第6話 求職

「……で、したいことがありますか?」

 目の前の職業安定所の職員に問いかけられた。

 そう、ぼくは失業していた。


 前の会社とは、うまくいかなかった。

 ぼくの後輩に、サイコパスがいたのだ。

 変なヤツだと思っていたが、サイコパスだとは、思っていなかった。

 あっという間にお偉いさんは、ヤツにコントロールされていた。

 それに、気付かないお偉いさんだから、抗議することもしなかった。

 ぼくは、会社を辞めた。

 サイコパスからは、離れるのが一番の対策だから……。

 今まで、出会ったことのないヤツだった。

 身長は低く、身体は肥満気味、髪型は、坊主頭。

「チビ、デブ、ハゲは、ぼくのトレードマークです」とか、

「今、ハゲって言ったでしょ」とか、

 自虐ネタで、安心させ人に近づいていった。

 人の物の区別が無く、他人の物を平気で失敬していた。

 驚いたのは、そのヤツの子どもだ。

 友だちと遊んでいて、自転車のカギを拾った時のことだ。

 ダイヤル式で、四桁の数字をセットする鍵だった。

 ダイヤルを友だちの誕生日に合わせると、鍵が開いた。

 鍵を友だちに返さずに、ダイヤルを変更し自分のものにした。

 親なら、「それはいけないことだ」って、注意するのが普通だろ。

 ヤツは、注意しなかった。

 そう言うヤツだ。

 そんなヤツを信用するお偉いさんって、何だ。

 裏で悪口を言われていることに気付かない、お偉いさん。

 呆れるばかりだった。


「どうですか?」

 職員を眼鏡越しにぼくの顔を伺っていた。

 ぼくは、答えに困っていた。

 何がしたいか?

 それが、分かればこんなに苦労しない。

 この歳になって、今さら何になりたいって……。

 もう、遅すぎるっじゃないの……。

 人生の大逆転するには、次の人生に賭けよう。

 つまり、今の世界にサヨナラした方が早いってこと。

「いや、……つまり、したいことがないんです」

「えっ」もう一度言えって、職員が言っている。

「したいことが、無いんです」

「……したいことが、無いって……」

 職員は、呆れている。

「生きるためには、働くしかないので……」


 職員は、二秒程、ぼくの顔を見詰めて書類に目を落とした。

「あなたと同じくらいの方が、働いているところの一覧です」

 職員は、ぼくの前に一覧表が置かれた。

 それを見て、ぼくは驚いた。

 ぼくとは、全く違う上流階級の仕事だった。

「驚いたでしょう。

 あなたなら、この様な仕事をこなせる能力があるのです。

 たまたま、あなたの就職先が最低な会社だっただけです。

 おっと、失礼。会社をバカにしてしまって」

 職員は、唖然として一覧表を見ているぼくに、向かって話を続けた。

「どうです。この会社に入りましょう。

 どうやるかって、簡単ですよ。

 あなたの記憶を初期化するだけです」

「……初期化?」

「あなたは、たまたま、くだらない人間に雇われただけです。

 あなたは、最高のAIと身体を与えられたアンドロイドなんですから。

 どんなに優れたモノも、愚かな者が使うと、それなりになるものです」

 職員は、にこやかにタブレットを差し出した。

「ここに、サインをいただけますか。

 素晴らしい未来をあなたに……」

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