第6話「今度は信じてもらえるかどうかで悩むのか」

 そのまましばしの沈黙が続く。居たたまれなさに耐えがたくなってきたところで、ようやく残りのゲットの面々が戻ってきた。

 フライングではゲイニ、そしてストロングのホシワとミツバ、スピリットでは北斗とサツバが一緒だった。シークレットではアサキとようの二人だけだ。ピークスの残り三人が不在なのは寝ているからだろう。よつきと入れ替わりでちょうど仮眠に入っている。

「こんなところですね、ミケルダさん」

 顔ぶれを確認してから、滝はそう切り出した。モニターに映し出された大地を見つめていたミケルダは、おもむろに振り返る。その顔や気に宿る緊張感が、ジュリたちにも伝わってきた。一体どんな話が飛び出してくるのか?

「悪いね、神技隊。念のため確認して欲しいって頼まれたものだから」

 首をすくめたミケルダは、ついで癖のある狐色の髪をわしゃりと掻いた。いつものミケルダだった。怯えさせるつもりはないのだと言いたげに、彼は少しだけ頬を緩める。

「だから単刀直入に聞く。人間たちの中に魔族が紛れ込んでいる可能性があるってことは、君たちも気づいているだろう?」

 そう指摘され、ジュリは体を強ばらせた。ざわりと辺りに動揺の気配が広がっていく。

 先日のイダーでの戦いで、魔族は突然街中に現れた。あれは明らかに、巨大結界の外から入り込んだのではなかった。それはつまり、人々の中に紛れて潜伏していたことを意味している。

 姿を見せた者は全員葬ったらしいが、それが全てだとは誰が断言できようか。他にもまだ魔族がどこかに潜んでいるのかもしれない。

「はい。イダーでの戦いの件ですね?」

 首肯した滝の声が、冷静である分だけ重く響いた。ミケルダは耳の後ろを掻く。

「そうそう。巨大結界の穴を通り抜けることなく、奴らは騒動の中から姿を見せた。以前に、この星に潜伏していたと思われた魔族が、一斉に撤退したという報告があっただろう? 地球にいる間に何をしていたのか不思議だったんだけど、実は扇動の準備だったんじゃないかって話が、こちらでは出ている」

 口調自体は軽かったが、ミケルダの声音は普段より低く沈んでいた。ジュリは瞠目する。

 そう言われればそんな一件があった。今は治療室にて倒れているラフトが、取り逃がした魔族を思い出しては激高していたのが記憶に残っている。彼らは何度目かの戦闘で他の魔族に紛れて撤退していったのだが。それまでの間に、技使いではない者たちに騒乱の種を蒔いていたのか?

 ――いや、今こうしている最中も、蒔いている可能性がある。

「まさか、人々を煽っているってことですか?」

 ちらと横目に見れば、滝の横顔もいくらか強ばっていた。

「そう。もしかしたら今この瞬間も、イダーだけでなく、他の街に回って良くない噂を流しているのかもしれない。技使いを疑わせたり、宮殿に疑念が行くようにと仕向けたり」

 ミケルダが言葉を継げば継ぐほど、部屋の空気が濁っていく。ジュリも血の気が引く思いがした。想像するだに目眩を覚えそうだった。

 思わず額を押さえれば、隣にいたよつきの手がそっと肩に触れてくる。彼女は大丈夫だと告げるよう首を縦に振ったが、彼の方を見る気力はなかった。

 あれもこれも全て魔族の策かもしれないのか。五腹心は、そういう戦い方までしてくるのか。彼女は唇を噛む。

 どこかで侮っていたことを自覚させられた。真正面からの戦いだけではないとわかっていたはずなのに、それがどういうものなのか、心底理解はしていなかったようだ。

「そうですか……。それで、オレたちに確認というのは?」

 重苦しい静寂が生まれかけたところで、気を取り直したように滝が尋ねた。そうだ、魔族の件を知らせるだけなら、こうして皆を集める必要はない。

「うん。それで君たちに聞きたかったんだけど。潜伏した魔族をあぶり出す方法ってあるのかなって」

 だがミケルダが口にしたのは信じがたい話だった。耳を疑ったジュリは、脱力しながら額から手を離す。それを何故、神技隊に聞くのか? そんな方法を、何故人間が知っていると思うのか?

「魔族の気の感知なら、ミケルダさんたちの方が得意でしょう?」

「それはそうなんだけど。たぶん気は隠しているし。それに人間の振りをしている相手に、いきなり攻撃するわけにもいかないじゃない。それこそ技使いの反乱だとか、宮殿の陰謀だとか言われかねない。だから良いお知恵を借りたいなって」

 やや申し訳なさそうにミケルダは首をすくめる。今度は戸惑いが、一気に周囲の空気を満たしていった。

 頭もまともに働いていないジュリたちに、今そんな相談を持ちかけられても良案など出るはずもない。魔族についての知識も乏しい。そういった水面下の駆け引きであればレーナが得意なのだろうが。その彼女は、今も倒れたままだ。

 再びレーナの不在の重みを突きつけられて、視線が下がった。泥汚れが所々残る床も、皆の消耗を物語っているかのようだ。

「それで梅花の名前が出てきてたんですね。残念ながら、彼女は目覚めたばかりなので」

 そこで合点がいったとばかりにレンカが口にする。梅花の話というのは、ジュリたちがここに来る前に出たのだろうか?

 なるほど、ミケルダは梅花が目覚めたかどうかも確認したかったのか。だが今ここで彼女を酷使するわけにはいかない。

「うん、そうかなとは思ってたんだ」

「すみませんね、ミケルダさん。でもその問題に関しては、オレたちもあまり力になれそうにはありません。人々はまず技使いを疑っていますし。特にオレたちは、宮殿の配下のように思われているでしょうから」

 頭を掻くミケルダへと、滝は控えめな拒否を示した。

 その通りだ。技の使えない人々は、まず技使いの一部に対して疑念を抱いている。特に宮殿が何かを隠している――隠し事があるのは間違っていないが――と思っているようだから、宮殿の命で動いていると認識されがちな神技隊には打つ手がない。何をしようにも逆効果となる可能性もある。

「そっかぁ。なんとかならないかぁ」

「オレたちの立場としては、ほとんどミケルダさんと変わりませんよ」

「知り合いとかは?」

「長はもともと宮殿の言いなりみたいに思われてますからね。実のところこれは、根の深い問題なんですよ。技使いであってもなくても、宮殿に思うところがない人間なんて少ないんです。魔族の吹聴は、おそらくそこにうまく火をつけただけなのかと」

 滝はどこか言いづらそうにそう答え、微苦笑を浮かべた。ジュリはどきりとする。

 かつては自分たちも、宮殿のことを密かに疑っていた。何か隠しながらも勝手な都合を押しつけてくると、長らく不服に思っていた。

 その裏側を知らなければ、今も漠然と不満を抱いていたことだろう。イダーの人々は、あの頃の自分たちと同じだ。

「あーうん、それは、ねぇ」

 それに対しては心当たりがあるらしい。ミケルダは苦笑をこぼしながら、襟足をがしがしと掻いた。宮殿と人々の間にある溝のことなら、きっとミケルダはよく知っていることだろう。

 だが他の上の者はどうなのか? もしかすると、何もわからず神技隊を頼っているのではないか?

「だから、あぶり出すにしても何をするにしても、宮殿から距離のある人の方がいいと思うんです。オレたちでは、疑われる一方なので」

 そう答えた滝は肩をすくめた。苦すぎる現実の閉塞感に、ますます中央制御室の空気がよどんでいく。命を危険に晒した結果がこれだとは。全く報われない。

 しかし人々を責めることもできない。正体不明の者たちが技を使ってあちこちで戦闘しているという現状について、何ら説明がないのだ。不安と疑念は深まる一方だろう。ただただ大丈夫だとだけ伝えて、納得できるはずもなかった。

「……この間までは信じられるか否かで悩んでいたのに、今度は信じてもらえるかどうかで悩むのか。皮肉なことだな」

 ぽつりと独りごちる滝の声に、答える者はいなかった。肩を落としたジュリは、救いを求めるような心境で、そっとモニターへと目を向けた。




 奥の広間を使うのは久しぶりのことだった。円形の噴水――今は水が湧き出ることもないが――を中心に広がる真珠色の床は、目映い陽光を浴びて光そのものを纏ったかのようだ。

 しかし集まっている者の様相は沈鬱だった。誰にも聞かれずに話をするために選んだ場所であるから、それも詮のないことだろう。アルティードはそっと目を伏せる。

 しかも長らく先延ばしにしていた問題と向き合わなければならないのだから、誰の口も重くなる。かといって後回しにしていたことを後悔しても遅い。いつが最適だったかなど、もはや答えを出す意味もなかった。

「こうなれば、魔族の存在を公表し、人間たちにはしばらく外へ出ないよう勧告するしかないのでは?」

 痛々しい静寂を破ったのは、左手にいるケイルだ。鼻眼鏡の位置を正しつつ顔をしかめる様は、このところ何度も見ている。それだけ頭の痛い問題が怒濤のごとく押し寄せている証拠だ。実務を一手に引き受けている彼は、ほとんど休む暇もないだろう。

「外へ出ずに? それは不可能だろう。人間たちには食事が必要だ。短期間だったとしても、生活してはいけまい」

 即座に異を唱えたのは、逆側にいるジーリュだ。多忙な彼とこうして面と向かうことはそう多くないが、いつ見ても変わらない。態度も変わらない。

 緩く波打つ浅葱色の髪を後ろでくくった、中肉中背の男。ところどこに銀をまぶしたような濃い灰色の長衣とマントが、彼の一つの象徴ともなっている。部下たちが時に恐れ、敬う存在。アルティードが苦手としている者でもある。

「それは、そうだが……。ではどうする? また人間たちが集まっている場所に魔族が現れたらどうなる? 今度こそ死者が出るぞ」

 そんなジーリュに意見できる者は少ない。ケイルは言いよどみながらも、毅然とした面持ちでそう答えた。だがその眉間にはかすかに皺が寄っている。

 アルティードは相槌を打った。イダーでの戦闘で、誰も死なずにすんだのは神技隊が動いたからだ。その代わり、神技隊に負傷者が出た。

 傷の具合について詳細は聞いていないが、ミケルダの話では芳しい状態ではなさそうだ。何か手を打っておかなければ、次は本当に取り返しのつかないことになる。

「それは勧告したところで同じだろう」

 ジーリュは鼻で笑う。こうして二人が睨み合う構図はさして珍しくもないが、こうなると長くなるのも常だ。二人とも頑なだった。

 けれども今は悠長な話し合いを続けてはいられない。この膠着を打ち破るべく、アルティードは話の矛先を変える。

「シリウス、他の星ではこうしたことはなかったのか?」

 こういう時、ついシリウスを頼りがちなのは悪い癖だろう。

 だが名を呼ばれるのを予期していたのか、噴水の向こう側に立つシリウスは、腕組みをしたまま顔をしかめていた。ついでその青い瞳が、わずかに細められる。

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