第5話

 沙夜と話しているうちに、彼女の意思というものが徐々に見え始めた。彼女には帰る家もないが、今まで通っていた高校は卒業したいという思いがあった。もっともそれに付けこんで「学費を払う代わりにこの仕事を受け持ってほしい」とあの役人から言われたということは想像に難くない。それが的外れな妄想ではない可能性の方が高いということに、京介は憤りを感じていた。


 沙夜の境遇を思えば無下に屋敷を追い出すこともできない。かといって後継者のための教育を沙夜に行うことも躊躇われた。それ以上に年若い女性をどう扱えばいいのか、京介には全くわからず困り果てていた。


 そんなある晩の事だった。夜も更けた頃京介は、屋敷に不穏な気配がないか探っていた。そうしながら自室に向かう途中で、苦しそうな沙夜の声が聞こえてきた。京介が声のした方を向くと、そこは沙夜に貸していた客室である。気配を探った限りでは彼女は眠っているはずだった。年ごろの女性の部屋に自分が入ることに迷いはあったが、苦しそうな沙夜の声をドア越しに聞こえた次の瞬間に京介は、客室のドアを開けていた。


 沙夜は確かに眠っていた。だが彼女が苦しんでいることはわずかな月明かりに照らされているだけでも、はっきり見てとれた。それほどに苦しそうな表情を浮かべながら、

「ごめんなさい……」

と涙が滲むような声で繰り返し呟いている。


 京介は沙夜の額に手を添えた。そこはじっとりと濡れていた。額に添えた手を通して彼女を苦しめている夢を覗き見る。

「あいつの母親、生活費全部パチンコに使ったらしいぜ」

「自己破産してるのに学校に来るなんて何考えてるんだろう」


 そんな無神経にしても度を超える発言を次々と、逃げ道を塞ぐように囲んで次々に沙夜へ浴びせている光景が見えた。

 夢の中でこんなにも生々しく沙夜を苦しめているということは、おそらく同じような経験を沙夜が現実でしたのだろう。


 京介にはあの役人たちが思うような、それこそ生粋の魔界人である父のような力は持っていない。だがそんな力は無くても、

「君は絶対に悪くない」

そう言ってこの悪夢をかき消し、安らかな眠りを彼女に与えることは出来る。


 ぱちん、という音と共に沙夜の表情が和らいで、安らかに眠っていることを確認した京介は、少なくとも今晩だけは悪夢が再び浮き上がることもないと判断した。

「おやすみなさい。いい夢を」


 そう言って部屋を後にする京介の後ろ姿を、沙夜が見ていたことに本人だけが気づかなかった。

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