あかいみはじけた 21
読まれなかった手紙・3
長い長い懺悔をします。
わたしが犯した罪の話を。
誰にも言えない。今愛するあのヒトにも告白できない、そんな話を。
何が起こったかもわからないまま死んだ。あなたへ綴ります。
あなたが死んだ日。ベッドで安らかに眠りについた夜。
私の見守る中、あなたは生まれ変わりました。
産土に包まれ、新しいあなたが産声をあげました。あなたと一緒に、私も一晩中泣きました。
黒と白と赤。美しい色。縁起が悪いねと笑っていたあの人を構成するたった三色。
それだけで、わたしの心を慰めるには十分でした。
わたしは泣いてかすれた声で子守唄を歌いました。
あなたはすくすくと成長しました。あたりまえですが、あなたは生前のことは何も覚えていませんでした。それは、少しだけわたしを落胆させました。
わたしは、歌手になるのが夢でした。場末のバーで歌を歌う日々でしたが、あなたが生まれ直ってそれもできなくなりました。少しだけ、わたしは苛々とし始めていました。
その気持ちを誤魔化すように、あなたを膝に乗せてベランダで歌うことが増えました。
あなたは嬉しそうにたどたどしくわたしのメロディーを追いかけます。だけど、わたしは一緒に歌ってくれる人が欲しいわけではなかったのです。私の歌を聞いてもらいたかったのです。
あなたはどんどん成長して、私の愛したあなたに似ていきました。あたりまえですね。これはあなただったものなのですから。
ある日鏡に映る疲れた顔を見たわたしは、花弁の端が茶色く変色し始めていることに気付きました。あなたが成長する分、わたしは老いていく。そんな当たり前のことに、気付きました。
わたしを呼ぶその声が、わたしの知る低さになった時、わたしはどんな姿をしているのだろう?その時もう醜く枯れかけていたら――初めてわたしはその事実に恐怖しました。
あなたに友達ができたのも同じ時期でした。ヒトとはいえ女の子の。それもきっかけだったのかもしれません。
この声もいつまで持つか分からない、そう思ったら我慢できなくなって、わたしは再び夜クラブで歌う仕事を始めました。その頃には、あなたも一人で留守番ぐらいできる歳になっていました。
そして、働き先のバーであの人に出会います。とても優しい人でした。声が良いと、わたしのファンだと言ってくれました。プレゼントに、高級そうな瓶に入った栄養剤をくれました。胸が高鳴りました。わたしは、久方ぶりの恋をしたのです。
歌い続けていると、バーでの評判も上がりだしました。毎日が楽しくて楽しくてしかたありませんでした。そうなるにつれて、家でじっとわたしの帰りを待ち続ける、あなたが鬱陶しくなっていきました。
わざと生活費を渡さないことがありました。家に帰っても直ぐに寝て、碌に話しもしなくなりました。それでもあなたは、保育者(ガーデン)であるわたしを気遣い、いつも優しく労わってくれました。だけどその時のわたしは、それすらも厭っていたのです。
ついに、あの人からデビューしないかと誘われました。だけどわたしには戸籍すらありません。あの人は簡単にそんなものは用意できると言います。
だから君は只美しく微笑んで、綺麗な声で歌えばいいと。
わたしは迷っていました。そんなわたしにあなたは大丈夫?と事あるごとに聞いてくるようになりました。気付けば、あなたはわたしの身長を追い越していました。
あなたは、あの頃とまったく変わらないその姿で、何時の間にかわたしの前に立っていました。
名を呼ぶと、あなたはにかんで笑います。
抱き締めてほしい。わたしは手を伸ばしました。
でも、あなたはわたしの手をそっと握るだけでした。
私は泣きたくなりました。
ねえ、もうわたしのこと愛してないの?
違う。このあなたはわたしが育てたあなた。あなたじゃない。
わたしを愛してくれたあなたじゃない。
じゃあ、このあなたは、なんで此処にいるの?
わたしにはわからなくなりました。あなたが、わたしが。
ついて行きます。
結果、わたしはあの人にそう返事をしました。
あの人は良かった、これで明日から君は中流家庭のプランツの継代(コピィ)になると言いました。
だから、今いる家はもうあってはいけないのだと。
わたしは罪を犯しました。
決して許されることのない罪を。
あなたは何も知らず死にました。
この届くことの無い手紙は、あの場所でひっそりと燃やされるでしょう。
天へと昇る煙があなたへ届くことを祈ります。
いつかわたしが其処へ行ったときは、あなたが罰してくださいね。
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