Episode4: コワレモノ注意
学校を抜けて広がる森の、さらにその奥に身を潜めるように存在する大きな湖。その湖を凍らせた即席のアイスリンクの上で、コハクが悠然と踊っている。俺はその様を見つめ続けるうち、幻想なんてものは日常の中に隠されてあるんだと悟りはじめていた。要は、主観の問題で。コハクを見ていると、今まで上手に重ねてきた積み木が音もなく崩れてしまうような、そんな感覚になるから不思議だった。
「なあ、コハク」
俺は、先程学校の教室であった出来事をコハクに話すことを決意した。
「さっきの女の子は俺の元カノなんだ。アスラっていう。久しぶりに会ったもんだから、俺も気分が高まってさ。でも、そこにシュウって奴が来て俺に向かってこう言ったんだ。アスラと結ばれるのは俺だ、それが銀河審判によって何年も何年も前から決まっていたんだ、って。だから、アスラに寄り添う資格がお前にはない、ってさ。信じられるか、この話?」
コハクは踊るのをいったん止め、俺の傍まで寄ってきた。うーん、と腕組をしながらしっかり向き合って考えてくれた。コハクは自分の内側で自分なりの答えを出そうとしてくれているのかもしれない。
「あたしはね、コウキ。もしそれが真実だったとしても、コウキがそのシュウってひとに責められる筋合いはないと思うけれど」
絞り出した答えがそれだった。答案をくれたのはありがたかったけれど、少し焦点がずれている。そこもコハクらしかった。
「ありがとう、だけど質問の肝はそこじゃないんだ。銀河審判そのものを
信じるか、信じないか。そこだよ。シュウはさ、まるで大宇宙に命じられてアスラを一生かけて守り通すために地球まで送り込まれた、みたいに言ってたんだ。そんなの良く出来た話だと、そう思わないか?」
コハクは困ったような顔を俺に向け、でもさと切り出した。
「でもさ、それを信じるかはコウキが決めることでしょ? 銀河審判なんて宇宙的な事象があると思えばある、ないと思えばない。それだけの話でしょ?」
「そう言われれば……そうかもな。けど、俺はそんなの信じたくはないけどな」
「あたしにも銀河審判ってあるのかな?」不意にコハクはそんなことを口にした。
「例えばあたしにも銀河審判が適用されたとして、その相手がもしもコウキだったら、あたしに何をしてくれるの?」
「……そうだなあ」突然の質問だったので、返答に詰まる。予想もしていなかった話の流れに俺はほんのちょっぴり動揺していた。
「とりあえずは、コハクが幸せな日々を送れるように、毎日何かしらの努力はするだろうなあ」
自分でそう答えておきながら、なんだその答えはとツッコミをいれたくなった。
コハクは不満げな様子で、ため息をついた。
「もっと具体的には?」
「はい?」
「だから、もっと具体的に。何かしらの努力だなんて、小学生でも言える言葉でしょ。そうじゃなくて、もう少し頭を働かせて」
「……急に厳しいな。だったら、コハクは夜にしか生きられないから、そのハンデを俺が解決してみたり、とか?」
「どういう風に?」
「例えばそうだな、コハクのためだけに新しい季節を作りたいな。春でも夏でも秋でも冬でもない、全く新しいコハクのためだけに訪れる季節をさ。昼には紫外線の一切注がないような桃色の空が広がって、夜にはコハクが寂しくないように毎晩綺麗で幻想的な星が降るような」
「それは……どうもありがとう」
コハクは少し頬を赤らめて、俯いてしまった。なんとなく気まずくなった俺は、コハクから視線を逸らし、頭上に散りばめられた星々を眺めることにした。よおく凝らしてみると、いつもよりも一等星がその輝きを増しているようにも思えるのだった。
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