途中下車

緑茶

途中下車

 田舎のワンマン電車に乗っていると、がらがらの座席の向かい側に、一人の男が座っている。


 随分と痩せた四十絡みの男で、ヨレヨレのスーツと乱れきった髪が特徴だった。座るというよりは座席の上に落ちたという感じで脱力して、口を開けながら所在なく前を見ている。私はそんな彼に、声をかける。


「あなた、疲れ切っていますね。一体どこへ向かうのですか。この先は海しかありませんよ」


 カタカタと揺れる車内に、青い色彩が差し込んでくる。あと数駅もすれば終点だ。


「私ですか……?」


 男は今気づいたというように返事をする。


「とにかく、果てまで行きたいと思ったんです。それからは、考えていませんよ……」


 そうして男は、一語一語区切るようにして、自分の置かれている状況を説明する。


 彼は国際的な大企業に勤めていて、幾つもの国とやりとりが出来るほどの地位に居た。しかし、それと引き換えに得たのは、激務と心身の疲労だった。

 何か成果を得るたびに彼は己の内側にある何かを消耗して、世の中のことに感じ入る心をなくしていった。それでもだましだましずっと企業に奉仕を続けていたが、ついに限界を悟ったという。


「本当は今日も海外企業との取引があったんですけどね……うっちゃってきましたよ。きっと向こうではてんやわんやでしょうが、もう知ったことではありません」


 彼は口の端を曲げて、力なく笑った。


 それから間もなく、列車は小さな片側だけの駅に滑り込んだ。ドアが開くと、薄暗い改札と小さな立て札の向こう側に、どこまでも続く二種類の青と、静かなざわめきが見えてくる。彼はそこへ降り立った。


「これからどうするかは、分かりません。もう、死んでしまうかもしれませんね。それは、この終着の景色を見てから考えることにしますよ」


 彼はそう言って背を向けて改札を抜ける。それから、水平線の見える場所へと消えていった。


 ……私はまだ座席に居る。

 それから、おもむろに電話を取り出して話す。


「えぇ。案の定逃げていましたよ。ええ……場合によっては、法廷に彼を引っ張ってきます。――あぁ、私はまだ車内ですよ。だってここは、まだ終点じゃありませんから」

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