指名手配犯

稲光颯太/ライト

第1話

 人生初の新幹線に乗り、揺られること約五時間。これまた人生初の東京に着いた。

 私はこの先に広がっているであろう自由な世界に希望を抱き、新幹線からその小さな足を踏み出した。


 高校一年の夏休み、親から有名進学校に通わされ過酷な勉強の日々に耐えきれなくなった私は、夏休みの塾の合宿をサボり東京へ行くことにした。

 そこに行けば私を追い詰める全てのものから解放されるのだと思ったから。

 母の口癖は「美園みそのはやればできる子なんだから。他の子とは違うのよ」だった。

 何度もやってみたがなに一つできなかった。

 勉強もピアノもお習字も。

 どれも平均点以下だと言われ、でもそれは母には伝えられず、母は私の本当の力を知らないような態度で接してきた。

 結局、高校も私立に推薦で大金を払い入学した。私の力じゃない。

 そして私はこうやって今逃げ出している。あんたの育て方が悪かったせいだ。ざまぁみろ。ついに私は自由になるんだ。誰にも邪魔されず、何からも追われず、私の判断で動くことができる。素晴らしい。本当に素晴らしいー。


「うわぁっとぉ」

 感動の余韻に浸る間もなく人混みに流されながら改札へと向かう。

 大丈夫。こんなの自由を奪われた内に入らない。

 改札を通り少し抜けた所で「大丈夫だよ」とつぶやきパッと顔を上げる。

 広い。

 それが最初に思ったことだった。

 東京駅は地元の三年くらい前に新しくなった大分駅でも全く歯が立たないほど広く、外に出るとあり得ないくらいの人とビルが混ざり合っていた。

 私は一人立ちすくんで目を輝かせていた。

 ただ、空だけは狭かった。


 それから私は東京タワーや原宿に行こうとした。

 とりあえず東京といえば、という感じで思いついた所に行くことにしたのだ。

 スマホを駆使して目的地にたどり着こうとするがやはり途中で分からなくなって、テレビ局に行ったりしてしまった。

 有名人に会えるかもと少し入り口で待ってみたがそれらしき人には出会えなかった。

 それでもなんだか楽しかった。


 正午が近づき、いくらここでは自由だと言っても夏の暑さからは逃れられない。

 木という木から蝉の鳴き声が溢れ、真上に位置する太陽と周りのビルから反射してくる日光のダブルパンチにやられそうになる。

 このままでは確実に熱中症で倒れるだろう。

 スクランブル交差点のど真ん中で倒れたらニュースになるだろうか。写真を撮られてツイッターに投稿されてトレンド入りしてしまうかも。

 変なことを考えだした頭を思い切り左右に振りビルの影に入ってどこか休める所を探した。

 解放感でいつもとは少し違う私のテンションは、私によく見るCMの真似をさせた。

「ここから一番近いカフェ」

 初めて音声検索の機能を使った。道ゆく人の二、三人が私の方を見て少し恥ずかしくなった。

 素早く顔を伏せて手元のスマホを見る。検索結果の一番上にはマップが表示されていて現在地周辺のカフェの位置を表示していた。

 一つ一つ確認していくとパンケーキ専門店というのを見つけた。

 いつか朝のニュースで行列ができていると紹介していた店ではないか。

 東京の女子高生からするともう古いのかもしれないが、私にとって全国系のテレビに出ていた店は流行の最先端を象徴するもののように思われた。

 とりあえずそこで涼みながら昼ごはんを食べようと決め、マップで何度も自分の位置と店の位置を確認しながらその店までたどり着いた。


 店内に入るとザ・おしゃれって感じの内装に目を奪われた。

 席に案内され周りの雰囲気と自分との差に縮こまりながらメニューを開く。

「…!」

 自分の想像を遥かに超えた値段の高さに声も出せずにメニューを凝視していた。

 どれもこれも千円は軽く超えていて、塾の隣りのいつも私がかよっている喫茶店のオムライスの倍くらいの値段のものが一番安かった。

 正気に戻りなんとかそのパンケーキを頼んだ後は、ずっと落ち着かず店内をキョロキョロ見回していた。

 十五分くらいして注文した料理が運ばれてきた。店員によって机の上に置かれたそれはまばゆい光を放っていた。

 皿の上に乗ったおしゃれの塊は、いや、その皿も含めて私が食べたり、注文すらしてはいけないようなものに思えてしまった。

 それでも自分の憧れを思い出しスマホを手にカメラの用意をした。

 一瞬、ほんの一瞬だけだがこのパンケーキを背に自撮りとやらをしてみようかという考えが頭をよぎった。

 何を言ってるんだ。この私が?たった一人で東京にきて自撮りなどして誰が見るんだ。自分でさえも見れたものではないだろう。バカなのか。

 こんな風に必死で変な考えを否定して色々な角度からパンケーキをなるべく美味しそうに撮った。

 ああ、私ってJKみたいだ、と女子高生が思わないこと第一位のようなことを思った。

 この時は女子高生であることが本当に幸せだった。

 もちろんパンケーキはこの上なく美味しかった。

  〈続く〉

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