第8話

 ちょっと、なになに⁉︎

 混乱に陥った占野しめのの脳に、ドスの効いた怒声が響き渡った。

「いい加減金返しやがれおらあ! 何ヶ月待たせんだおらあ!」

 金返すって何? 借金? 借金なんてしたことないのに。ましてやこんな怖そうな人からなんて借りるわけないのに。人違いなんじゃ…

 ああ!

「あること」に思い当たり、ポケットの中に入っている物を取り出す。

「欲しい」と言って拾った財布だ。お札が入っている部分を開いてみる。

 千円札1枚と、コンビニのクーポンと、それから折りたたまれた紙が入っている。

 折りたたまれた紙を震える手で開く。結構な多額の金額を借りたことを示す借用書だった。

 これ自体が「欲しかった物」ではない。そもそも、こんな物が入っていること自体知らなかった。

 でも、「欲しかった物に付属してきた物」にもこの力は作用してしまう。

 したがって、この借用書を「俺の物」にしたことで、借金も「俺の物」ということに…


 が、すぐに怖がる必要はないことに気付いた。

 だって、俺には昨日銀行からもらってきた金があるんだから。


「どうぞ…」

 ドアを細く開け、震える手に掴んだ借用書に示されたちょうどの金額をお兄さんに差し出した。

 これでこの問題は解決するはず…


 甘かった。

 怖そうなお兄さんは差し出された金を見て怒鳴った。

「受け取れるわきゃねえだろおらあ! こりゃ『お前のもん』だろうがおらあ!」


 怒鳴り声だけでなく、「お前のもん」というフレーズにもギョッとした。

 そうか、金であっても手放せない、つまり受け取ってもらえないんだ。

 俺にとってもはや金はただの、何にも使えない金属と紙切れってこと…?

 いや待て、いらない変な物であっても所有権を放棄できないんだから、借金も永久に「俺の物」となって放棄できないという可能性もある…?


「ふざけてねえで早くしろおらあ!」

 ドアから手を出したままの占野が放心状態になっていることに気付かず、またそんな状態でも妙に冷静に「どうしてこの人、語尾が常に『おらあ』なんだろう」と疑問に思っているのにも気付かず、お兄さんはそのまま数時間、夕方になるまで怒鳴り続けた。

 とうとう、らちがあかないと判断したらしいお兄さんはドアをひと蹴りすると「また明日来るからなおらあ」と捨て台詞を吐いて帰っていった。


 占野は、明日のことはもちろん、これから先一体どう生活していけばいいのか途方に暮れた。

 物がなくて困るということはないかもしれない。だが、昨日と今日手に入れてしまった色々な物品には既にいらなくなった物もあるし、将来的には壊れたり使えなくなったりして必ずいらなくなる。

 そうであっても手放したり、処分することはできないのだ。とすると、一生いらないものにまみれて生きていくことになるのか? 物が多すぎて困ることになるのか?


 将来に絶望しそうになったその時、ふとあることを思いついた。

(あんなことができたってことは、つまり…?)


 占野は、板チョコを自分の物にした時のようにほくそ笑んだ。

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