第2話

 パンケーキの店で一時間ほど時間を潰して外に出た。

 太陽は一日で一番暑くなる位置に移動し、外に出たばかりなのにすぐに中に戻りたくなった。

 ふと、顔を上げるとビルとビルの隙間にスカイツリーが見えた。

 東京といえば東京タワーだと思っていた私は、自分が遅れていることに気付いて今まで全く遊んでこなかったことを少し後悔した。

 とりあえず少しでもその遅れを取り返すべくスカイツリーに行くことにした。


 それから一時間が経った。

 道に迷った。完全に迷った。

 あの後マップを見ながら駅まで歩き電車に乗った。

電車を降りるとかなり近くにスカイツリーが見えたので、何も見らずに歩いていくことにした。

 これが間違いだった。

 いくら歩いてもスカイツリーの入り口が現れず、挙げ句の果てにはよくわからない商店街のような所に入り込んでいた。

 変な意地を張るのをやめ、マップを見ようとした。

 しかし、スマホのスイッチを押しても画面がつかない。

 何度もスイッチを押しまくった。長押ししたり、スマホを振ってみたりもした。でも、駄目だった。

 充電はまだ六割ほど残っていたはずだが。

 あ、そういえば二カ月ほど前から私のスマホは少し壊れているんだった。

 何故か急に充電がなくなり、充電器を付けると元の充電に戻るのだ。

 辺りを見回してみたが充電ができそうな所はない。開いてるのかわからない店や人が住んでるのかわからないアパートがあるだけだった。

 私は途方に暮れる。とりあえず歩いてみようか。そんなことをしたら余計よくわからない場所に行ってしまいそうに思った。

 深いため息をついた時、反対側から大きなボストンバッグを肩に掛けた男が歩いてきた。

 私は喜んでその人に道を訪ねることにした。

「あの、ここから最寄りの駅までの道ってわかりますか?」

 男は歩みを止めこちらを見た。顔は微笑んでいたがなんとなく目は冷たく感じた。

「駅かい?そーだね〜、駅はあっちをまっすぐ行って曲がるんだが…」

 そこまで言って彼は考えるような仕草をした。

「うん、実はね、僕も今から駅に行こうとしてたんだ。君さえよければだけど一緒に駅まで行こうか?」

「本当ですか!?」

 つい大きな声をだしてしまった。

「うん。ここら辺は道が多くて説明するのは難しいんだ。ついてきてくれた方が楽だよ」

「ありがとうございます!」

 男はにっこりと笑って歩き出した。私もそれについていく。

「君は多分高校生だよね。地元の人じゃなさそうだけど何処から来たの?あ、僕の名前は枉島おおしま。木に王って書くの、変わってるでしょ?」

「あっ、わ、私は鈴木すずき美園みそのっていいます。高校生です。で、えっと、大分から来ました」

「美園さんか、またずいぶん遠くから来たね。旅行?」

 枉島さんはいきなり下の名前で呼んできた。でもフレンドリーな感じの人だったし、なかなか顔も整っていたので嫌な感じはしなかった。歳は二十代後半か三十代前半といったところだろうか。

「旅行といえば旅行だけど、なんていうか家出旅行みたいな…」

「家出かぁ!僕も中学の頃にしたことあるよ。特に理由はなかったけど。そりゃもう叱られたね」

 枉島さんはうれしそうに笑って言った。

「やっぱり帰ったときがヤバいですよね…。どれだけ怒られるんだろう…」

「僕の時はね、怒られたけどその後心配したって言って泣いた方が長かったよ」

「心配…」

 このまま塾の合宿期間が過ぎても帰らなかったら母は心配してくれるのだろうか。ちょっと怪しくてこっちが心配になってきた。

「母は心配しないかもしれません」

「大丈夫だよ。きっと会えたら抱きしめて泣いてくれるよ。会えたらね」

 最後の一言の意味がよくわからなかったので尋ねてみようとした瞬間、

「ほら、駅に着いたよ」

 と言って前を指差していた。


 私たちは駅の中に入った。

「そういえば枉島さんはどこに行くんですか?」

 持っていたボストンバッグは中にぎっしり物が詰まっているようだったので遠出するのかと思った。

「いやいや、違うんだ。僕はこれをコインロッカーに預けるのが目的でここに来たんだ」

 そう言ってボストンバックをさすった。

「そうだったんですか、すいません勝手に勘違いして遠出するのかと思って。あの、それじゃあ私行くんで。本当にありがとうございました」

 深々と頭を下げて別れの挨拶を告げた。

「あ、そのことなんだけどさ、僕この後暇なんだ。君、東京来たの初めてなんでしょ?なんなら東京の案内をさせてほしいなーとか思ったりしたんだけど」

 私は目を見開いた。世の中にはこんなにも親切な人がいるものなのか。初対面の私に対しそんな提案ができるなんて。

 私の場合顔は良くも悪くもないし、ほとんど遊びになんて行かないので、これはナンパかもしれないという考えは浮かばなかった。

「でも、そんなに迷惑かける訳にもいかないし、移動費だってかかりますよ?」

「いいんだ、これは僕が提案していることなんだから。じゃあこの荷物を預けてから一緒に行こうか」

 彼は振り向いてコインロッカーの方に歩きだした。その背中が逞しく見え、その後をついていった。

 コインロッカーの所まで行き、下の方の一番大きなロッカーに荷物を入れていた。

 彼は立ち上がり振り向く。

「よし、それじゃまずはスカイツリーだね」

 私は頷く。少し顔が赤くなった気がする。なんでだろう。


 それから私たちはスカイツリー、原宿、浅草の雷門、お台場などに行った。

 彼の説明は詳しくわかりやすかった。

 終始、私はこれがデートというものなのかとか思ってたりしたが、はたから見れば歳の離れた兄妹くらいにしか見えなかっただろう。

 バスに乗っている時に色々なことを話した。

 私が家出することになった理由や学校のこと、数少ない友達に迷惑がかかるかもしれないことだけが心配だということ。

「こんな私でもその子はいつも一緒に弁当を食べてくれたりして、ほんと母親よりも家族らしいことをしてくれるんです」

「いい子だね、その子は。僕は女子高生なんて派手でうるさくて、他人の迷惑なんて考えずにどこでもはしゃぎまくるような人種だと思ってたよ。実際、東京にはそんな奴らばかりで見るたびに腹がたつんだ」

 枉島さんは温厚な感じの人だったのでこの言葉は意外だった。なんかそれも少しかっこよく見えた。

 話の流れでジブリが好きだと言うと、次は三鷹の森ジブリ美術館に行こうと提案してきた。そんな所があるなんて全く知らなかった私は笑顔で頷いた。

 近くの駅から歩いている途中、彼はトイレに行きたいとコンビニに行った。

 なんとなくついていくのは失礼な気がして、外のベンチに座っていた。

 コンビニの横にはコインランドリーがあった。東京のコインランドリーはどんなものかと中を覗きに行く。

 すると中を見る前に入り口に貼っていた指名手配書が目についた。

 普段ならそんなもの視界にも入らなかっただろう。ではなぜそれに目がいったのか。

 なんとなく見覚えのある顔が見えた気がしたのだ。

 そしてその顔を私はじっと見つめた。


 ーそれはあまりに唐突なことで私は心臓が雷で撃ち抜かれたのかと思った。

 既視感の正体がわかった。その顔は先ほどまで横にいた顔、枉島さんの顔だった。

 女子高生連続大量殺人犯・毒島ぶすじま健太郎けんたろう。それが彼の本名だった。

 〈続く〉

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