昨日の明日は晴れのち、異世界
花ほたる
第1話 異世界予報をお伝えします
「それでは今週の異世界予報をお伝えします」
すでにじっとりと蒸し暑い夏の朝、アナウンサーのさらさらと心地よい声が、居間に流れる。
朔は、トーストを片手に母親に話しかけた。
「お母さん今週、来るみたい」
「あらまあ、そうなの」
支度しなくっちゃねえ、とゆるやかな声がかえってくる。今週かあ、と朔は思って、じゃあ籠の手入れでもしておこうかと考える。
テレビでは週間予報のカレンダーを背景に、アナウンサーが原稿を読み上げていた。
「今週月曜日の午前中は晴れ、午後からは異世界となるでしょう」
【昨日の明日は晴れのち、異世界】
朔の住む町は、ときおり異世界が重なる世界である。花や、風や、雲や、特殊な鉱石の反応などでもって異世界が重なる時期を予測する仕事があって、そこが異世界予報を発表している。
天気予報と違って外れることはあまりないが、まあそれでもたまには外れることもある。
「お父さん、いるかなあ」
予報が外れたら困るなあ、という気持ちを声に乗せて聞いてみる。
「帰っていたら、いるかもね」
母親の返事は存外そっけない。
「会いたくないの?」
「そりゃあ、」
母親が困った顔をしたから、朔はそれ以上聞くのをやめた。この顔が見たくて聞いてみる。母が父に会えなくて寂しがる顔を見たくて聞いてみる。
朔の父親は異世界の人だ。
母親はこっちの人だ。
特に珍しい話でもないけれど、クラスの大半のお父さんはこっちの世界のお父さんだから、だから寂しい時もある。
父親の居ない子では無いし母親の前で寂しいという顔が出来なくて、朔は母親の顔を困らせてみる。
迷惑具合では同じことのような気もする。
ところで。
こっちの世界はどんなところか、と問われれば地球の日本のとある政令指定都市のはしっこの、母と娘が住む平屋の一戸建て、と答えればそれ以上の説明はいらないようなところである。
異世界はどんなところか、と問われれば、どこまでもどこまでも森林が続く、青く透明な大気を持つ世界と答えることが出来よう。
そこには指輪物語に出てくるような、耳が尖って居たり背が低くて手先が器用だったりする、美しいひとたちや、羽の生えた馬や、わりと分かりやすくファンタジーな生き物が住んでいる。
朔の父親は半分馬で、朔の異世界の祖母は半分鳥で、異世界の祖父はやっぱり半分馬で、どうやって朔が産まれたのかまだどうしても聞けないのだが、まあ様々な種族が混ざり合っている、そういう家庭もわりとよくある。
「あっちの学校のかばん、どこだっけ」
「この前洗って干したから、そのへん」
学校も、異世界の学校に行くことになる。今日は午前中はこっち、午後は異世界だから荷物がたくさんいる。
それも慣れたことではある。
「お母さんは」
「営業、さかなのひとたちに」
さかなのひとたち、って色々いるけど括っていいのかなあ、と思いながら
「晩御飯にはお父さんのとこ行こうね」
分かった、と返してすっかりバターの染み込んだトーストを朔は飲み込んだ。
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