第2話古都プラサ
キューブは世界中にシンをばらまき人々に力を授ける。また同時に、世界中を縦横無尽に移動するソレは、信仰の対象として、あるいは世界に破滅をもたらす超越者として、人々に畏怖と尊敬の念をあたえている。
しかし、キューブは実にゆっくりとしたスピードで移動し、何か月も同じ場所にとどまることもある、まるで地上を観察するかのように。
そのために、国にキューブが通るのは10年に1度あるかないか。
ただし、キューブの移動の仕方は規則性があり、国の学者たちによって、正確なキューブの通過予想がなされている。
それ故、キューブの予想進路上にある都市は、キューブが通るくらいのときになると祭りのような活気にあふれる。
また、この世界において能力者の数が国の繁栄を大きく左右する。 そのため、キューブが通る地域で、発展している都市には近隣諸国から多くの旅行者、軍事関係者が訪れる。
それはここ、チェト王国の首都、プラサでも同じであった。
セントとカナルはプラサの目抜き通りに来ていた。石を隙間なく詰められてできたこの通りには、チェト王国の国民はもちろん、キューブの通過地域でない様々な人種、民族の人間でごった返していた。
「うわぁ、すごい人の数だね、父さん。一体何人がこの道にいるんだろう。」
セントにとってプラサで見るものは、目新しく、新鮮味のあるものばかりであった。
通りにいる人。
いや、人と呼んでいいのかはセントには分からなかったが、動物の耳のついた人、羽の生えた人、耳の尖った人、中には完全に動物の姿なのに人語を介する生き物までいた。
街並みも、セントの心を揺さぶるものの一つであった。
赤茶けた屋根と、カラフルな壁の家々は、おもちゃの街に迷い込んだように錯覚させられるが、近くでみると、長い年月の積み重ねが確かに感じられる歴史ある建物であった。
「ここプラサは、歴史がとても古い都市なんだ。」
「へぇ、古いっていうとどれ位?」
「詳しくは分かってないらしいけど、少なくとも5000年以上前には今ある景観に近い町の遺跡があったらしい……」
「5000年、そんな昔からこの街はあったんだ……」
「そういう学者もいる。だが、人類で最も古いとされる文明が発生したのが、4000年前。それ以前に、文明が存在したことになる……」
「え、じゃあ、この街を作ったのは一体なんなの?」
「さあ、それは分かっていないらしい。こういった都市や遺跡は世界中にいくつもあるらしいが、昔からこの説はキリル教の教えに背くとされてきた。そして、これを唱えた者たちは異端者として捕らえられ、ことごとく処刑されてきた」
「……なんで?」
「なぜならキリル教の教えは、キューブに選ばれた予言者キリルが、最初に人をまとめ上げ、初めて出来た文明が、今の教皇のいるナブラム帝国とされているからだ。だからどの本にも発掘された遺跡はすべて、ナブラムの文明よりも新しいとされている」
――キリル教とは、予言者キリルを祖とする世界で最も信者の多い宗教である。当然キリル教を国教とする国も多く、各国の政府に対する発言力も大きい。多くの国では、キリル教の教えに背く思想の持主は、異端とされ処罰される。
また、キリル教を国教とする国は、予言者キリルが生誕したとされる年の翌年を元年(紀元)とした紀年法、キリル暦が採用されている。
どうやらカナルの話したことは、あまり口外にしてはいけないことらしいと、セントは感じとった。
そうなると当然、なぜカナルはこのことを知っているか、という疑問が残る。息子であるセント自身にとっても、カナルは謎の多い人物である。
家には畜産にはおよそ関係のない多くの書物を持ち、たまにセントの世話を近所の人に任せてふらりとどこかに行ってしまうこともある。
そして、父のよくわからない知り合いが訪ねてくることもしばしばだった。今回親子がプラサの街に降りてきた目的も、セントがシンを身に付けるというのが主だった理由であったが、父の旧友に会う部分もあった。
セントは、父の素性に興味はあったが、何かそら恐ろしい気がして聞くに聞けなかった。しかしながら、父から学ぶ知識やいろんな都市の風景の話、いつもセントの心を躍らせた。
目抜き通りを抜け、二人はしばらくプラサに宿泊するための宿を探し始めた。
キューブが通ることで、集まってくるのは人だけではない。キューブから授けられるシンを求める動物たち、またそれを捕食する魔獣。キューブから人々に与えられるのは恩恵だけではなく、厄災も含まれるのだ。
そのため、キューブの力を得たい者は魔獣に襲われないよう通例大きな町で、キューブが上空を通るのを待つ。そのため、早くシンの力を得たいキャメルも我慢して、プサラの街に泊まらねばならない。
二人はしばらく通りを歩くと、街の広場にでた。広場には大きな街の案内地図があり、現在地を確認する。地図を見て、キャメルは目を輝かせながらカナルに尋ねた。
「父さん、近くに市場があるみたいだけど、ちょっと寄り道していっていい?」
「約束の時刻まであまりないから、ちょっとだけだぞ?」
やったぁ!と声をあげキャメルは市場に向かって走っていく。その様子を見て、カナルはやれやれと肩をすぼめつつ見失わないようについていく。
プサラの市場は、セントが今まで見てきたどんな市場よりも大きく活気があった。
南国の瑞々しく火のように真っ赤な果実、北方のテーブルくらいある大きな魚、見るものすべてがセントのとって新鮮で、まだ見ぬ世界の広さをセントに感じさせた。
セントが目をキラキラさせながら露天商の商品を物色していると、きゃあ!という女の子の悲鳴がきこえてきた。声のする方を見てみると、薄緑色の髪をした女の子が倒れていて、慌てて走り去る男の姿がみえた。
「父さん、先行ってて!!」
セントはカナルに向けて叫び、男を追いかける。
「あっ、こら、待てセント。……終わったら、魔道具店”エルメス”まで来いよっ!」
人混みの中をすばっしこく、背の低いカナルを追いかけるのは無理だと判断したカナルは息子の背に呼びかけ、集合場所を伝えた。
カナルは息子の心配をしたが、セントは小さいころから、ブレイバーになるための特訓をしていたことを、思い返してみた。
カナルはこれまで、自分の眼を盗んだと思っている、セントの後ろをつけ、セントの山での行動を見守ってきたのだった。ときには崖から落ちそうになっていたことも、クスコノシェ山脈に住むモンスターを倒しことも、みんな知っていた。
セントがブレイバーになることは反対だが、これまでのセントの努力とその実力は誰よりもよく知っていた。
シンを得ていないものと得ているものとでは大きな力の差があるが、プラサの上空にまだキューブが通っていないため、十年前にキューブが通過したチェト王国の端の都市に行っていない限り、あの強盗がシンを持っている可能性はほとんどない。
そう考え、気を落ち着かせて、かつての同志の待つ店に向かった。
カナルはもう一度広場にいき、魔道具店までの位置を確認する。この世界において、魔道具の意味するものは、シンを帯びた道具や物質のことである。
そういった魔道具を使い、シンの汎用性や性質を研究する人々は魔術師と呼ばれ、各国は自国の発展のために魔術師の養成学校を作り、魔術師を召し抱える。シンの力が絶対的であるがゆえに、魔術師の数が国力を決定づけるといわれるほど、魔術師は重要視される。
カナルがこれから会う相手は、魔道具屋を営みながら魔術の研究を行うフリーの魔術師である。彼は、かつてブレイバーとして一戦級の力を持ちながら、八年前に突如引退。
そして、カナルの同志でもある。
カナルは大通りから路地裏に入り、迷路のような細い道を抜けると、噴水のある中庭のような広場にでた。周囲はひっそりとしており、洗濯された衣類が家と家を結ぶ紐に引っ掛けられ、パタパタと風に吹かれ揺れている。
すると、カナルは広場の一角に不思議な雰囲気の店を見つける。”closed”という立て札があるが、カナルはためらうことなく、店のドアノブを引く。
中はわけのわからない魔道具や魔導書であふれかえっていた。ガラス瓶の中に入った胎児のようなもの、翅の生えたイモムシ、こちらをじっと眺めているクマのぬいぐるみ……。
ひとつひとつが、主がいかに悪趣味であるかを物語っている。
カナルは店の奥に進むと、窓際に、山のように積まれた本の横で、読書にふける眼鏡をかけた青年の姿を見つける。
青年は、赤茶けた髪をかき分けその端正な顔に微笑を浮かべながら、本をパタンと閉じ、こちらを振り返った。
「久しぶりだね。待ちくたびれたよ、カナル。」
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