第3話

「帰る場所がないって、いったいどういう事なんだい?」


 今京介は、自分に門の後継者候補として押し付けられた少女、沙夜の事情を聞こうとしていた。しかし沙夜はなかなか口を開こうとはせず、どうしようかと考えあぐねていた最中に沙夜がぽつりと漏らしたのだ。


「私の家は父が居なくて……いわゆるシングルマザーなんですけど、あ、お父さんが自衛官だったことは知っています。ただ私は覚えてなくて……それで母に育てられたんですが、母は自分が稼いで来た分だけじゃなくて私のバイトの給料までパチンコに使うようになって……気づいたときには家は差し押さえられて、母は病院に運ばれて……呆然としていたところに防衛省の方が……」


 京介は「もう大丈夫だよ」と沙夜の話の続きを止めた。これ以上沙夜につらい思い出を振り返させたくなかったのだ。それと同時に、沙夜の逃げ道を塞いでここへ連れてきた官僚に怒りが募っていく。


 確かに自分は老いた。だからそろそろ後継者について考えなければいけない、そう彼らに話を持ちかけた。しかしこんな手段で無理矢理選ばれた人間を後継者に据えるくらいなら、若い頃につまらない意地を張らずに子を為していればよかったと心底後悔した。


 あの、というか細い声がして、京介は我に返った。沙夜は怯えた目でこちらを見ていた。


「私、ご迷惑でしょうか……?」


 そう問いかける沙夜の目には恐怖の色がありありと見えた。魔界人への恐怖ではなく、自分の未来に対してこの少女は怯えていた。


「いいや。沙夜ちゃんをここへ置いて行った人たちに思うところがあるだけで沙夜ちゃんはちっとも悪くないよ」


 京介本人としては安心させるつもりでこう言ったのだが、沙夜の憂い顔はちっとも晴れない。しかしほっと一息ついたのを見ると一応は安心してくれたらしい。


 ふと時計を見ると、時刻は二十時に差し掛かった頃合いだった。家を失った年頃の娘を放り出すのは良心が咎める。


「とりあえず、ここを家代わりに使っていいよ。まあ、男の一人暮らしだから色々不便だろうけど、君のことに関してはあの人たちからお金いっぱい貰ってるから気にしないでいいよ」


 部屋に案内しながら京介は、屋敷にある女物の服が最早骨董品レベルの実母のお下がりしかなかったことに頭を抱えるのだった。

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