第5話 雲の上の人(少し残酷表見あり)

 広大な荒野が広がる。ここは、戦場地だった。


 戦車、バイク、ヘリコプターの残骸が、いたるところに転がっている。

 もちろん、死体もだ。

 バラバラになった死体は、ここでは、モノと化していた。


 その荒野に、横一列に並んだ巨大なブルトーザーが、編隊を組み、けたたましい音を立てて進んでいく。

 目的は、この荒野の再生だ。


 僕の仕事は、ブルトーザーが来る前に、リサイクルできるモノを収集することだった。

 こんな仕事は、したくなかったが生きる為だと自分に言い聞かせていた。

 学校を出てから、職を転々とし専門の技術を身に付けないまま、ダラダラと過ごしてしまったせいだ。

 また、AIの目まぐるしい成長は、人間から次々と仕事を取り上げたからだ。


 僕は、死体から武器や防護服や機器を取り外し、僕の尻を追い回す四つ足のコンテナ型ロボットに入れる仕事だ。

 僕は、この四つ足のロボットが嫌いだった。それは、頭が無かったからだ。

 確かに、ロボットにとっては、頭なんかいらないかもしれないが、頭を取られた動物のようで気味が悪かった。


 額の生え際が、かゆいけど、手が届かない。

 それは、宇宙服みたいな完全密閉型のスーツを着ていたから。

 ヘルメットが邪魔していて、かゆいところに手が届かない。

 まるで、動ける棺桶に入っているようだ。

 この荒野の匂いや病原菌を防ぐためなので、仕方ない。


 何か足に当たった。

 長靴?

 その長靴を持ち上げた。重い。

 目の高さまで持ち上げて、中を除いた。

「うわっ」

 僕は、長靴を朴り投げた。切断された足が入っていたからだ。

 その長靴を見詰めていた。「早く入れろ」と四つ足ロボットが僕の尻を突いた。

「分かってるよ」ロボットを叩くと、長靴を振って中のモノを出した。

 なるべく見ないようにして。

 長靴を四つ足ロボットのコンテナに投げ込んだ。

 今度は、ヘルメットを見つけた。

 僕は、恐る恐るヘルメットを持ち上げると、やっぱり入っていた。

 ヘルメットのあごヒモを外し、縦に振ると中身が出た。

 僕は、中身を見ないようにして、ヘルメットをコンテナに入れた。

 そう、ここは戦場だった。

 僕の足の下には、死体がある。

 歩いくと死体の骨を踏む感覚が伝わってくるようで、身震いした。

 それから、ヘルメットや長靴や戦闘スーツを回収していった。

 もう、何を考えないで、黙々と作業を続けた。


 作業終了のアラームが鳴った。

「やったぁ、終了だ」

 僕は、心の中で叫びながら、疲れてボロ布のようになった身体を引きずり、休憩ブースに戻った。


 休憩ブースに着くと、頭の上のフックで吊される。十分間もだ。

 その十分で、水洗いから消毒、乾燥が行われる。

 やっと、動ける棺桶から出ることが出来た。


 僕は、よろけた足取りで、自分の部屋に戻りシャワーを浴びた。

 文字通り、生き返ったようだ。地獄からの生還。


 腹が減っていることに気付き、食道に向かった。

 既に、作業を終えた者が列を作り並んでいた。

 僕は、その最後尾に着いて、トレーを持った。

 列は、ペンギンの行列のように、ゆっくりゆっくりと半歩づつ進んでいく。

 トレーに勝手に食べ物が載せられる。

「今日は、おまけ」

 配膳係の完全にメタボ体型のおばちゃんがプリンを載せてくれた。

 甘いものは、ちょっとうれしい。

 僕は、空いてる席を探し座った。


 トレーには、硬いパンとパテ、スープとプリン。

 肉体労働の為のレピシらしい。

 きっと、コオロギとか入ってるんだろう。

 食べないと身体が持たないのを知っているので、淡々と口へ運んだ。

 良かった。今日のは、日本製だ。

 スープを飲もうとした時、隣に人が座った。

「よう、慣れたか?」

 ジョーだ。この仕事を紹介してくれた。

 背は、僕と同じくらいだが、ガッチリとした身体は、大きく見えた。

「まぁ……、なんとか」

 僕の方をポンポンと軽く叩いた。

「ひでぃ仕事だが、生きていけるくらいの金になる」

 ジョーは、パンを力づくで引きちぎると、パテを付け口に入れた。

「おぉ、この味は日本製だな。うまい」

 僕に、同意を求めるように頷いた。

「この仕事なら、ロボットにも出来そうですね」

「冗談いうなよ。俺たちの仕事が無くなってしまう。

 きっと、ロボットより人間の方が効率ってヤツがいいんだろ。

 いや、違うな。最近、ロボットが盗まれるって聞いたな。

 俺たちを盗むヤツなんて、いないからな」

 その通り、残骸にはレアメタルとか、元が取れる高価なものもある。

 それに引き換え、人間なんて価値があるんだか、ないんだか。

 そうだ、放射は無いのか、気になっていたんだった。

「放射能は、無いのか?」

 僕は、ジョーに訊いてみた。

「それは、無いな。

 特定通常兵器使用禁止制限条約で、禁止されているから」

 ジョーは、口の中のモノを飲み込むと話を続けた。

「核なんか使ったら、この土地が使えなくなる。

 そんなモノ、使うわけない。

 気付いたと思うが、戦闘ロボットも無かっただろ。

 転がっているのは、人間のだけだろ。戦うのは、人間さ。

 今年から、戦闘ロボットも禁止品目にしたらしい」

 僕は、中身入りのヘルメットや長靴を思い出して、パンを喉に詰まらせた。

「AIやアンドロイドやロボット主体の戦争から、人間にシフトしたらしい。

 メデアが、人間の優位性を訴え続けているのが、おかしい。

 人間にシフトしたのは、別の訳があるんじゃないかな。

 例えばだ……」

 ジョーは、僕に顔を近づけ小声で、話を続けた。

「メデアを操れるのは、雲の上の人だから。

 雲の上の人から見ると、人間対人間の戦争の方か刺激的だ。

 ちょっと、きっかけを作ってやるだけでいい。

 人間は、勝手に戦争を始める。その経済効果は抜群だ。

 それに、土地の再生を考えるとだ。

 戦闘ロボットを使うより、人間の方がいいよな。

 兵器の残骸は、リサイクルするにしても、手間がかかるだろ。

 戦闘中に盗まれたりするしな。

 その点、人間は、ほおって置くだけで、自然が分解してくれる」

 ジョーは、色々なことを考える。

 その考えが、合っているかどうかは別にして、ありそうな話をしてくれる。

 それが、新鮮で楽しい。

「それが、正解かも。一握りの雲の上の人が、考えそうなことだな」

 僕は、プリンを手を付けた。カラメルソースが甘い。

「ここも、農園になるかもな。肥料は、たっぷりある」

 ジョーは、僕の肩を叩き、大声で笑った。

 食堂の人達は、ジョーの声に振り返った。

 ジョーだとわかると、アイツかと無視して食事を続けた。


 ただ、食道の監視カメラだけが、ずーっと、二人を追っていた。

 赤いLEDが点滅する。

 その監視カメラには、雲のマークが描かれていた。

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