MAD

戸村明

第1話キューブ、出現

 500年前、謎の巨大物体が北極海上空に突如として現れた。それは奈落の底のような黒色の立方体で、人々に“キューブ”と呼ばれ世界各国の上空を飛び回った。


それが何のために世界中を移動するのか、何が目的なのか、人々はまるで見当がつけられなかったが、キューブは地球の上空を飛び回り人々に力を授けた。

その力の原動力は、プラーナ、オーラ、チャクラなど様々な呼び名が付いたが、のちに“シン”という名に統一され、

それぞれの人間の個性に合わせて発現し、人々に様々な恩恵を与えた。


しかし、キューブが力を与えたのは人間だけではなかった。植物、鉱物、人工物、あらゆるものがキューブによって変貌を遂げさまざまなモンスターが現れ、世界には未知と危険であふれかえるようになった。


 だが、そんな危険を顧みず未知を開拓する冒険家たちが現れた。襲い来るモンスターを蹴散らし、新種の生物を見つけ、新天地を切り開く。

 どんな脅威をものともせず、未知を愛し、勇敢に立ち向かっていく彼らを人は“ブレイバー”と呼んだ。



*************************************



悠々とそびえたつ山脈の麓の、眩しいほどに日の光を照り返す青々と茂った野原を行く、二人の親子の姿があった。ここはチェト王国の西部に位置する山岳地帯、クスコノシェ山脈。夏のクスコノシェ山脈は冬に積もった雪の、雪解け水が清らかな小川を形成し、色とりどりの花がその花弁をのぞかせていた。


「山を下りるのも久ぶりだね、父さん!」


「セント、そんなに走ると転ぶぞ!」


 丘の上に立つ男は、野原を駆けていく息子に注意を促す。カナル・グレゴールとその息子、セント・グレゴールは移牧民である。本来ならば、夏は草の生い茂る山で家畜に餌をやり冬は低地で過ごすのだが、こうして夏に山を下りてきたのは、牧畜以外の目的があったからである。

 

「――あっ」

 

――ドシャッッ!

 

 セントは草で見えなくなっていた石にけつまずき、勢いよく転んでしまった。

 

「……だから走るなっていったのに!」


 カナルはセントを叱りながら、怪我がないことを確認して少し息をつく。

 

「だって、もうすぐシンの力が手に入るんだもん!!」

 

 セントは服に付いた汚れを払い落としつつ、カナルの方に向き直りそう答えた。

 期待で満ち溢れた息子のはつらつとした声を聞き、カナルは少々呆れ気味に、やれやれと肩をすくめる。

 今年で10歳になる少年、セントは、キューブから与えられるシンの力を待ちきれないでいた。キューブの下にいる人間は、異能を授けられる。ここチェト王国ではおよそ十年に一度その上空をキューブが通過し、人々に恩恵を与える。このグレゴール親子が山を下りてきた理由の一つも、セントがシンを授かるためであった。


「別に、もうキューブの通過予想地帯に入っているから急ぐ必要は……」

「でも、父さんや母さんは6歳のときにシンを身に付けていたんでしょ?俺も早くシンを身に付けなきゃ、母さんみたいなすごいブレイバーにはなれないよ」


「お前なぁ、またそんなこといって……。ブレイバーがどれほど危険な職業か分かってんのか?お前に先立たれた日にゃ、ジブリールに申し訳がたたねえよ……」


「……」


 セントの母、ジブリールはかつて世界に名をはせたブレイバーだった。こなしたクエストの難易度で競われる、ブレイバーの世界ランキングで6位に入る実績を誇っていた。

 しかし八年前、古代遺跡の発掘調査の中で行方不明になってしまった。セントは幼く、ジブリールのことをほとんど覚えていなかったが、家にはジブリールの残した多くの手記があった。手記にはジブリールが見つけてきた新種の生物、こなしてきたクエストの詳細、出会ってきた未知について克明に記されていた。それらは、セントがブレイバーに憧れを抱くのに十分すぎる理由となった。

  セントは母のようなブレイバーになりたいと願い、まだ誰も見たことのない世界を見てみたいと願った。

 セントはジブリールの手記を見てからというもの、日々ブレイバーになることを反対するカナルの目を盗み、険しいクスコノシェ山脈の隅々を探検し、ときには襲い来るモンスターとも戦うこともあった。全ては一流のブレイバーになるために。

 

 山の中腹から続いていた草原も終わり、二人の歩く道は森の中へと続いていた。


「セント、この森を抜けるとプラサはもうすぐだ」


「プラサってどんな街?すごく綺麗な街っていうのはよく聞くけど」


「プラサって街はこの国の首都で、国王の住む街でもある。この国一番の大都市だ。多くの尖塔があって、百塔の街って呼ばれているな。……俺とジブリールが昔住んでいた街でもある。」


「えっ、昔住んでいたんだ、プラサに。初めて聞いた」


 カナルは懐かしむような表情を浮かべたが、少し険しい顔になり、それから黙りこくってしまった。カナルが何を考え思い詰めているのかをセントは分からなかったが、その表情からは何か強い決意が感じとれた。

 

 しばらく森の中を歩くと、森の奥から異様な気配が漂い、森の動物達が怯えたように森の外の方に慌てて逃げる姿がみえた。すると、何者かの視線を感じセントは張り詰めたような緊張に包まれた。


「父さん……」


「ああ、分かっている」


―――ズドンッッッ!!!


 大地を揺らすような激しい爆音とともに、背丈6メートルは優にある、トラともオオカミともつかないような姿の大きな魔獣が姿を現した。

 魔獣は、ギラリとその牙を光らせて、獲物を品定めするかのように二人を眺めまわし、じゅるりと舌なめずりをした。


 この世界では、シンの影響を受けたモンスターは多数存在し、それらは新しい種として世界中にはびこっている。シンを持った生物はシンを持たない生物よりもはるかに力強く、ときに人と同じく神秘の異能さえ持つこともある。モンスターは人類にとって脅威であり、未開の地を切り開くための大きな障害となっている。

 セントも幾度かモンスターを退治した経験はあるが、これほど大型のモンスターを見るのは初めてであった。


「――セント、下がってなさい」


 杖から仕込んでいたサーベルを取り出しながら、カナルは凍てつくような、かつ殺気のこもった声でセントに言い放った。

 セントは思わずびくつき、さっと後ろの茂みに隠れ込んだ。カナルのそのような声を聞くのはセントにとって初めてであった。叱りはするがいつも気優しく、家畜を狙うオオカミを、飄々と追い払ってしまうカナルからはとても想像もつかない声であった。


――ガヴォルルルッッ!!


 モンスターは唸り声をあげ、猛スピードでカナルに突進し大きく腕を振り上げカナルをひっかいた。

 一瞬当たったかのように見えたそれをカナルは紙一重で躱し、モンスターの肩に一太刀浴びせた。

 モンスターは仕留めたと思った獲物に逆に攻撃を受け、痛みと戸惑いが生じた。だがそれはすぐに目の前の相手への別の感情へと切り変わる。自分の一撃を避けられた怒り、本来弱者であるはずの人間から攻撃を受けた屈辱。猛り狂ったモンスターは再度カナルへ突進を試みた。


 一方カナルは、静かに自らのシンをサーベルへと集中させていた。かつてのジブリールや仲間たちと過ごした日々を思い起こしつつ、襲い来るモンスターにその狙いを定めていた。


――喰らえ、≪黎明疾貫突(クロッゾ・エステンティア)≫


 サーベルの周りに凄まじい突風の渦をのせた一閃が、モンスターの体に風穴を開けた。

 戦闘の一部始終を固唾を飲んで見守っていたセントも、目の前の光景に圧倒され、思わず息を漏らした。

 サーベルに付いた血を振り払い、茂みに隠れていたセントのもとにカナルは歩み寄った。


「……ブレイバーになれば、こんなモンスターと戦う機会も頻繁に出てくる。ちょっとは考えを改める気になったか?」

「――シンを得ればこんなこともできるんだね!早く先を急がなくっちゃ!」


 たった今モンスターに襲われていたことなどなんのそので、走って先に行ってしまったセントの背中を見て、カナルはため息を一つついた。

 モンスターの脅威を伝えて、セントがブレイバーになるのをやめさせるつもりが、逆にシンへの期待をふくらましてしまったことに、少し失敗したなと感じたカナルだったが、息子のそんな姿を見ていると、思わず笑みがこぼれてきた。

 またしばらく歩くと、森を抜け大きな丘陵が見えてきた。


「セント、あの丘を越えるともうプラサだ」


 そうカナルが言うと、セントは一目散にダッシュで丘を駆け上がり頂上へとたどり着いた。そして、目の前の光景に息を飲んだ。


 丘の下にあるプラサの街並みは見事だったが、それよりも向こう側。プラサの遥か遠方に見える黒色の立方体に目を奪われた。

 セントとより遅れて丘の頂上に立った、カナルがそれは何かと答える。


「セント、あれがキューブだ」




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