第3話 異世界からの乖離が始まっています

異世界と言っても、丸ごと全部変わるわけではない。もともとの世界にあるものに、セロファンを一枚のせたように変わる。

世界が重なって来るにつれて机には不可思議な模様が描かれたり、建物はから何やらきらきらした蔓のようなものが生えたりする。ぐるぐると大きな木にまとわりつかれている歩道橋もある。

そしてひとの手首と耳たぶに、通信球と呼ばれる器官が生じる。これによっていわゆる、魔法のようなものが使えるようになる。


【お父さん】

通信球を使って遠隔地に居るものと話す、ということもできる。

相手の返事があるかどうかは携帯電話と同じである。

返事がない。寝て居るか、忙しいか、どちらかだろう。


時間はすでに18時過ぎ、会えるとしてもあと2時間ほどしか無い。

【お母さん】

呼びかけてみたが、こちらも返事がない。

ひとまず青の世界側の家に帰ることにした。

朔の世界にはない建物が連なる地域がある。ここは青の世界の住人が建物を建てる場所。朔の世界では空き地となっている場所のはずだった。

一足ごとに、青が濃くなる。ふわりふわりと大小のガラス玉が浮き、青い夕闇を橙色に鈍く照らす。

小さきものや大きな龍がひしめく市場の喧騒を抜けて、水晶が流れる川の橋を越えて、悪き精霊を父親からもらっている札でかわして、家へ。


様々な草が生い茂る庭を抜けると、そこは青の世界の家だった。

ガラスというよりは水のような質感のドアを開けると、

「さく!」

どかどかと足を踏みならして父親が近寄ってきた。もう一度言うが半身は馬だ。ケンタウロスという神話の生物に似ているが、朔が贈った眼鏡をかけている。

「お母さんもう帰ってるぞ」

嬉しそうに言うと、朔を背中に乗せようとする。

「乗らないよ、もう中学生だし」

「もう背中に乗ってくれないのか……」

「だいぶ前から嫌だって言ってるはずだけど」

知ってたけど、ワンチャンある、ワンチャン、と朔が教えた単語を繰り返す。

父親の背中にカバンを引っ掛けると、どうせわたしはばしゃうまですよ、と言いながら食卓に引っ込んでいった。

異世界が来たときだけ、月に何回かある、家族の食事だ。

グラタンのようなものと、果物、ナッツ類。一週間の報告と、今後の予定。

2時間はすぐに過ぎて、またね、と挨拶をして。


やっぱり寂しい。

寂しいけど、月に数回だから仲がいいのかもしれない。

その辺りは他の家と比べたことがないから分からないけれど、朔はこの家が好きだ。


またすぐ会える、そのつもりで、

眼鏡新しくしなきゃね、そう言って、手を振って。



【異世界からの乖離が始まっています。転移の姿勢をとってください】




異世界の接近予測は、この後二ヶ月発表されなかった。



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