第12話 アンタに借り一つ



「くっ……!!」


『どうしたっ……!こっち見えてんのかいっ……!』


 戦狼の機体を弾き飛ばした格闘少年であったが、敵隊長機が火砲支援の機体と編隊を組んで参戦するや否や、先の活躍などなかったかの様に劣勢に追い込まれた。

 そもそも、格闘技を主体として戦う様チューニングされた赤き【霊装機セロ・フレーム】は、格闘においての性能がずば抜けた反面――他の武装を積んでの運用が困難な、純格闘専用機体と化していた。


 そこに万能型の敵隊長機SV-Fシヴァ・フレームに、火線砲支援SV-Fシヴァ・フレームの参戦は通常の戦略でいえば完全な作戦ミスである。


 それでも、格闘少年にとっては専用機体とする事で、最低限の防御が可能になった状況である。

 ――が、すでに限界ラインが近付いていた。


『……てめっ、ユーテリス!今こいつにやり返すとこだぞ!』


「勘違いしないでよっ!……これは隊長の命令――おとなしく下がりなっ……!」


 ユーテリスの火砲支援で、しぶしぶ戦狼の機体が後退。

 高収束火線砲と速射式対フレーム弾頭が徐々にアルファフレームの防御〔ミストル・フィールド展開時間〕を削り取る。


 【霊装機セロ・フレーム】の攻撃はたったの一撃――それが予想を上回るダメージを戦狼の機体に与えていた。

 特に直接踏み込まれた懐を中心に、装甲の歪み・破損が広がっておりそのまま戦えば確実に【ザガー・カルツ】は機体は本よりそのパイロットまで失う事態に繋がる。


 無論――かのエイワス・ヒュビネットがそんな失策を招くはずも無く、速やかに編隊を組み複数機でアルファフレーム排除に当たる。


 そもそも【霊装機セロ・フレーム】――新米パイロットの技量をかんがみれば、持ちこたえているこの現状がすでに奇跡である。


「アーデルハイド……フィールド出力低下!このままでは【ミストル・フィールド】維持出来ません……!」


「まずいな……!」


 当然この、有利が吹き飛ぶ絶対絶命の状況――全てC・T・O本部でモニタリング中である。

 本部にて機体各種データが表示されるが、アルファフレームの出力が大幅に低下していた。

 

 もともと、実験段階であった機体である。

 研究用に大幅な制限を受けた機関出力は、即席チューニングに対応出来ても長期運用に難が出るほど余力がない。

 それらの欠点を再研究するために、一時的に機体ロールアウトが先延ばしにされていた経緯がある。


 アルファフレームのベース機体は、ムーラカナ星皇国の【次世代型霊装機】としてすでにロールアウトされるも、このアルファに関しては全てがイレギュラーであった。


「(……綾奈さん……!)」


 月読つくよみ大佐の声に本部内隊員らも言いようのない不安ばかりが募る。

 その中――水奈迦みなかにとっても場合によっては、ソシャール管理者として苦渋の決断を迫られる事態が刻一刻と迫っていた。



》》》》



 本部オペレータールームの動揺はモニターを通じ、C・T・O関連施設全域に不安と危機感を呼び起こしていた。

 戦況を見守る中に、普段は表舞台に出ない裏方役――整備Tも含まれている。


 C・T・O整備Tはあのマケディ軍曹率いる、技術者集団である。

 整備作業が無い勤務シフトでは、軍用駐車場の管理からパイロット所有者の愛車の洗車まで何でもこなす便利屋の顔も持つ。

 軍曹の性格もさる事ながら、クルーは一様に肝の座った者ばかりとも評判である。


 そんな彼らも現状は流石に、不安を隠せない。

 一方的に攻撃され始めたアルファフレームの姿に、少しずつその不安も増大し始めていた。


「お……おい、これって……。」


アルファフレーム……まずくないか……?」


 軍用臨時駐車場――神倶羅かぐら大尉が、【ドリフティング・ダイナミック入庫】を決めたこの場所の管理室で、すでに緊急警戒態勢により防護シャッターを閉ざす整備クルー。

 非常時に防御シェルターの役割もこなすこの場所は、戦闘区域から真逆な事もあり現状被害は皆無だが、万一に備えクルー達は臨時警備の意味も含めて待機していた。


 その臨時警備中、堅く閉ざされているはずの臨時駐車場――防護シャッターが何者かによって開放される。

 全開――とはならず、人ないし車両が出入り出来る高さであるが。


「……防護シャッターが……!?」


「誰だ、勝手にロックの解除した奴はっ!!」 


 その音に気付いた管理室外にいたクルーが慌てふためく。

 非常時である――が、そもそも軍関係者でなければ防護シャッターのロック解除は出来ないはずが、当たり前の様に開けられている。

 見ると一人の人影――ライダースーツに身を包んだ金髪の少女が、中型バイクを駐車場内へ入庫しようとするのが目に入る。


「コラーー!どこのどいつだーーっ!今は非常事態で、ここは使用禁止・・」


「……って、ジーナ嬢ちゃん!?」


 侵入者に反応した、整備チーフであるマケディ軍曹がすかさず対応に走る――しかしそれは杞憂きゆうに終わる。

 今しがた、あの引きこもりを見事説得して戻ったファインプレー少女、ジーナ・メレーデン曹長のしわざだったからだ。


 彼女の頑張りは軍内部でも評判で、その愛くるしい容姿から皆に慕われ、整備クルーの年上連中からは〔ジーナ嬢ちゃん〕と人気も高い事で知られる。


「私のVC-02バイク、お願いしますっ!」


 だが一刻を争う曹長は、ヘルメットと共に強引に自分のバイク管理の依頼を軍曹へ押し付けると、一目散で格納庫中枢へ駆ける。


「ど……どうしたっ嬢ちゃん、いきなりっ……!?」


 間髪いれずにバイクを押し付けられた軍曹は、事の成り行きを知らされていないため、目を白黒させながら状況報告を曹長に求めるが――


「マケディ軍曹!そこ……開けたままにしといて下さいっ!」


「……っな……!……なんですとぉーーー!!?」


「……いやそれ自分のセリフっすから。取らないでほしいっす……(汗)」


 訳も分からぬままジーナに言いくるめられ、なんですと発言担当?の部下のセリフを奪い叫んで、その部下に突っ込まれるあわただしい整備チーフ――マケディ軍曹であった。


 嵐の様に舞い戻った少女ジーナ。

 格納庫中枢へ程なく到着――そこはすでに発進した、赤き【霊装機セロ・フレーム】を固定していたハンガーアーム収納作業中。

 そちらは赤き機体を照らしていた照明により照度確保がなされている――が、ジーナはその区画を通り越し、その隣り――暗がりの中部分的なスポット照明がわずかな光をたたえる場所へ向かう。


 そのスポット照明の先、上部に伸びる昇降階段――それは16mほど登った所、重厚な青いハッチへと繋がる。

 上部へいっきに駆け上った少女は、ハッチ解放用暗号を手早く入力し、ハッチを強制開放する。


「あ……れ?曹長……?」


「……曹長!?待って、ダメです……メレーデン曹長っ!!」


 異変に気付く研究員の制止も聞き流し、少女はするりとハッチ内部へ滑り込んだ。



》》》》



「全く……」


 まさに事の展開から置いてきぼりを食らった軍曹は、ブツブツと文句をつぶやきながら部下に曹長が駆る中型バイク【VC-02】を、傷つけぬ様細心の注意で移動させる様指示していた。


「ジーナ嬢ちゃんといい……神倶羅かぐら大尉といい……」


 軍曹はどうも現場の最前線で活躍する女性達の、感性で行動する唐突さが苦手であった。

 女性陣は頭が良く回転も早い頭脳派だが、突如として感性で行動する事がある。

 じっくり機械とにらめっこが日常の軍曹は、この上なくあわただしい展開にしばしば置いて行かれる事が多かった。

 お転婆娘達に引っ掻き回される難儀なおじさんである。


「もうちょっと節操ってもんを……」


 女性陣へ愚痴り倒す整備チーフの言葉――それに被さる様に遠方から近付く音。

 激しいタイヤスキールと、改造された排気マフラーの奏でる爆音。

 それはすぐさま軍曹の視界の彼方へ姿を現し――まん字に車を振った後、駐車場手前で急停車する。


 軍曹マケディはそこで信じられない――いや、信じたかった者の姿を目撃する。


 停車した低く構える流線型のスポーツカーが、運転席ドアを斜め上方に跳ね上げ、運転手――懐かしい見知った顔の男が降車した。


「今は……軍の登録停止中の一般人だが……、通してもらえるか?」


 男は真っ直ぐ軍曹――整備チーフを見据え、通行の許可をう。

 いかつい面構えながら、面倒見の良いこのチーフとは旧知の仲なのだろう。

 整備チーフも複雑な表情で男を見る。


「……地球製の車……まさか……?」


 整備クルーも驚きを隠せない。

 古株ならまだしも、若手では耳にした事さえない――C・T・Oの【奇跡の英雄】と言われた者。

 その英雄は地球の大恩ありし友人より、友情の証として地球生まれのスポーツカーを譲渡されたと記憶されている。


 すると今までささやかな愚痴に口を尖らせていたあの軍曹は、表情から緩みが抜け落ち鋭い眼光――元来彼が職人として持ちえた素顔に戻る。


「……言っとくがな、イチ整備チーフの俺が今――言う事は何もねぇ……!」


 ゆっくりと、降車し通行許可を懇願して来た男へ歩みよる。

 さとす様に――そして忠告する様に言葉を向け、その男に肩を並べる。

 なんとしてもここを通る必要がある男も、努めて真摯しんしに軍曹の言葉を受け止める。


「お前さんには、大事な言葉を一番最初に――かけなきゃならねえ人達が居る。」


 そして――肩越しの眼光が【奇跡の英雄】と呼ばれた男へ突き刺さり、極めて重要な確認の言葉を放つ。


「忘れちゃ……いねぇだろうな……!?」


 その眼光、その言葉――それを受けても己が目指すべき場所をしかと見据え、奇跡と言われた男は一切ひるむ事無く返答する。

 不甲斐無い引きこもりと言われた姿が、あたかも無かったかの様に――


「それを忘れたら――ここに立つ意味なんてないだろ……!」


 偽りの日の光が照らす、凜とした蒼き出で立ちの男は――偽りの自分を越えるために前へと踏み出す事を宣言する。

 覚悟をその耳でしかと聞いた軍曹は、ニィッと口元をり上げ満足げな表情で、男が懇願した言葉を手向けに力強い拳と共にドンッ!と送り出す。


「よっしゃ!整備長権限だっ!」


「とっとと行って、済まして来いっっ!!」


 その言葉で奇跡と言われた英雄、クオン・サイガは駆けた。

 長きに渡り――進む事なく止まった時が、急速にその息吹を取り戻す様に駆け出していた。


「ああっ!アンタに借り一つだなっ!……恩にきるよっっ!!」

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