第8話 『2つのクエ、2つの存在』

 あー、酷い目にあった。

 昨日の事を考えるとマジ憂鬱だわ。

 昼過ぎに意識が戻ったらまっぱだわ、汗だらけだわ、筋肉痛は痛いわ、喉は痛いわ、まっぱだわ。

 マジで親に発見されてたらどんな特殊プレイかと疑われるぞ、全く。

 『マニュアル』の言う通りバイトに行くまでには何とか回復したが、それでも現実の俺の立場がリスキーだったな。

 ま~、それもこれも何もかも『これ』なら仕方ないか。

 と、目の前にある分厚い札束を見てにやけてしまう。

 いやー、ほんと時間クエ様様だねー。苦労もあるけどその分見合った報酬、確かに黒衣の男の言う通りだわ、わっはっは。

 さて、今日はつい昼まで寝てしまったが、飯食ってからアリアに会いに行くか。クエストがあれば通行料要らないんだがなぁ。


(『マニュアル』、今日ってクエストある?)


 今日はありませんね。ただ、3日後2つのクエストがあります。


(ほう)


 1つは特定人物の捕縛、もう1つは特定アイテムの確保です。

 報酬はどちらも50万円です。


(いい話だ)


 ええ、こちらとしてはどちらも依頼したいのですが、実は問題がありまして……。


(問題?)


 はい、この2つ同じ日の同じ時刻で発生しているので、両立させるのが難しいのです。


(うん? 片方ずつやって『マニュアル』の瞬間移動でもう1つに行けばいいんじゃないか?)


 単純に考えるとそうですが、特定人物の捕縛後は役人へ引渡し、特定アイテムの獲得後はそれを別に届けるといった事後がありますので、時間的に同時作業は難しいと思われます。


(むぅ、確かに……。まぁ、それじゃ仕方ないし片方だけでも……)


 ええ、本当に残念です。

 もし両方達成する事が出来たならば『』を出しても良いと主から承ってますので、実に残念です。


「ちょーーっと待った~」


 はい?


「2つをこなしたら『特別ボーナス』? 出ちゃうの? 報酬と別に?」


 その通りです。

 しかし、同時は難しいのでやはり残念ですが片方だけにしておいた方が……。

 まぁ、『特別』とつくだけあって報酬は相当な額とは伺っておりますがこればかりは……。


「いや、いやいやいーや? まだ? 諦めるのは早いんじゃないかな?」


 そうですか?


「諦めたらそこで試合終了だよ『マニュアル』」


 では、クエスト2つお受けになるので?


「人間、チャレンジ精神が大事と常々思ってるタイプなんだ」


 分かりました。それでは2つのクエストの詳しい話をさせて頂きます。


「どんと来い!」





「……サイト様?」


「ふあ?」


 俺はついぼーっとしてしまったのだろう。アリアが心配そうに声を掛けてくる。

 『マニュアル』から2つのクエストの詳しい話を聞いたのだが、確かに2つ同時にこなすのは難しいのだ。

 しかし、『特別ボーナス』と聞いては何としてもこなしたい。


「うーん」


「サイト様、何かお悩みですか?」


「あ、うん、ちょっと仕事の件でね」


 アリアだとつい気が緩んでしまうのか、悩んでる事を打ち明ける。

 とは言っても内容は伏せて単純に2つ同時に仕事が入ってどうしようって程度だが。


「まぁ、そう言う事でしたのね。それなら簡単ですわ」


「え?」


「一人で出来ないなら誰かと協力すれば良いのです」


 アリアがにこにこと笑顔で言うのに対し、俺も力が抜けた。

 確かに普通の仕事なら誰かに頼むと言う手も使えなくもないんだけど。

 特に今ならあの3人組みをタダ働きさせて……うん?

 待てよ、そう言えばレミナの職業って確か……。

 俺は先日飯の席で色々聞いた話を思い出す。

 おお? これは……行けるか?


「行ける……かもしれない。いや、アリア助かったよ。

 これで仕事が出来るかもしれない!」


 アリアは興奮する俺を見て、ただにこにこと嬉しそうに微笑んでいた。





 アリアと『斉藤 隆』、二人の会話を遠くで見聞きしている者が居る。

 黒衣の男だ。


「……さて、どう『選択』するか」


 黒衣の男の呟きが終わるかどうかの時、後ろの空間から音も無く闇が溢れた。

 それは空間から滲みだし、1つの形に成る。

 闇を纏った妖艶な美女。

 その髪は長く美しい黒、先端へ行く程燃えるような真紅で、髪と同じように闇色の露出の高いドレスを着ている。 

闇の美女は黒衣の男へと歩み寄る。


「ルール違反じゃなくて?」


 闇の美女は刺々しくそう言う。

 黒衣の男はその言葉に振り向きもせず、


「……何の事だ。何ら問題はないはずだが?」


 闇の美女は腕組みしながら、黒衣の男を睨むように視線を送る。


「大体、姿は何? イライラするわ」


「我が姿は敬愛する『御方おんかた』を模倣したもの……。『御方おんかた』のお姿にお前はイライラするのか?」


姿イライラするのよ!」


 闇の美女は歯軋りしそうな勢いで唇を噛む。

 それからふっと表情が緩むと黒衣の男へ背を向ける。


「まぁ、いいわ。アナタがそうなら私も動くだけよ」


 そう言って闇の美女は空間に溶けて消えていく。

 黒衣の男はそれには気にも留めず、もう一度二人に視線を送ってから同じく空間に溶けるように消えて行った。

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異世界アルバイト うぃーど君 @samurai-busi

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