とある大学生達の日常(赤、ホッチキス、そばの三題噺です!)

戸村明

第1話



「奏汰、お前そばに七味かける?」


奏汰はスマフォを見ながら、友人の質問に答える。

――ここは、とある地方大学の食堂。西島奏汰は、石田正二と桜井将人という二人の友人と、昼食をとりに来ていた。


「いや、いいよ」


「あれ、お前、辛いの苦手だっけ?」


「……別に、苦手じゃないけど、なんとなくかけたくない気分」


 奏汰のそっけない態度にムッとした正二は、将人と顔を見合わせ、七味と奏汰のそばを指差し、ニヤリと笑う。


「喰らえ奏汰。七味大雨警報!」


 そう叫びながら、正二は奏汰のそばの上で思いっきり七味を振り出した。

 それを、奏汰は腕を組み無言で眺める。


 七味はそばの上で真っ赤な山を形成した。だがそんなそばの様子に全く動じることない奏汰の姿に、ちらちらと様子を窺う正二もだんだん怖くなってきて、七味を振る手を止める。


「おい、気が済んだかよ」


「……すみません」


 正二はシュンとしてしまい、自分のカレーをちまちまと食べる。

いつもなら正二のこの小学生レベルのノリも軽く受け流すのだが、この日いつもと様子が少し違った。


「もしかして、奏汰君、今日ちょっと機嫌悪い?」


 几帳面に魚の骨を取り除きながら、将人は心配そうに奏汰に訊ねる。


「……ちょっとな、ちょうど先週提出だったレポートがあるだろ、この前の」


「ああ、新村教授のゼミのやつね、偏屈で有名な」


「レポート未提出者が掲示板に張り出されるだが、そこに俺の学籍番号があった。絶対出したはずなのに。なんでも、教授は二回しかないレポート提出の中で、一回でも未提出だった場合、単位を与えないらしい……」


 そういって奏汰はそばを口に運ぶ、七味の山は平気らしい。


「それってさ、俺がお前にダブルクリップ貸したやつだよな、こないだの。ホッチキスじゃダメだったから」


 奏汰が大量の七味入りのそばをすする様子を見て正二が訊ねる。


「そうだが」


 正二は思案顔になり、うんと頷いて口を開く。


「それならさ、教授にレポートの提出を認めさせる方法があるかもしれない」


 そういって、正二が話した方法に、二人は単純さを感じたが、確かにそれはいけると感じたのであった。



***************************************



 その日の授業を終え、三人は新村教授の研究室の前に来ていた。

 奏汰は部屋のドアをノックし、在室を確かめる。


「入りたまえ」


 厳めしい男の返事が聞こえ、三人は部屋の中に入る。部屋は整理されておらず、至るところがものでごった返していた。


「要件は早くすませたまえ、私は今忙しい」


 教授はそう答えたが、机の上には何もない。引き出しの隙間からは、ポルノ雑誌のページが挟み込まれているのが見て取れた。


「教授、先週提出のレポート。あれ、俺は確実に出したはずなんですが」


「私は全部確実にチェックした。それ以上は何もしない」


 そういって、帰れといわんばかりに奏汰を突き放した。


「いえ、絶対出したはずです。もう一度この部屋の隅々までしっかり調べて下さい」


 奏汰は強気な態度を崩さない。


「では何かね、証拠でもあるというのかね」


 奏汰はしめたとばかりに顔をほころばせる。


「教授机の中をみさせてもらっていいですか?」


「な、なにかね!それはプライバシーの侵害だぞ!」


 教授は慌てたようにポルノ雑誌の入った引き出しをキッチリ閉める。


「いえ、そちらの方ではなく、小道具類の入ったところです」


 教授はしぶしぶ指示に従い、その引き出しを引く。

中は予想通り汚かったが、生徒のレポートをはさんでいたと思われる、様々なダブルクリップがあった。


「あ、あった」


声を上げたのは正二であった。引き出しの中から二つのダブルクリップを取り出す。


「それが、どうしたというのかね?」


 教授は訝しげに訊ねる。

 それに対し、奏汰は何やら文字の書かれた部分を見せる。


「これを見てください、ここに石田正二と名前が書かれているでしょう?このクラスには石田正二は一人しかいません。さらに、今回のレポート提出は初回です。俺は正二に一つ借りました。だから、ここにあるのは俺と正二のものです。これが、レポートを出した証拠です」


 教授は「うぐっ」っとうめき声上げ、押し黙ったが、それを否定する。


「そんなものは俺が認めない!帰れ!」


 教授そうまくし立て、三人を追い出そうとする。

 そんな中、将人は部屋の床に落ちていた紙に目が留まる。


「ん、これは……」


 紙の束は、西島奏汰と書かれたレポート用紙であった。それをめくると、若い女性と映った教授のいかがわしい写真があった。


「そ、それは!?」


 教授は目を見開き、わなわなと震え、明らかに動揺している様子であった。

 そんな、教授の様子を見て奏汰は察して


「教授、交換条件です。これ、ばらされたくありませんよね?」


 と、提案した。

 教授は黙り込んで、今度こそ首を縦に振った。



***************************************



 

「新村教授、不倫がばれて離婚したらしいね。なんでも、浮気現場の写真がネットに挙げられたらしくって」


「へー、そうなんだ。あの教授、なんか嫌な感じだったしねー」


「最近じゃ、あまり学校に来てないらしくって、ゼミ生全員単位もらえちゃったんだって」


「えー、うやましー」


 噂話には耳を傾けず、奏汰はカレーを口に入れる。

 レポートの事件から数週間が経過し、三人はいつものように、食堂で食事をとっていた。

 

「それにしても、正二、お前は自分の持ちもの全てに名前を書いてんだな。小学生かよ」

 

「別にいーじゃん、それが証拠になったわけだしー」


「なってなかっただろうが!」


「まあまあ二人とも、今期は一つも単位を落とさずにすんでよかったじゃないか」


「まあ、俺は全然楽勝だったけどー」


 と、正二はうそぶきそばをすする。しかし、思い切りせき込み、そばを噴き出す。

 

「奏汰てめえ!そばに大量に七味いれやがって!」


「この前の仕返しだ、こしょうも入ってるぞ」


 そんな二人の様子を見て、将人はくすりと笑う。


 三人の日常は今日も続く――


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とある大学生達の日常(赤、ホッチキス、そばの三題噺です!) 戸村明 @1012752

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