第16話

 シンたちが言葉を失っていると、不満顔をしていたネオンが襟足をがりがりと掻いた。

「くっそー、またオレは無視かよ。腹立つな。なあアース、オレにあいつをやらせてくれよ。他の二人は任せるわ」

「かまわん。ああ、わかってるとは思うがレーナは手出しするなよ。亜空間の方だけやってろ」

 瞳をぎらつかせたネオンは、よつきへと視線を送っていた。先ほどの発言がよほど気に障ったらしい。

 頷いたアースはレーナの方へと首を巡らせ、何故だか釘を刺していた。傾けていた頭を戻したレーナは「もちろん」と言ってアースの肩を軽く叩く。

「わかってる。アースがいるから手は出さないよ」

 レーナの返答に、アースは満足そうに口の端を上げた。戦闘の予兆を感じて、シンは構える。おそらく最も警戒すべきなのはアースだろう。根拠はないがそう思える。

 すると白い光と共に、レーナの手の内に突然長剣が現れた。前触れもなかった。シンたちが呆気にとられている中、レーナはその刃を一通り眺めてからアースへと差し出す。

「はい、これ。もう調整は終わってる」

「早いな」

「おーいいな! レーナ、オレのも頼むよー」

「ネオンのは今度な」

 剣を受け取ったアースは、その刀身を見下ろした。羨ましげなネオンへとレーナは手を振り、「順番だから」と答えている。

 そんな三人のやりとりを見ている内に、シンの中に違和感が生まれた。うまく言葉にならないそれは胸の奥でわだかまり、何かを訴え続ける。しかしその正体に辿り着くより早く、アースが動き出した。

「試し切りだな」

 アースがそう囁くのを、シンの耳は捉えた。同時に、彼は右手に炎の刃を生み出した。亜空間では遠慮はいらないというのだから、ここは全力で迎え撃つしかない。実力まで青葉と同じだとしたら、油断などできるわけもなかった。

 刃の重さを確かめるように、アースはまず単調に剣を振り下ろしてくる。シンはそれを炎の剣で受け止めた。揺らめく不定の刃と煌めく刀身が触れた瞬間、耳障りな音が響く。

 やはり『精神』を込めることができる武器なのか。シンは刃を横薙ぎしながら後ろへ飛んだ。脇見をする余裕はないが、おそらくネオンはよつきへと向かっているはずだ。そしてラフトは――。

「おりゃー!」

 叫んだラフトは右手から、アースへ向かって拳を繰り出してきた。補助系の技で強化してあるのだろうが、剣に拳で対抗しようという姿勢には驚きだ。

 だがその一撃を、アースは軽く身を捻ることでかわす。そして体勢を立て直そうとするラフトの肩を、左の肘で強打した。

 うまく受け身を取ることができずに、ラフトは地面を転がる。シンはその行く先を目で追う暇さえ惜しく、左手から炎の渦を生み出した。

「行け!」

 渦から伸びた一筋の流れが、アースに向かって突き進む。それでもアースは狼狽えもしない。ラフトの方は一顧だにもせずに、向かい来る炎の中心へと剣を突き出した。

 否、突き出したのではなく叩き切った。二つに裂かれた炎の波が、白い空間へと霧散していく。

「おいおい」

 思わずシンは苦笑した。技に対抗できる武器というだけでも珍しいのに、一振りで真っ二つとは、常識破りもいいところだ。これが「調整」の成果なのだろうか?

 仕方なくシンは炎の剣を構え直した。ラフトが立ち上がるのを待って同時攻撃したいところだが、アースがそれを許してくれるとも思えない。

 案の定、アースは強く地を蹴った。一気に距離を詰められ、シンは剣で対応するしかなくなる。

 実戦となるとしばらく経験していない。感覚の鈍りはどうしようもなく、繰り出されるアースの剣を受け流すだけで精一杯だった。

 赤と銀の刃が交わる度に、甲高い悲鳴が鳴り響く。せめて他の技が使えるくらいには離れたい。

 アースの踏み込みに対し、シンは剣を横薙ぎにして右へ飛んだ。ほぼ同時に、アースの向こう側でラフトが飛び上がったのが見えた。構えた彼の両手には薄水色の光球が生まれつつある。水系、いや風系か。

「おりゃ!」

 ラフトの威勢のいい声が白い空間にこだまする。アースは振り返りざまに、向かい来る光球へと剣を振るった。薄水色の球が二つに割れ、その一方がシンの方へと弾かれてくる。

 迫る光に慌てるも間一髪、咄嗟に結界を張ってシンはそれを防いだ。精度が甘かったせいで風の残骸が髪を揺らす。反応が遅れたら顔面直撃の軌道だった。

 瞳をすがめたシンは、消えかけていた炎の刃の形を整える。その間にも、アースはラフトへと向かって駆け出していた。

「ちょっと待てよ」

 ぼやくように舌打ちしてから、シンは顔を歪めた。炎球を放つことも考えたが、アースの向こう側にはラフトがいる。当たりかねない。

 まさかアースは全て計算してやっているのか? 光弾の片割れがシン目掛けて飛んできたのも、偶然ではないのか?

 アースの背中に向かって駆け出しながら、シンは内心で唸った。アースは戦い慣れしている。しかも一対一ではなく、複数を相手することにも。

 シンがアースに追いつくよりも、アースがラフトと交戦する方が早かった。足払いを狙ったラフトに対して、アースは軽い跳躍でそれを避ける。そして身を屈めたラフトの頭上へと剣を振り下ろした。

 シンは息を呑んだ。かろうじて掲げられたラフトの腕に、刃がのめり込む。いや、ぎりぎりのところで結界がそれを防いだ。薄い膜が今にも爆ぜ割れそうな嫌な音を立てている。

「アース!」

 シンは右手に力を込め、アースの背に向かって剣を振るった。炎の刃が一際大きくなる。

 ラフトを足蹴りしたアースは、その勢いのまま身を翻した。再び銀と赤の刃が交わる。空気の震えが感じられて、シンは奥歯を噛んだ。揺らめく炎の輝きが増した。飛び散る火の粉の熱気が肌に痛い。

 舐めるように燃え上がる炎が、銀の刃を包み込んだ。わずかに細身の銀剣がアースの方へと引かれる。

 シンはさらに手に力を込めた。だがそれは間違いであったと、気づいた時にはもう遅かった。片足を引いたアースは炎剣をいなすと、柄でシンの腹部を強打する。

 一瞬息が止まり、視界が歪んだ。数歩後退したシンの手から炎が消える。

 それでも追撃されずにすんだのは、ラフトが立ち上がろうとしたためだった。手をついて上体を起こしたラフトを、アースは右足で踏みつける。「ぐえっ」とラフトの喉から潰れたような悲鳴が漏れた。

 空っぽになった手で、シンは腹部を押さえる。喉元へ迫り上がってくる酸の味に、喉がひりりと焼けた。

 片足に体重を乗せてどうにか倒れずに持ちこたえた彼へと、アースの視線が向けられた。わずかに口角を上げ、笑っているようだった。アースにはまだ余裕がある。とんでもない男だ。

 このままでは負ける。焦りにシンが歯噛みした時、異変は生じた。白い亜空間が揺れ、気の乱れを感じた。

 片膝をついたシンは辺りを見回す。妙な気があるのはレーナがいる辺りだ。

「滝さん!?」

 白い空間の上方に、人がいた。目に入ったのは懐かしい青年の姿だった。どこからともなく飛び降りてきた青年――滝の持つ黄色い刃が、その下にいたレーナに向かって振り下ろされる。

 彼女はその不定の刃を左の手のひらで掴み、右手を空へと掲げた。同時に、空から薄青の矢が複数降り落ちてくる。それはレーナの頭上で透明な膜によって弾かれ、光の粒子となった。

 滝以外にも誰かいるらしいが、シンには把握できない。それが誰にせよ、亜空間に進入してくるぐらいだから実力者だろう。シンが吐き気を堪えていると、ラフトを踏み台にしてアースが駆け出した。

「レーナ!」

 アースは真っ直ぐレーナたちの方を目指す。シンも追いかけようとしたが、痛みのせいで速度が上がらなかった。

 ふらついた足取りのままラフトの方へ一瞥をくれると、両腕をぴくつかせながら地面に伏している。よつきはまだネオンと交戦中のようだった。二人の気は少しずつシンたちから遠ざかっている。

 一瞬躊躇った後、シンは方向転換してラフトの方へ駆け寄った。今の状態ではまともにアースとやり合えるとは思えないし、滝の実力があれば心配はいらない。

 近くに寄って名を呼んでも、ラフトは倒れ伏したままだった。踏まれたトレーナーの跡が痛々しい。どこも折れていないといいのだが。

 彼方では、技と技がぶつかり合った際の耳障りな音が響いていた。膝をついてラフトの肩を叩きながら、シンは顔を上げる。

 レーナは右手に白い刃を生み出し、滝へと向けていた。白い火花をほとばしらせる刃を見て、滝は大きく後ろへ飛ぶ。

 だがレーナはそれを追わない。踏み込んだ足を軸に舞うように体を半回転させると、横薙ぎにされた白い刀身が何かを弾いた。

「息がぴったりだな」

 レーナが笑うのが、シンの目にもはっきり映った。その言葉で、もう一人技使いがまだ空にいるのことにシンも気がつく。

 目を凝らすと、今度ははっきり姿が見えた。白い空間に浮かんでいたのは一人の女性だった。おそらくは滝の仲間――第十六隊ストロングの一人だろう。

 レーナの気が逸れたのを見計らって、滝が再び剣で切り込んだ。アースが辿り着く前に決着を付けようという魂胆だろう。

 シンは息を呑んで見守る。ヤマト一と言われる剣の使い手であり、技使いとしても一流の『ヤマトの若長』が相手では、レーナも敵うまい。

 しかし、彼女は全く慌てなかった。白い刃を振るって降り注ぐ透明な矢を叩き落としながら、滝を迎え撃つ。

 続く信じがたい光景に、シンは目を疑った。

 滝とて実戦から遠ざかっていれば腕は鈍るだろうが、それでも華奢な少女がまず敵うわけなどない。だがレーナは滝と相対しても、決して引けを取らなかった。

 力比べになれば滝が圧倒的に有利とわかっているため、上手く力をいなしながら一定の距離を取っている。

 言葉で説明するのは簡単だが、それを実行するのがいかに困難なことであるか。直接手合わせしたことのあるシンはよくわかっていた。

 滝は奇をてらうような動きは好まないが、反応も速く力も強く、とにかくぶれがない。集中力も並大抵ではなく、隙を突くことも難しかった。

 驚くことに、レーナはあの体格でそれをやってのけている。いや、それだけではない。上空から放たれる矢を的確に弾き返しているのだが、その一部は確実に滝の太刀筋の邪魔をしていた。

 空を一瞥している様子もないし、視野には全く映っていないだろう。おそらく気だけで判断している。

「嘘だろう……」

 神がかり的な気の感知能力、反応力がなければ不可能な動きだ。加えて自信と度胸も必要とする。戦い慣れしているという範疇の話ではない。

 シンが愕然としていると、駆け出していったアースがようやく滝たちのもとへと辿り着いた。

 二人の戦闘を見ていたら容易には手出しできぬと判断するのが普通だが、アースは違ったらしい。剣を携えたまま、滝とレーナの間に強引に飛び込んだ。

 危険きわまりない行為だが、直前に察知したレーナが後退したため、アースが一太刀を食らうことはなかった。滝の不定の刃と、アースの銀の刃が交わる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る