第3章「繰り返す今日(1)」





 まただ。

 気づけば俺は一本しかないビデオフィルムのような道に立っていた。二度目ともなればそこまで驚きも戸惑いもしない。ただ、前回あった前方に続く道が今回は目の前で切れていた。だから進めるのは後方のみ。俺は小さく息を吐き、フィルムの上を後方へと歩き出した。

 歩いてきた道がパラパラと崩れる音が背後から聞こえる。道を踏み外さないように俯きながら歩く俺は、ぼんやりと薫のことを考えていた。

 結局のところ、繰り返したところで結末は変わらなかった。変えるべきところを間違えたのだろうか。

 わかりもしない答えを探してぐるぐると思考を巡らせる。そうしていると急に目の前が明るく真っ白になった。



     *



「金魚って、いつになったら自由になれるのかな」


 ふと耳に入ってきた声で我に返ると、俺の横に薫がいた。肩に頬を寄せるように首を傾げる薫の顔にまとめ上げていないサイドの髪が流れ落ちてかかる。頬は海面と共に太陽でオレンジに色づけされ、薫は眩しそうに目を細めた。


「何か、あった?」


 俺は言葉を慎重に選び、薫の横顔に尋ねた。薫は海を眺めながら答えにくそうに苦々しく微笑む。何も言わず、砂浜についていない宙に浮いた足を、泳ぐように前後に揺らした。


「あのさ」


 黙り込む薫に、俺は話しかける。


「何?」


 単調な声が先の言葉を求めてくる。俺は意を決して、次の言葉を紡ぐために口を開く。


「俺好きなんだ」

「何が?」

「お前のこと」


 俺が口を開いた時からずっと微笑みを浮かべて聞いていた薫。最後の一言を俺が告げた瞬間「えっ?」と声を上げて固まった。揺らしていた足も止めて瞳は大きく見開かれていた。


「だから、お前のこと助けてやりたい」


 俺は真っ直ぐに薫を見た。ゆっくりとこちらを向いた薫と目が合う。


「自由になりたいなら俺が手伝う。だから、俺と付き合ってくれ」


 薫は俺の言葉に驚いたように一度瞬きをする。そして息を吐くようにして笑みを浮かべた。


「私のお願い、聞いてくれる?」


 上体を少しだけ前に倒し、俺を見上げた薫に「心中以外な」と答えると面食らったように目を見開き黙った。そして項垂れた薫は肩を震わせくすくすと笑いだした。そしてようやく落ち着いたという頃に薫は俺を見る。


「はー。万里が幼馴染みじゃなかったら、うまくいったのに」


 困っているように眉尻が下がっているわりに口元には笑みが浮かんでいた。その表情はまるでいたずら好きな子供のよう。


「いいよ、付き合っても」


 薫がはにかむ。やっと変えられた。そんな気がした。

 俺は堤防を掴む薫の手に自分の手を重ねた。そしてゆっくりと顔を近づける。すくい上げるように下から近づき、もう少しで届きそうになった時、背後でドーンと腹に響く低い音が大きく聞こえた。

 ゆっくりと瞼を下ろしかけていた薫がその音で目を開き、声を上げる。


「花火……」


 その呟きに俺は動きを止め、振り返った。黒塗りの空に明るく色鮮やかな花火がいくつも上がっていた。


「来年も……」

「え?」

「来年も一緒に見ようね」


 笑う薫の瞳に花火が映る。俺は身を引き、元いた位置へと上体を戻すと薫との距離を詰めるように指を絡ませた。


「来年だけじゃない。ずっと」


 俺は薫の耳元に顔を寄せ、囁いた。こちらへ目線を向けた薫は不思議そうな表情をしていたが、目が合った瞬間少し悲しげに微笑んだ。







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