第3話 検査入院

 僕は、入院することになった。

 

 年一回の健康診断の結果、要精密検査と言われ、この病院を受診した。

「病名は、分かりません。検査入院です」と、医者が言っていた。

 僕自身は、自覚症状がないので、入院と言ってもピンと来ないのだが、医者が入院だと言うのなら従うしかなかった。

 っていうか、僕が状況を理解している間に、ストレッチャーに乗せられ入院病棟に運ばれてしまった。

 別に長生きしようなんて、思っていないけど、今、死ぬのは嫌だった。


 それで僕は、今、この病室に居る。

 病室は、四人部屋で透明なパーティションで仕切られていた。

 ブラインドがあるので、辛うじてプライベートも確保される様だ。

 各部屋のブラインドは閉まっていて、患者が居るのか、わからない。

 ガラスで区切られた部屋は、ベッドとちょっとした戸棚、テレビがあった。


 病室を見渡している時、斜め左の部屋のブラインドが開いた。

 その部屋には、一号室の札が掛かっていた。

 中肉中背の五十代の男性が、こちらを見ている。

 僕は、軽く会釈した。彼は、右手を上げた。 

 人差し指を立てていた。スイッチを押せとデスチャー?

「一、一号室ってこと」僕は、ベッドの壁に付いている一のスイッチを入れた。

「よぉ、よろしく。新人?」

「今日からです。よろしく」

「こちらも、よろしく」

 彼は、透明なパテーションに寄って、病室を見渡すと、ベッドの手すりに腰かけた。

「誰もいない?」

「ええ、誰も」僕は、頷いた。

「君、何の病気?」

「それが、分からないんです」僕は正直に答えた。

 彼は、馬鹿にするなよと僕を睨みつけた。

「ここは、隔離病棟だぜ。隔・離・病・棟。感染する病気じゃない?」

「医者は、検査入院だって言ってました」

「どのくらい入院するって言ってた?」

「何も……」

 そうか、ここが隔離病棟なら、僕は感染症って事になる。

 それじゃ、彼も感染症って事?

 僕は、訊いてみた。

「貴方は、どのくらい入院しているのですか?」

「俺か……、もう一か月ってとこかな」

 彼は天井を見ながらつぶやくように言った。

「一か月ですか……、長いですね」

「もう少しで、出られるはずさ。病気が分かったって言ってたから」

 彼は、笑顔で答えた。

「何の病気ですか?」

「新種のウイルスって言ってたな。何とかって言う」

 彼は、右手首だけクルクルと回し宙を見て、何とかって言うウイルスの名を思い出そうとしていた。

「あ、いいです。無理に思い出さなくても」

 彼は、またガラス張りに寄ると、病室の入り口を指さした。

「向かいの病室。向かいの病室に移されると退院が近いんだ」

「そうなんですか?」

「そうなんだ」彼は、向かいの病室を羨ましそうに見つめていた。

 その時、看護師が病室に入ってきた。

 僕の前を通りすぎ、一号室に向かった。

 一号室の扉を開け、彼を連れた言った。

「やったぁ、退院だ。お先に、見舞いに来てやるよ」

 彼は、僕に軽く手を振り、病室を出ていった。

 僕は、彼を見送った。

 僕は、ベッドに寝そべった。

 僕がここから出るのも一か月以上かかるかもしれない。

 この際だから、ゆっくり休むのも、悪くないか。


 彼が、この病室を出て行ってから、どのくらい経っただろうか。

 僕は、何日もの間、検査を受けた。

 ただ、寝ているだけ。機械が勝手に検査をしている。

 もう、天井の模様も見飽きてしまった。

 時間の感覚が無くなってしまった。

 そう、この病室は、窓がないから、昼夜も判断できない。

 太陽を見ていないな。

 時計やテレビで時間は、分かる。

 けど、時計やテレビの時間設定なんて、どうにでもなる。

 何を信じていいやら、分からなくなった。

 もう、一か月くらい経っただろうか?

 早く、ここを出たいな。

 一号室の彼は、もう退院したのだろうか?

 なんか、眠くなってきた。


ド、ド、ド、ドッ。


 僕は、目を覚ました。

 音のする方を見て、ブラインドを開けると、僕の部屋のガラスに彼がいた。

「おい、起きろ!」

 僕は、飛び起きた。心臓が、バクバクしている。

 彼の怒り表情が、目が、僕の目を引き寄せた。

「どうしたんですか?」

 彼は、後ろを気にしている。

「退院なんかできないいんだ!

 感染方法、対処方が、分かれば、俺たちには用がないのさ。

 ウイルス感染したアンドロイドにパッチを当てて、退院させるか?

 代わりに新しいアンドロイドを使えば済むことだ。

 俺の代わりなんか、いくらでもいる。

 なぜ、俺は気付かなかっただぁ」

 その時、彼は二人の体格の良い看護師に抑えられ病室を出ていった。

「俺を消去しないでくれ」

 彼の声が、廊下に響き渡った。


 僕は、ゆっくりとベッドに戻り、横になった。

 天井を見上げる。

 天井は、いつものままだった。

 僕は、彼の言ったことを考えていた。

 

 その通りだ。直すより、丸々取り換えた方が合理的だ。

 病気を治すための入院じゃないんだ。


 逃げる?


 脱走?


 普通なら、きっと逃げ出そうとするだろう。

 古い映画を見たことがある。

「カッコウの巣」だったかな。

 僕は、見飽きた天井を見つめていた。

 

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