あかいみはじけた 22

 アクアリオで一二を争う高級高層ホテル、そのワンフロアを全て占めるスイートルームのリビングで、ハンナは顔を真っ青にしながらソファに半身を凭れさせていた。

 電話で指示されるままに帰ってきたこの部屋に、まだ声の主は現れない。ワンフロア全てを使ったスイートルームには部屋が無数にあり、自ら探しに行くのも憚られてハンナはただ待つしかない。浮草のように漂う彼の居場所は贅沢なホテルから空調もない海辺の倉庫と様々で、訪ねるハンナにいつも慣れない緊張を与えてくる。

 早く彼に会いたい。ハンナはスカートを握り白い顔を俯かせた。前に家は無いのかと尋たら、住所が必要な書類を書くことなんて無いから、と意味の分からない返事をされた。確かに後ろ暗い地下組織の筆頭ともなれば、アジトを定めて一箇所に留まる事すら危険なのだろう。そもそも彼にとって安住の地などは、不要なものなのかもしれない。

 少しでも心を休めておこうと目を閉じれば、ここ数年間全く思い出すことの無かった一人のプランツの姿が脳裏を駆け巡り、逆に思考が掻き乱される。

「助けて……」

 ハンナは額を押さえて小さく呻く。胸元を掻き抱くが、そこに自分を保つ宝石の姿はない。

「どうしたんだい?」

 扉の開く音、そして毒を含んだ甘く優しい声が響く。開いたドアの先に立っていたのは、色の抜け落ちた白髪に金属フレームの眼鏡を掛けた、整った顔の青年だった。

 その輪郭、長めの髪、今は切れ長の瞳のおかげで分かりにくいが、眼鏡がサングラスにすげ代われば先日のゴシップ紙のスクープ写真に写っていた男にそっくりだと皆気付くだろう。ハンナはソファから飛び起きると入ってきた青年へと走り寄った。

「ゴーシュ!!」

 ゴーシュは「相変わらずいい声だ」とハンナの星の散った瞳に浮かぶ雫を指で掬い、そっとハンナを抱き締めた。

「大丈夫かい、不安だったろう?」 

 耳に直接流し込まれる落ち着いた声に、ハンナは恍惚とした表情浮かべて彼の身体にしだれかかる。

「ほんとよ!すっごく怖かったんだから。だって……」

「シンデレラティアが盗まれたって?」

「ええ……私どうしたら……」

 ハンナの手にきゅっと力が篭る。蒼白な少女のかんばせは、壮絶に美しい。だが同時に、見た目にそぐわない酷く老いた疲れを感じさせる表情のせいで、その美しさは奇妙に不自然さでもって歪んでいるようにも見えた。 

「ハンナ。テレビ局の監視カメラの映像に、不自然な点があったんだ」

 そう言ってゴーシュが三枚のモノクロ写真を取り出す。すべて同じ人物のもので、入館申請の受付口に取り付けられたカメラから撮影されていた。当然のように監視カメラの映像を出してくることが驚きだが、ハンナからすればこれもよくあることだ。彼を冠するユグドラという組織は表に枝葉を張るのではない、地中深くに沈む根のように、いろいろな場所にコネクションを広げ街に目を光らせている。

「これは……雑草魂のロク?」

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