エピローグ/一〇年後

 かくして、地球をめぐる戦争に決着が付いた。


 『地球人類による宇宙侵攻』と呼ばれた戦争の首謀者も、

 戦争によって生まれた数々の罪人達も、

 戦争の中で散っていった多くの英雄達も、

 数えきれないほどの者達を


 〈黒洞機関〉は跡形も残さなかった。


 軍用にGPSが開発・使用されたことも問題視されていたことも後押しとなったのだろう、今回の戦争の復興に一旦の区切りが付き次第、〈黒洞機関悪魔の箱〉に封じ込められた〈暗黒炉〉はそれらの製造法を含め全て破棄されることが宇宙政府によって決定された。

 この決定に反対する声は多かったが、〈黒洞機関〉の利便性に勝る危険性による決定は、結局覆ることはなく、



 一〇年の歳月を待たずして人類は宇宙における生活を放棄した。



 ※



「皮肉なものだよな」


 烏の羽のように黒く艶やかだった髪は、水気のない灰色に変化していた。

 肌も白く瑞々しいものではなく、日に焼けて硬くなっている。

 声は低く変わり、背骨は丸く歪み、支え無しでは歩けなくなっており、

 ただ、その黒水晶のように煌く瞳だけは、一〇年前となにも変わらなかった。


「地球を愛したお前が、人間を地球から遠ざけようとしたお前の行動が、逆に宇宙に住む人々を地球に呼び戻したんだものな」


 森の中心に出来た湖の畔に建つ、大きなログハウス。

 その一室に用意された椅子にユキは腰を下ろしていた。

 彼のやわらかな視線の先にあるのは、写真立てに収められた一枚の写真。


 そこでは、一人の初老の男性が、幾人もの子供達に囲まれていた。

 陽の光を反射して輝く湖を背に、写真の中の彼等は太陽のように輝く笑顔をユキに向けていた。

 自然、ユキも笑顔になる。


「一〇年経っても、僕にはお前がわからないよ。この笑顔が偽りだなんて、そう言い切ることの出来るお前が……いや」


 ユキは右目を閉じ、ゆっくりと首を横に振る。

 閉じた右の目蓋の裏には、繰り返し見ることなど出来ないはずの情景が鮮明に映し出されていた。



 ログハウスの玄関先まで引っ張り出された椅子にゲルトは腰を下ろしている。

 写真の中にいた子供たちは、柔らかな陽射しを受けながら微笑む彼と湖との間を跳ねるように何度も往復している。

 その中には、まだ幼いユリアも混ざっていた。不器用ながらも一生懸命作ったことが想像できる出来栄えの草冠をゲルトの頭に被せようとしていた。

 王女から冠を賜る物語の英雄のように、ゲルトは椅子から降りて若草に覆われた地面に膝を突き、恭しく頭を垂れる。その仰々しい様子にユリアは楽しげに顔を綻ばせ、英雄に冠を与えた。



「……皆、確かにお前が愛した子だものな」


 冠をいただくゲルトの姿が滲み、四角い木の枠が彼等の時を止めた。






 ユキは両目を閉じ、椅子の背もたれに体重を預ける。

 年季の入った音が、ユキには逆に心地良く感じられた。

 くたびれた上着の胸ポケットに収まる懐中時計が、時を刻む音を次第に大きなものへと変えていく。



「悔いは、ないさ……」

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