第4話
翌朝、沙夜に女性ファッションのカタログを渡して服を選ばせた後、そのまま屋敷を出入りしている業者へ渡した。一応日本国籍を保持している京介だが、仕事は国家の最重要機密事項だ。それに加えて以上に老化が襲い体質の事もあり京介は、なるべく日本で他人と接触することを避けていた。本当は自分が服屋に連れていくべきなのだろうが、そうしなかったのはこういう理由だ。
この屋敷に来てからずっと落ち着きのない沙夜と少しでも心の距離を縮めようと、今日はこの屋敷を案内することにした。この馬鹿みたいに大きくて古臭い洋館は、代々ここの門番に受け継がれている。あまりにも広大すぎて管理が難しい場所も多く、一人暮らしには不要な使用人部屋や多すぎる客室の大部分は、ここ数年掃除すらしていない。
という事情も話に交えながら、書斎や調理場、大広間などを案内していた。最初の方こそ緊張していた沙夜だったが、京介が冗談交じりに話しかけているうちにこわばっていた表情が段々柔らかくなっていったのが見てとれた。
「次が最後かな。この屋敷で最も重要な場所で、君がここに来た理由でもある。だから一度見ておいた方が良いかと思ってね」
そう言って京介は廊下の突き当たりの、ひときわ重そうな扉を開いた。「ついてきて」と京介が沙夜を促す。見れば地下へと続く階段が、明かりもないというのにはっきりと見えた。
「この場所は門が近いから、沙夜ちゃんの世界ではごくわずかしかない魔力が集まりやすいんだ。この会談にも魔力が含まれた鉱石が使われていて、その魔力が霧散することなくここに留まっている」
迷いなく歩みを進める京介と、それに遅れまいと付いて行く沙夜。歩みを進める度に沙夜は、自分の周りの空気が刺すような冷気を帯びているような心地を覚えた。
「門に近づいて行くにつれて周りにある魔力の濃度が増していくんだよ。こんな魔力に満ちた空間は、ここの外では普通体験することが出来ないからね」
沙夜の疑問を察知したかのように京介が説明を重ねる。沙夜はこの空気に圧倒されてしまって、言葉を口に出すことも躊躇われた。そんな迷いを抱き続けながら必死に階段を下りている最中だった。
「着いたよ。ここが魔界への門だ」
京介は歩みを止め、隣へと沙夜を誘った。導かれるように沙夜は京介の隣へ立つ。前を見た瞬間、ここに来る道中とは比べ物にならないような桁違いの寒気に、全身が刺されたような感覚に襲われた。見上げれば二階建ての建物以上の高さの、石造りのずっしりとした大きな扉が鎮座していた。その扉には見ているだけの沙夜を恐れですくみ上らせるには十分すぎるほどの迫力を持っていた。
「この門を維持し、何事もないように監視と管理を行う。これが僕の一族ヴェスペリアの仕事なんだ」
年端もいかない少女には十分すぎるほどの威圧感を放ってくる扉を背に、平然とこう言い放つ。その京介の姿は、先ほどまで気さくに沙夜に話しかけていた紳士とは、別人のように思えた。自然と、沙夜の顔がこわばる。それもごく一瞬のことで、京介はすぐに優しげな声色で、
「じゃあ戻ろうか」
と、微笑んだ。その京介の声に沙夜は張りつめていた緊張感が少しだけ緩んだような気がした。
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