第6話

 嫌な、予感がした。

(まさか、な。もしそんなんだったら不便すぎるし、そんなわけはないよ…な)

 自分の中に浮かんだそれを笑い飛ばそうとした。が、一度浮かんでしまった不安は白い服に付いた汁物のシミのように消えなかった。

 

 嫌な予感を杞憂だと確認するため、ちょっとした実験をしてみることにした。

 路地裏のビルとビルの間の狭い隙間。誰もこちらを見ていないことを念入りに確認すると、菓子パンの袋を放り込んだ。全力で走ってその場を去った。


 10分ほど行ったところにある公園に駆け込んだ。こんなに走ったのは久し振りだったから、えらく疲れた。でも、これであの袋は無事に捨てられたはず。そうだ、大丈夫だ。一旦そこのベンチで休もう。あ、その前に…

 ベンチのそばでホットドッグや飲み物を売っている店があったので、店員に「コーラが『欲しい』」と言って受け取った。

 どっかりとベンチに座り、コーラを飲み始めた。

 まだ息が上がっている。でも何も心配はない。上手くいった。大丈夫だ。大丈夫…


 肩で息をしていたら、その肩を後ろからぽんと叩かれた。

「すい…ません、これ…落とし、ましたよ…」

 凍りついた表情で振り向くと、同じように肩で息をしている人が、占野しめのの捨てた袋を片手に立っていた。先程袋を押しつけてきたのとは別の、見知らぬ人だ。


「…なんで俺のだって分かった?」

「え… なんでって… あれ、なんででしょう…」

 袋を届けに来た人は本当に分からない、という様子で首をかしげ、それでもこう続けた。

「路地裏を通りかかったら、なぜだかビルとビルの間を覗かなきゃいけない気がして… そうしたらこれが落ちてて… 見た途端に、なぜだか『あなたの物』だと思ったんです。で、なぜだかあなたはここにいるって分かって、だから急いで届けに来たんです」

 占野の手から、コーラの紙コップが滑り落ちた。

 地面に半円を描くように転がり、半分以上残っていた中身が土をさらに濃い茶色に染めた。

「ああ、大丈夫ですか?」

 袋を届けに来た人はかがむとカップを拾い上げると、占野に尋ねた。

「スコップか何か持ってます?」

「…あ?」

「袋とこのコップもですけど、こぼれた中身も土にしみこんじゃったとは言え『あなたの物』なんですからちゃんと掘って持って帰らないとでしょ?」

 満面の笑みでそう言われた。

 占野は、もう言葉もなくて、再びさっきのように全力で走ってその場を去った。




 ― 捨てられない。たとえいらない物であっても。

 たとえ捨てても、誰かが「俺の物」だと認識して届けに来てしまう ―

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