x=3 彼は------③
彼女の名前が原田海だと知ったのはあれから数週間経ってのことだった。廊下で再び会った出会い頭にもう一度絡まれて、そこでもう僕は反論したのだ。彼女一人だったことも僕に勇気をくれた。すると案外、素直に謝罪を述べ、そして名前も教えてもらった。
僕としてはもう、色々な意味で関わりたくない人物だったことをその時知る。
「それじゃああんた、雄太郎なのか?」
前回よりは着込んでいる原田海の服装に視線を彷徨わせる必要はなかった。それに以前よりは、関係性は縮まっただろう。前回の出来事を釈明をするぐらいには。
「じゃあやっぱり、原田海なのか」
僕程度の男が見た目から威圧的な女子と言葉を交わせるのは、幼い頃からの貯金が残っているからだ。親しかった頃の記憶が、どうにか僕に戸惑わせることなく喋らせている。
原田海は、幼稚園の頃からの幼馴染だった。
「久しぶりじゃないか、祐太郎」
女らしくない口調で彼女は言った。
だけど、仲が良かったのは小学校までである。中学になるとクラスが分かれ、話すことは少なくなった。それに、僕から避けていた部分もある。今のように服装からして主張の強い人とはあまり接触したくはなかった。中学の頃から、髪色を派手に染め上げて、彼女の悪い噂はよく聞いた。
「まさか、こんな所で会うなんて」
「そうだなぁ、懐かしいな。雄太郎」
彼女は躊躇いなく以前のように下の名前で僕を呼んだ。だが、僕はいきなりは以前の関係には戻れない。それに、中学時代の旧友にこの学校では再会はしたくなかった。彼女には一介の見知らぬヤンキーであって欲しかった。
「それじゃあこの前の件は本当に申し訳なかったね」
「本当だよ。理不尽すぎる暴力だ」
「でも、その場で言ってくれればそんな事にはならなかったのに。隆二は手っ取り早いからね。ごめん。でも昔から、あんたは少し寡黙な所があるよね」
金髪にしては幼く、可愛げな笑顔で原田海は言った。
「そうかもしれないな」
きっと以前通ってた僕の高校では、寡黙なんて言葉では僕を言い表さなかっただろう。
「ま、あそこでタバコを吸っているあいつらが一番悪いんだけどね。その迷惑がってた人真正面から言えば、あいつらもキレなかったんだろうけど」
「そうなんだ」
お互い一度黙り込んで、僕が沈黙に耐えきれずに口を開いた。
「やっぱり原田――、海もタバコは吸うのか?」
僕にしては珍しく疑問に思ったことを口にしていた。
「私? 私は吸わないよ」原田海はかぶりを振る。「父親が重度の喫煙者で……、普通だったらそれを見て、吸いたくなるのかもしれないけど、私はどうしてかタバコは絶対吸いたくないと思ったんだよね」
「ああ、そう言えば小学校の頃、タバコの臭いが嫌だって言っていた覚えがある」
「そうそう、本当にあのにおいは好きになれないんだよ」
確かに彼女は、この前もタバコは吸っていなかった。中学校の頃の噂では損な噂はあった気がするが、それこそ噂だ。
「それじゃ、雄太郎。また学習室で会ったら話しかけるかもしれない」
「ああ」
ばいばい、と原田海は悩みを一つも知らないような素振りで去っていく。
まともにこの学校で同年代の人と話したのは、何気に初めてだった。同クラスの人たちとも一度も長く深く話したことはない。原田海と話すのは落ち着き、楽しくもあったが、余り会話は長引かせたくはなかった。どうしてこの学校にいるのか、その話題に触れられることを酷く怖く思った。
彼女は最初からこの滝原学校に進学しており、僕は別の高校を経由してここに来ている。頑張って目標の学校に行って、けれども今は原田海と同じ学校にいるのだ。
思っても仕方がないだろうが、僕がここにいる理由を彼女が勘づいていて笑っていると思ってしまう自分がいた。
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