まれる中、あまりの嬉しさにただ涙で顔を濡らしてしまった管理者 水奈迦みなか


 グイッと涙を拭い、今やるべき事のため改めて簡潔かんけつなあいさつのみを送る。

 クオンと彼女は事件当時からよく知る、一時は友人以上の仲であったのも涙が止められなかった要因として含まれているだろう。


『……はい……!』


 その涙の原因が自分である事を理解するクオンは、まだ彼女を直視出来ないまま――ただ返答を返す。


『いろいろと……ご迷惑をかけた事とか――話すべき事がたくさんありますが……』


 成すべき事がある――今はそのために動く時。


『状況はだいたい把握しています……。まず何より、アルファフレームの救援に……!』


『指令……!Ωオメガの――発進許可を……!』


 蒼き機体のパイロットとしての発言を最優先とした。


 帰還した戦士の言葉――やぶさかではない。

 しかし月読つくよみ、そして水奈迦みなかは複雑な表情を付き合わせる。

 事はそう単純には行かない――管理者らのはやる気持ちに、山積みの難題が重く圧し掛かる。


「一刻を争う事は承知している。――だが、Ωオメガフレームは使用凍結中の上……システム変更とそれにともなう新たなサポート・パイロットの人選……。」


「すぐに出撃できる状態では――」


 緊急事態が訪れたその時点――パイロットが揃い、尚且つ新システム対応が間に合っていれば、危険を承知でテストも終えていない――戦力的に未知数のアルファフレームを出撃させる必要はなかった。


 今となってはそれを言い合ってもせん無き事。

 指令を努める月読つくよみ大佐としても決断を躊躇ちゅうちょする状況――

 その判断に迷う管理者らに――光明がより鮮明に浮かぶ事態が舞い込む。


『こちらジーナ・メレーデン……!』


 Ωオメガフレームサブコックピット内――クオンと管理者が、ささやかな再会のやり取りをする最中も、クオンの指示を受け――持てる知識と経験を総動員しながらシステム構築を進めていた少女。


「現在のシステム状況――スクランブル可能レベルまで完了!火気管制は発進後……微調整で終了します……!」


 驚くほどのスピードでシステムを組み上げる少女――このC・T・O入隊のキッカケはΩオメガフレーム。

 そのパイロット【霊装セロの騎士】と呼ばれたクオンという存在へのあこがれは、Ωオメガり――【霊装機セロ・フレーム】を操るという夢へ昇華した。


 そして少女のあこがれは―― やがて一筋の光明を、鮮烈な希望の光へと押し上げる。


「サイガ大尉考案の――も……間に合います!」


 メレーデン曹長の意欲は知っていたつもりの月読つくよみ大佐――しかしそれは読み違いであった事に気付く。

 ひた向きな情熱は、限界を越え才能を開花させていたのだ。


『クオン……!君はすでに自らそのシステムを……!?』


 読み違いは少女だけへではなく、帰還した【霊装セロの騎士】へも同様である。


Ωオメガフレームは――パイロットの選択をいちじるしく制限する、極めて特殊な機体……。ですが――」


 自分の指示を出してからわずかの間――想像を越えるシステム統制能力を少女に垣間見たクオンは、一つの提案を大佐へ具申ぐしんする。

 それは少女にとっての、奇跡を呼ぶ提案でもあった。


「現状――これだけΩオメガのシステムを統制出来る面でも、メレーデン曹長はS・サポートパイロットに最も相応しいかと……。」


 緊急事態に輪をかけた手詰まりの状況――それが8年の歳月、暗き闇より立ち上がった大尉よりもたらされた光明で吹き払われる。

 Ωオメガという機体を起動させるための、山積みの難問がその男の帰還で全てクリアされたのだ。


 指令の脳裏にはすでに決断された命が整理される。

 その最終の決を、管理者へ目配せで許可をい――最早問答も不要とうなずかれる。


「いいだろう……!ひとまずクオンは大尉へ臨時復帰――すぐにΩオメガ搭乗の準備にかかれ!」


 そして訪れるもう一つの奇跡――それが少女へ降り注ぐ。


「メレーデン曹長は規定上少尉とし――Ωオメガフレームのサポート・パイロットを任せる!」


『……えっ……!?』


 不意打ちの奇跡に、少女が目を見開いて顔を上げる。

 没頭していたシステム構築も一時停止してしまうほどに。

 ようやく叶った夢――あまりの感動に、遅れて溢れ出る物が頬を濡らす。


「ジーナ……よろしゅう、頼みますえ……。」


「……ハイ……、水奈迦みなか様……!」


 管理者も当然、彼女のひた向きな努力を知り得ている。

 宇宙に生きる者にとって、【霊装機セロ・フレーム】という物がただのあこがれに止まらない――人生の目標にすら成り得る、それを何度も目の当たりにした管理者 水奈迦みなか


 自分の力で夢の一歩を踏み出した少女へ、手向けと信頼の言葉を送る。


 時は成った――眠り続けた蒼き機体出撃の号令を、管理者自らが全隊員へ放つ。


「では……水奈迦みなか様……。」


「ええ……。」


 今もなお耐え続ける、アルファフレームのもとへ向けて――


「現時刻より――三神守護宗家、ヤサカニ 水奈迦みなかの名において……」


Ωオメガフレーム――【グラディウス】=メテオ・ストライカーの凍結を解除します……!」


「大至急Ωオメガフレームの発進準備だ!スクランブル急げっ!!」


 望まぬ事態、決して求める形ではない。

 それでも――ソシャール【アル・カンデ】を防衛して来た者達にとって、彼の帰還は他にも勝る特別な意味を持つ。


 例えパイロットが不在であれ、いつでも出撃準備は整えられていた。

 定期的なメンテナンスから機体の洗浄にいたるまで、機体に搭乗出来ない者達で出来る事は全て行って来た。


 この瞬間のために――


 赤き【霊装機セロ・フレーム】が格納されていた横隣、暗がりでささやかなスポットライトの明かりが、寂しさをかもし出していたそこは今――煌々こうこうと輝く照明に照らされる、雷光の様な機体の蒼が至る所へ照り返す。


『ホールドアーム解除!エネルギーラインオフ――Ωオメガフレーム、メインカタパルトへ!』


 元々はこの機体の研究施設も兼ねていた格納庫、そこにはΩオメガに合わせたカタパルトを設けており、射出に向け機体を移動させる。

 実重量が、対宇宙災害仕様の重装備によりアルファフレームに対してかさんでいるため、ソシャール生活重力圏内では、電磁カタパルトによる初期加速を必要としていた。


「サイガ大尉……。」


 発進シークエンスの最中――今だ信じられないが、その現実を噛みしめる少女。

 サポート・パイロットは主にΩオメガの複雑極まりないシステム制御を、メインパイロットに代わり一手に引き受ける同乗同行型オペレーターとしての役割を担当する。


「私Ωオメガフレームに……。やっとΩオメガフレームに……!」


『ああ……。』


 メインコクピットに座するは帰還した英雄――そこにもう迷いなど微塵も感じられない。


『これからはパートナーだ……。よろしく頼む――ジーナ・メレーデン少尉!』


「了解ですっ……!」





 遠き日の約束を思い出し、新たなるパートナーを得て――

 ――帰還した決意の蒼雷は、再びあの宇宙へ戻るために飛翔する――


「クオン・サイガ……ジーナ・メレーデン――Ωオメガフレーム【グラディウス】――」


「ライズアップっっ!!」

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