勇者パーティーのOB会が、居酒屋で開催中のようで

編乃肌

第1話

花の金曜日。

 誘われた合コンも断って、私・円環まど たまきは、部署は違うが仲の良い同年代の同僚と、行き付けの居酒屋で飲む予定を組んでいた。


 社会人二年目、24歳、彼氏なし。

 本来なら合コンに参加した方がいいのかもしれないが、今回は乗り気になれなかったのだから仕方ない。


 入口に近い、簾で仕切られた座敷席に靴を脱いで座り、軋む机に肘をついてスマホを弄る。

 ラインにメッセージが来ていて、同僚は遅れて来るそうだ。アイツは頼まれると断れないタイプだから、また仕事を押し付けられているんじゃないだろうか。

 注文は後にするかと、私はお品書きを隅に寄せた。


 この居酒屋は、派手なネオンを避けひっそりと佇む、隠れ家的名店だ。店構えはレトロを通り越してただボロいだけな気もするが、妙に落ち着くし料理も旨い。どの品も味付けが絶妙で、料理上手な同僚も絶賛していた。

 知る人ぞ知る穴場なので、店内の客も疎ら。この適度な静かさがまた私のお気に入りである。


 しかし。


 チラッと、私は背後に視線をやった。

 安っぽい簾の向こうに、複数の人影が見える。隣の席は盛り上がっているようで、先程からちょっと騒がしい。

 しかも隙間から覗く髪が、金とか銀とかカラフルな色ばかり。


 一体何の集まりなのか、少しだけ気になって、私はそっと聞き耳を立てた。


「……だからさぁ、俺らって、魔王を倒した元英雄なわけじゃん? 世界を救った尊い連中なわけじゃん? そんな俺等のその後の生活保障を、ソルティーア王国にはキチンとして欲しいわけよ」

「いや、だがな勇者よ。俺たちはちゃんと王から報酬を頂いただろう。魔王を倒してから五年経ったが、あのとき貰った報酬は、向こう十年は遊んで暮らせる額だったと記憶しているが」

「うるせぇ、格闘バカ。あんな金、一年で使い切ったわ。もうこっちは生活苦しいんだよ! 借金返すために、伝説の聖剣も質屋に入れて来たんだよ! あークソ、勇者って肩書きだけで、勝手に家探ししても許されていた時代に戻りたい!」

「まったく……相変わらずだな君は。何で君が勇者に選ばれたのか、いまだに理解に苦しむよ」


 魔王? 聖剣? 勇者?

 何、この人たち、厨二病患者のオフ会?


 てっきりビジュアル系バンドの打ち上げとかだと思ったのに。

 飛び出したファンタジーな言葉の羅列に、私の頭は疑問符だらけだ。

 RPG大好きな人たちが、配役に成りきって会話しているとか……それにしては、随分夢が無い内容だけど。しかも何処だソルティーア王国。何州にあるんだ。


 駄目だ、小耳に挟んだだけなのに超気になる。


「お止めなさい、貴方達。もう五年前とはいえ、私たちは魔王を倒すため、神から天恵を授かった『5人の光の救世主』ですよ。こちらの世界の言葉風だと、謂わば神ファイブです。そんな私達が久方ぶりに再会したのですから、魔王討伐の旅の思い出とか、英雄のその後など、もっと実のある話を順次語っていきましょう」


 神ファイブって、神セブン的なノリだろうか。

 内容は壮大なのに、世界の救世主たちが総選挙で選ばれたみたいになってるよ。


 けど、委員長属性っぽい美声の人が、場をしきってくれたおかげで、やっと状況が飲み込めた。


 この人たちは、此処ではない異世界の住人らしく。

 彼らの世界には、魔物と人間の二つの種族があり、長い間争いを続けていた。

 しかし五年前。

 圧倒的な力を持つ『魔王』なる存在が誕生したことで、人間側は一気に窮地へと追いやられる。魔王が振り撒く邪気は大地を枯らせ、勢いを増した魔物に蹂躙される日々。

 そんな絶望的な状況下で、神に選ばれ人類の希望として戦ったのが、今飲み会をしているコイツらだと。


 言うなら、この集まりは勇者パーティーのOB会だ。


 さらに美声委員長(職業は『魔導師』だそうだ)の話を聞いていくと、彼らは魔導師が編み出した『次元転移魔術』とやらで、一時的にこちらの世界に遊びに来ているようで。

 魔導師は五年間その術の研究をしていて、最近になり二つの世界を行き来することに成功した。言語補正も魔術でバッチリ。それでせっかくなので、昔の仲間を集め、こちらでOB会を開くことにしたらしい。


 ただその術では、行き先の特定はぼんやりしか出来ず。日本の都会の端っこの、この質素な居酒屋に辿り着いたのは、まったくの偶然なのだそうだ。


 うん、設定はまあまあ凝っているな。


 私はスーツの上着を脱いで、お冷に口をつけながら、完全に盗み聞きの姿勢だ。

 だってちょっと面白い。

 勝手な想像では、金髪碧眼で甲冑姿の勇者が、この簾の向こうでビールを飲んでいて。黒いローブに銀の長髪の魔導師が、焼き鳥食いつつ場をしきっている。


「では、私の右隣りの貴方から。好きに語ってください」

「俺か!? え、えーと、俺は知っての通り格闘家で、『最強の戦士』と言われ、昔はソルティーア王国の闘技場で働いていたんだ。けどある日、『魔王を倒せ』とお告げがあり、お前達の仲間に加わった。それから何やかんや、魔族四天王も倒し、魔王を打ち取って……今は田舎に帰り、のんびり農業に精を出している」


 重低音で話す彼は『格闘家』か。イメージは筋肉隆々な大男かな。

 過去は歴戦の戦士で、今は農家なスローライフとか、退職したサラリーマンの第二の人生みたいだけど。


 そういう余生もいいなぁと思っていたら、同僚からまたラインが届いた。

 仕事は終わったが、塾で帰りの遅い妹が心配で迎えに行く。もう少し遅れるので、先に何か食べていてくれ、と。

 ちょうど勇者が「この手羽先ってやつウマッ」と声を挙げたので、店員さんを呼んで私も手羽先を注文する。


 てか勇者、食ってないで格闘家さんの話を聞けよ。


「息災なようで何よりです。ですが大分割愛しましたね。ここは名前の出た魔族四天王との戦いを、もっと掘り下げても良かったのですよ?」

「いや、正直五年も経つと記憶が薄れてきてな……四天王の中に何故か、愛らしい幼女姿の魔物が紛れていたことしか、記憶に無いんだ」

「ああ。あれは四天王の残り一人が決まらず、魔族の中で人気投票をして、あの子が選ばれたとか」


 魔王軍も総選挙か。

 なんで両軍ともアイドルのノリなんだ。


「そういえば格闘家さんは、その魔物だけは保護してやけに気に掛けていましたね。ロリコンだったんですね、なるほど分かりました」

「ロ、ロリコン? って何だ?」

「栄誉ある称号ですよ」


 不名誉な悪口だよ。


 ここで格闘家さんのターンは終了し、次は手羽先を食い続けている勇者の番になった。

 私の方も、店員さんが運んできた品に手をつける。黄金色に揚げた皮に、たっぷり旨味が詰まった手羽先は、店長秘伝タレの甘辛さが絶妙だ。


 嗚呼、ビールが飲みたい。


「ああん? 俺の話? 俺は今を生きるのに必死だから、過去なんざ特に話すことは無いが。俺は勇者になる前は、そこの格闘バカと似たようなもので、賭博場で働いていたんだ」

「何仕事してました風に語っているんだ。君は賭博場で遊び呆けていただけだろう」

賭博師ギャンブラーは立派な職業なんだよ。そんで、大負けして素寒貧になっていたら、神のお告げがあってな。お前は聖剣を抜いて勇者になれって。ちょっとは社会の役にたてってうるせぇから、仕方なく勇者になったんだよ」


 異世界の神様が、ニートの息子を持つ母親みたいだ。

 だからこんな、駄目人間の見本市みたいな奴が勇者になったのね……。


「魔王のことはほぼ忘れた。どんな姿だっけ? 真っ赤な服に白い髭のおっさんだっけ?」


 それサタンじゃなくてサンタ。魔王のサンタクロース事情? 

 もうちょっと、自分が倒した敵に興味持てよ。なんかこんなクズに倒された魔王が可哀想になってきた。


 私は手羽先の骨の処理をしつつ、想像上の魔王に同情する。


「さて、残りは私と『記録士』の貴方ですね。どちらから話します?」

「俺はどちらでも構わないが……」


 『記録士』って、どんな仕事なんだろう。生真面目そうな彼は、私の予想だと『騎士』とか『商人』だったから、これも説明してくれると有難いな。


 てか、あれ?


 私は口元を拭いて、訝しげに首を傾げた。


 ロリコン戦士に、クズ勇者。生真面目記録士に、委員長魔導師。

 神ファイブって言っていたのに、あと一人足りないよね?

 横目で簾に映る人数を数えても、やっぱり四人しかいない。欠席かな、だとしたら残念かも。


 ……というか私ってば、段々真剣に耳を傾け始めてないか?

 最初は妄想乙と面白半分で聞いていたはずなのに。彼らの異世界トークが本当のことのように錯覚してきてる。

 

 ヤバいファンタジーに毒されてきた。

 そう、私が額を押さえ悶々している内に、話の順番は記録士さんが先になったようだ。


 記録士とは、世界の変異を記録するお仕事で、勇者パーティーに加わりその活躍を書き留め、後世に伝える役割なのだそう。彼は戦闘能力は無いが、ソルティーア王国の宰相の息子で博識な上に、神から授かった『超速記』という能力があるらしい。

 いいな、議事録とか書くのに役立ちそう。


「『冒険の記録書』は、本にもなって凄い売れ行きだったな。俺の田舎でも話題になったぞ」

「普通に読み物として面白かったですからね。いっそ作家に転職したらどうですか? 次はラノベ書いてくださいよ。流行りの転生もので、元魔王(男)と元勇者(女)の学園ラブコメとか」


 さっきから思っていたけど、魔導師さんはこの世界のヲタク文化に浸かり過ぎている気がする。


「俺はあの本、不満しかないけどな。全然俺の活躍載ってねぇし」

「してないものは書けん」

「あん? 魔王にトドメ刺したのは俺だぞ。お前らが弱らしたところ、最後に聖剣で一突きしただけだが」


 勇者、お前は手羽先食ってないでもっと働け。


 そういえばコイツ等、支払いは出来るのかと心配になったが、先に何度かこっちに来ていた魔導師さんが、短期バイトで稼いだ金での奢りみたいだ。何のバイトか気になる、よく面接受かったな。


 さらに美味しそうに、プハーとビールを呷っている様子の勇者に、我慢出来ず私もなまを注文する。あと塩ダレキャベツも。これは欠かせない。

 ついでに追加の手羽先も頼んでいたら、勇者が「大体よぉ」と大きな声を出した。


「お前の記録、ほとんど『巫女』のことしか書いてねぇよな」

「なっ!?」


 ガシャンと派手な音が耳を突く。どうも記録士さんが動揺し箸立てを倒したようで、簾の向こうで忙しなく人影が動いている。


 巫女……というのが、此処に居ない5人目のメンバーなのかな?


「べ、別に俺は、ずっと巫女殿ばかり見ていたとか、そんなことは決して……っ」

「記録書の隅に巫女への想いを短歌で綴っておいて、なに今さら隠そうとしてんだ。見つけたとき『うわぁ』ってなったわ」

「君はあれを盗み見たのか!?」

「この世界で言う平安貴族みたいですね短歌って。あと貴方が巫女さんに惚れていることは、王国中の人が知ってますよ。あの本を読んだら誰でも分かります」

「そ、そんな……」

「というかやはり、記録士は今でも巫女が好きなんだな。こちらの世界に来てから、始終何処か浮ついた様子であったし。こっちは……巫女の居る世界だもんな」


 ――――ラストメンバーの『巫女』とは。

 勇者パーティーの紅一点で、元はこちら側の人間らしい。


 巫女は浄化の力を持ち、魔王の邪気を祓える貴重な存在。だがその力を持つに値する者が、勇者たちの世界には居らず。彼らの世界の神が、私たちの世界に住む当時17歳の日本人の女の子を、巫女の資質があるということで、あちらの世界に召喚したのだそう。


 だが巫女ちゃんからすれば、見返りもなく、知らん世界の魔王を倒す義理なんて無いワケで。

 彼女は勇者パーティーに協力する代わりに、病弱な自分の妹の身体を治せと、神に取引を持ちかけたそうだ。

 「私があんた達の世界を救うのと引き換えに、私の妹の世界を救ってもらうの。安い条件でしょ」と、神様相手にのたまった巫女ちゃん。男前だ。


 そんな彼女は魔王を倒す約一年半の旅の最中に、記録士さんとイイ雰囲気になっていたようで。傍から見ても、二人は明らかに両思いだった。

 しかし巫女ちゃんは文字通り、記録士さんとは本来住む世界が違う。役目を終えれば去る身であり、いずれ離れることは分かっている。

 だから互いに想い合っていながらも、どちらも心の内は告げず。巫女ちゃんは魔王を倒したあと、神の力で無事にこちらの世界に帰還を果たし、結局記録士さんとはそれっきりの関係らしい。


「やっぱ強引に引き留めてれば良かったんだよ。アイツは気が強いわりに押しに弱いし、お前が帰らないでくれって縋っとけば、俺らの世界に留まっていたかもしれねぇだろ」

「頼まれると断れないタイプですもんね、巫女さんは。苦労性同士、記録士さんとはお似合いですよ」

「巫女は料理上手でもあったし、いい嫁になるだろうな。うだうだしていると、他の男に獲られてしまうぞ!」


 酒が入ると、一番沸く話題は上司の愚痴か恋バナというのは、異世界人も同じようだ。当人そっちのけで、勇者共は二人の悲恋話で盛り上がっている。


 それにしても、男前で気が強いけど押しに弱くて。

 召喚時17歳なら恐らく私と同世代で。

 妹想いで料理上手な女の子、か。


 ……私の凄く身近に、その人物象にぴたりと当て嵌まる子が一人いるんだけど、たぶん気のせいだよね。


 会社の屋上で空飛ぶ飛行機を見て、「ドラゴンかと思った」とか。部長から貰ったエナジードリンクのことを、ポーションと言い間違えたりとか。

 今思えば彼女も十分ファンタジーなことを、希に口走っていた覚えもあるけど。


 関係ない、関係ない。

 そんな偶然起ころうものなら、それこそ神様の仕込みを疑うわ。

 大体コイツらだって、本物の異世界から来た勇者パーティーなわけないんだから。

 落ち着け私。脳が異世界にトリップしてるぞ! 帰ってこい現代日本に!


 そう自分に言い聞かせていたら、三度同僚からラインが届く。

 『思ったより早く行けそう。もう着く』……ってマジか。え、来るの? 此処に来ちゃうの? いや、そりゃ来るだろうけど。


 来て大丈夫なの!?


「巫女殿を黙って見送ったことに後悔は無いさ。彼女には帰る場所も、帰りを待つ人達も居た。俺があのとき告白しても、巫女殿を困らせるだけだったろう」

「記録士さん……ですが明かしますと、私は新魔術の探求とは別に、貴方達を再会させるため、『次元転移魔術』を研究していたのです。ようやく巫女さんの世界に繋げ、あとは彼女の居場所を特定するだけなんですよ? 貴方達はもう一度会って話をするべきです」

「そう、だったのか。俺達の為に……」

「はい。この術があれば、住む世界の隔たりなど些末な問題です。まぁ膨大な魔力を使い、その反動が私にくるので、世界を跨いで気軽に遠恋されても困りますが。あと言い忘れていましたが、私たちはこちらの世界に長くは居られませんよ。空気が合わず、持って最大二週間。それを過ぎると、主に咳、頭痛、吐き気、眩暈、関節痛などに襲われます」


 風邪の初期症状?


「どちらの世界にも上手く適応可能な体質も、巫女さん特有だったのでしょうね。私達では衰弱コースです。なので記録士さんが巫女さんと共に暮すとしたら、また彼女には私達の世界に来てもらうことになりますが。その辺りも貴方達次第かと。とにかく優先すべきは、お二人の気持ちだと私は思います」

「俺たちの気持ち、か。確かに本音を言えば、俺は彼女を諦め切れていない。今でも俺は巫女殿の……アイリ殿のことが好きだ。だけど彼女の方はきっと、俺のことなど忘れて、この居るべき世界で平穏に過ごしているだろう。……俺は何があっても、彼女の幸せの邪魔はしたくないんだ」


 急にシリアスな雰囲気になった。

 そして巫女ちゃんの名前は『アイリ』と言うのか、女の子らしい可愛い名前だ。

 ところで同僚の本名は『山中愛梨やまなか あいり』というのだが、これ如何に。


 ……何かもう、考えれば考えるほど、どんどん予想が肯定されていくのですが。同僚は他にもファンタジーな言動をしていたな、あれは時差ボケならぬ異世界ボケだったのかなぁとか。


 気付けば店内は妙なくらい静かで、後ろの奴等の声は嫌にクリアに聞こえるし。

 勇者たちは「ちなみに術の反動とはどんなものなんだ?」「こちらも身体的ダメージが来ますね……主に頭皮に」「マジで? だからお前の銀髪、なんか薄くなったの?」とか、恋バナから毛根トークに移ったし。


 私がそわそわと、座布団の上で足を意味なく組み替えている間に、同僚から『着いたよー』ってラインは来てたし!



「――――遅くなってごめんね、環! もう飲んでる?」



 立て付けの悪いドアが勢いよく開き、疑惑の人である同僚は、軽い足取りで入店してきた。

 彼女はすぐに私を見つけ、スーツ姿でショートの髪を揺らして寄ってくる。


 同僚の張りのある快活な声は、静かになった店内に明朗に響き。

 それはもちろん、私の背後の席にも届いたわけで。


「この声……まさか、アイリ殿?」

「え、なんで……どうして此処に?」


 ガタリと背後の人影が立ち上がる。きっと記録士さんだろう。

 同僚の立ち位置からは、バッチリ彼の姿が視界に入ったようで、彼女は私の席の前を華麗に通り過ぎ、向こう側の住人になってしまう。


 なんか簾が異世界との境界線のようだ。

 これで映る影は五つ。神ファイブ、もとい勇者パーティーフルメンバー。

 


 そして――――やっぱりお前が巫女なんかい!



「どうして此処に居るの? どうやってこっちの世界に来たの?」

「ま、魔導師殿が、『次元転移魔術』というのを使い連れてきてくれたんだ……自分の髪の毛と引き換えに」

「自分の魔力と引き換えです!」

「そうなんだ……また皆に会えて嬉しいよ。元気にしてるの? ディバンは今も格闘家として活躍中?」

「いや、俺は田舎に帰り農家をやってる。巫女の好きだったトウモロコーシを栽培中だ」

「素敵ね。アストラは? 相変わらずクズやってる?」

「おーう、このまえ借金苦で聖剣手放したわ」

「安定のクズね。フィクスは……お土産には育毛剤をおススメするわ」

「そろそろ私の髪ネタから離れてくれません?」


 ここにきて勇者たちの名前も明らかに。

 同僚は弾んだ声で、昔の仲間との再会を純粋に喜んでいるようだ。


 しかし、「リーズは……」と記録士さんの名を呼んだきり、その声は途切れてしまう。広がる沈黙と静寂。簾越しに伝わる気まずい空気。


 私も固唾を呑んで、向き合う二人のシルエットを見守る。程なくして、先に口火を切ったのは記録士さんだった。


「その……アイリ殿はどうなんだ? 妹さんの身体や、自身の生活は……」

「……妹は元気になって、今は高校受験に向けて勉強中だよ。私もこっちに戻ってから、何とか就職して、忙しいけどそれなりに楽しくやってる。やっぱ私には剣や魔法より、スマホや電子レンジの方が便利ね。こっちには家族も友人も居るし。無事に帰って来れて良かったって、心底思う」

「そ、そうか。そう、だよな」

「でも…………こっちの世界には貴方が居ないわ、リーズ」


 おお、同僚が切り込んだ!


 つい興奮して拳を握れば、店内の至るところから、ガタッと机や椅子を揺らす音が鳴った。それを疑問に思うも、そんなことよりコイツ等の世界を越えた恋愛事情だ。


 ここまで聞いてしまったら、結末を知らずに帰れない。

 開き直って最後まで盗み聞きしてやる。


「アイリ殿、それはっ」

「……悔しいことに五年経っても、あなたより良い男が見つからず困っているの。合コンに参加しても、リーズの方が優しい、リーズの方が気遣いが出来るとか、そんなことばっか。今では諦めて、合コンにも行かず会社の同僚と飲んだくれな日々よ」


 おい、お前そんな理由で私と飲んでたのか。

 いやいいけどね別に!


「お、俺もだ。五年経ってもアイリ殿より、一緒に居たいと思う女性に出会えない」

「それなら……話は早いじゃない」

「だが、その、俺と一緒になるとしたら、アイリ殿はまた俺たちの世界に来ることに……」

「そのくらいは覚悟の上よ。次元転移魔術だっけ? それがあれば、盆と正月くらいは帰れるんでしょ? 事情を知っている妹にも、『お姉ちゃんはやっぱり、その記録士さんと幸せになるべきだよ。私がもう一度二人が会えるように、異世界の神様に祈ってみる』とか言われたし。本当に毎日、寝る前に祈ってんのよあの子。今日私と出会えたのは、その祈りを神の奴が聞き届けたのかもね」


 流石は元巫女様の妹。

 仲良し姉妹は二人とも神通力をお持ちなのね。


「まったく、リーズは変わらずヘタレ真面目野郎よね。こういう時は他に、まず言うことがあるでしょ!」

「あ……そ、その、アイリ殿」

「はい」

「お、俺はアイリ殿を愛しています。毎朝俺のために……み、味噌汁? を作ってください!」

「喜んで!」


 ――――告白が日本風! 絶対教えたの魔導師だろ!


 などとツッコミを心で入れつつも、抱き合う二人の影は、御簾越しでもはっきり分かるほど幸せそうで。

 それに変にジンときた私は、思わずノリで祝いの声を挙げそうになった。


 しかしその前に――――店内中から一斉に拍手が巻き起こる。


「おめでとうお二人さん! 異世界とかは良く分からんが、無事にくっついて良かったなぁ!」

「いや、最初は『これが今時の若者の格好と会話か……嘆かわしい』とか思って気になり聞いていたが、よく言ったぞ兄ちゃん!」

「幸せにしてもらえよ、嬢ちゃん!」

「今日は祝いだ、みんなで飲むぞ! 店長、ビールもう一本追加だ!」

「俺たちの奢りだユウシャ共! 好きなだけ飲めー!」


 わいわいガヤガヤ。

 店内で一人飲み中だったサラリーマンも、作業着姿のおちゃん連中も。皆が皆グラスを掲げて、大声で二人を祝福している。


 途中から店内がやけに静かだと思っていたら……お前ら全員盗み聞きしてたのかよ!?


 あと皆さん、確実に酔っているよね! だいぶ飲んでいるよね!


「あ、でも、お世話になっている会社を急に辞めるわけにもいかないから、あと少し待ってね。その間に色々と準備も進めましょ」

「もちろんだ。俺の方も用意を整えて、改めて迎えにくるよ」

「はいはい、そういう堅苦しい話は後回し! とにかく飲むぞ、乾杯だ!」


 勇者の高らかな掛け声と共に、そこら中で「かんぱーい!」とグラス同士が触れ合う音が鳴る。

 私の方もようやくビールが届いたので(どうも店員さんも盗み聞きしていたみたいだ)、それにこっそり便乗しておいた。



 うん、もう何でもいいじゃないか。

 二人が幸福そうで、ビールが美味しければそれで。



 ――――こうして店中を巻き込んだ勇者パーティーのOB会は、深夜過ぎの閉店間際まで開催されたのだった。



●●●



 さて、それからの話である。


 飲み過ぎた私は酷い二日酔いに襲われ、土日は丸々家で寝込んでいた。

 どうやって居酒屋から帰ってきたかも定かではなく、酔って記憶も曖昧だ。


 だから……店から出て、見てしまったあの光景。


 暗い路地の空間の一部が四角く切り取られ、その向こうには西洋風な町並みが広がっていて。

 そこに入り消えていく、金髪碧眼の甲冑野郎に、銀髪の黒いローブ姿の美形。筋肉隆々な大男に、緑髪の好青年。

 そしてそんな彼らを手を振って見送る同僚という……あの純度100%ファンタジーな光景は。


 全部酒が見せた一夜の幻だということにしておきたい。



 ――――さらに一年後。


 私は本社へと栄転し、より充実した慌ただしい日々を送っている。

 同僚の方は寿退社が決まったようだ。私の転勤もあり、彼女とはあの勇者パーティーのOB会以降、共に飲みに行くことはなくなってしまったが、偶に連絡は取っていた。


 記録士さんとの結婚報告。

 それと是非、私にも結婚式に参加して欲しいという、お誘いを頂いたのは大変嬉しいのだが。


「式の場所が『ソルティーア王国の大聖堂』って……どうやって行けばいいんだ」


 魔導師さんがまた髪を犠牲にして、異世界から迎えが来るんですかね?


 とにかく結婚祝いには、あちらの世界には無いだろう、味噌汁用の大量の味噌でも送ってやろうかと、私は届いた招待状をそっとバッグに仕舞った。


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