あかいみはじけた 19

「アイツはね。燃え滓なの」

 広がる海に太陽が沈みつつある同時刻、クーを膝の間に置いて、その上に顎を乗せながらエルザは囁いた。クーはその重みに不満げに頭を揺らす。

周りには大量の機器が積まれ、その機器を蛇のようにのたうつ太いコードが縦横無尽に繋ぐ。そこは廃ビルの一画でありながら、まるで臨海地区放送局の管理室に居るのと変わりない環境となっていた。サポート役を任されているエルザは、適度に照明の故障や通信機器の不通を局内で起こし、今はガードマン達が三階以外のフロアを走り回るように仕向けていた。

 彼女の能力からすれば手遊びのような簡単な事なので、エルザの思考は全く別の事を考えて言葉を紡ぐ。

「五年前、ゼロの全ては灰になったの。全ての熱が、思いが、心が灰になった。そして何となく残骸だけが無様に残って、この街を彷徨ってる。もう心を動かす熱量も無いくせに」

 エルザは滔々と呟く。意味の分かっていないクーは、頭の重みを退かすことを諦めて再び足元の積み木に夢中になっていた。

「死神なんて呼ばれてるけど、死さえ呼べない。だって彼自身が只の亡霊でしかないもの」

 エルザは戸の無い吹き抜けの先にある隣室を横目に見た。大きな窓が付いたその部屋では、開け放たれた窓の枠に腰掛けたゼロが、鼻歌まじりに宵闇の向こうを眺めている。

 歌っているのは彼には似合わない流行のリズム、薔薇の歌い手の最新ナンバー。

「ねえクー。貴方のお兄さんは、彼の望みを叶えてくれるかな?」

 あんな青い宝石などではない、伽藍堂の空虚な涙ではない、もっと大切なものをゼロは欲している。

「ん――。にーは何でも叶えてくれるよぅ――」

 積み木に夢中になりながらクーは答える。その無意識が出す解に、エルザは棘が抜けるように憂いに満ちていた表情を和らげた。

「そう、それは頼もしいわね」

 一際大きな海風が部屋にまで届く。思わず紅茶色に染められた髪を押さえ、靡く髪の隙間からゼロが風に煽られ落ちたりしていないかを確認した。

「あっぶねーなあ。いくら俺でも骨折するところだった」

 人間なら骨折では済まない階下を覗き込みながらゼロがのんびり呟く。風でフードが完全に外れ、ゼロの顔がほんの少し丸みを欠けさせた真白の月の下露わになっていた。

「そろそろリウが仕上げしてる頃かなあ」

 病的に白い肌。うねる黒く細い枝葉が鳥の巣のように寄せ集まった頭部。そして枝葉全体を彩るような、小さな赤い実。たった三色で構成された、燃え滓の亡霊。

「俺の事、思い出してるかな。母さん」

 付けた実と同じ色の瞳を細めて、ゼロは機嫌良く鼻歌を再開する。

 風に乗って、その旋律は静かの海を駆けていった。

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