第2話 世界の相が変わります

それは午後の授業中のことだ。

ザッ、プツ、と放送のスイッチが入る音がして、生徒たちが皆顔を上げる。

「全校生徒並びに教職員に連絡します」

これはすでに録音されている音声であり、誰が話しているのかは分からない。女性の声であることと、他の学校でも同じ音声が流れることから配布物ではないかと思われる。

「異世界接近、相転移が確定しました。速やかに安全な場所へ移動し、転移への姿勢をとってください。予測では相転移まであと10分程度です。訪問者は学校関係者の案内に従ってください。繰り返します……」

かたんかたん、と筆記用具をしまう音が響いた。数学の教科担任は慣れた面持ちで生徒に指示を出し、自身もうずくまるような姿勢をとった。


朔は机の下で頭を抱えながら、頭だけ動かして窓の外を見た。


晴れている。

あちらも晴れているだろうか。


ぐ、と頭を抱え直した時、再度校内放送が流れた。


「姿勢の最終確認をしてください。世界の相が、変わります」


はっきりとした変わり目はいつも分からない。

対して危険なことも、転移したらいしのなかにいる!! 、ということもない。

異世界が重なってくる時、かなりゆっくりと重なるので、大抵の危険なものからは逃げることができる。

逃げることができない人たちがいる施設、例えば病院や介護者のいる居宅などは異世界のあれこれが重ならない位置にまとめて建ててある。


草や小さな虫や微生物や、ミクロな重なりはよく分からないのだが、ただ今までも小さな重なりから爆発が起きて世界がなくなったりはしていないので、世界の方で折り合いをつけているようである。


大気の色がうっすらと青く変わる。

どこまでもどこまでも、森林。ガラス玉が浮いているようなぼんやりした照明と緑と青と、湿った風と吹き付ける森の生き物の匂いの続く、麗しき世界。

日本語では青の世界とだけ簡単に呼ぶ。


朔はゆっくりとのびをして、異世界を受け入れた。

異世界が重なる時間はきっかりと決まっている。転移してから6時間。今なら夜の20時には異世界が終わる。

「次の転移時間は保護者とともに過ごすか、指定された場所で待機すること。単独の行動はなるべく避けるように。午後の授業については体育は中止、自習に当ててください」

教科担任からいつもの注意事項が発表される。

「なにかあれば、各自通信球にて連絡すること」

以上、と言って、授業はなにごともなく数学に戻った。


異世界には雨が降っていた。

青く青く、世界が染まる。

お父さん元気かなあ、と朔は思った。

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