第98話 すれ違う思い

 放課後になり、俺と桃園さんは少しオシャレなカフェに二人で入った。


「はい、武田くん。これ、バレンタインチョコです」


 桃園さんが俺にピンクの袋を渡してくれる。


「わあ、ありがとう」


 色んな女の子にチョコを貰ったけど、やっぱり桃園さんのチョコは別格だ。だけど――。


 俺は視線を自分の膝に落とした。


「――どうしたんですか?」


「いや、あのさ、俺たち来年受験だし……その、これからは少し距離を置かないか?」


「えっ?」


 桃園さんの目が驚きに見開かれる。唇がかすかに震えている。


「……そ、それって、別れようって意味ですか?」


「いや、違うよ! 別れようって言うんじゃなくて……ただ、その、ほら、勉強のために少し会う回数を減らそうっていう、そういうね……」


 しどろもどろになりながら答える。


 俺としては、桃園さんとは別れずに、少しずつ会う回数を減らし、徐々にフェードアウトすることで、いざ俺がこの世界から居なくなってもダメージが減らせるようにという配慮のつもりだった。


 だけど桃園さんの目からは涙がポロポロとこぼれ落ちる。


「……嘘ですよね?」


「え?」


「そんなの嘘です。私、知っています。最近、一緒にいても武田くんはいつも心ここに在らずという感じで――武田くんの心が私から離れていること……」


「あ、いや、そういう訳じゃ――」


 慌てて弁解をしようとするも、言葉が出てこない。


 だって、一体どうやって説明すればいいんだ。


「もし――他に好きな人ができたのなら、ハッキリ言ってください」


 桃園さんはうつむくと、ギュッとスカートを握りしめた。


「いや、誤解だよ」


「そうですか? 本当は、私より姫野さんが好きになったんじゃないですか?」


 えっ、姫野さん?

 

「いやいや、それは無いよ!」


「本当ですか? だって武田くんにチョコもあげてたし、修学旅行のときだって……」


 修学旅行の時?


 ああ。そういえば、姫野さん、俺に『興味がある』とか言ってたっけ。


 いや、でもあれは、恋愛感情とかじゃなくて、実験体みたいな意味での「興味」だとおもうぞ!?


「いや、それは誤解だって。どうして分かってくれないんだよ」


 思わず語気が強くなる。


 桃園さんは、しばらくうつむいたまま黙っていたけど、やがて絞り出すように呟いた。


「……武田くんだって、私の気持ち、全然分かってくれないじゃないですか」


 ***


「はあ……」


 家に帰ると、カフェでの出来事を思い出し、頭を抱える。


 結局、桃園さんともケンカ別れみたいになってしまった。


 どうしよう、謝るべきだろうか。


 この先、俺が居なくなって桃園さんが悲しむことを考えると、このまま自然に別れて、しまうほうがいいのかもしれないけど――。


 だけど。


 頭の中に、桃園さんの悲しそうな顔がチラつく。


 本当に、それでいいのか?


「……ああ、もう!」


 ボリボリと頭を掻きむしる。


 一人で考えていたって結論は出ない。

 思い切って、誰かに相談すべきかな。


 でも誰に。


 このことを信じてくれる人は――。


 その時、頭の中に一人の人物が思い浮かんだ。


 ***


 次の日。


 僕は朝早く起きると、高梨神社へとやってきた。


「はあっ、はあっ……」


 息を切らしながら石段を登りきり、顔を上げると、そこには見慣れたロリがいた。


「よく来たでございます、武田」


 俺の顔を見てニッコリ笑う杏ちゃん。


「杏ちゃん……俺が来ることが分かったのか?」


「ええ、巫女の力は万能でございます」


 マジかよ。すげーな、この世界の巫女って。


 そういえば、この世界は他の世界より神秘の力が強い、とかなんとか言ってたっけ。そのせいなのかな。


「ところで、相談があるんだけど」


「はい、少しそこに座って話しましょう」


 俺と杏ちゃんは、神社のペンチに腰掛けた。


「実は、相談っていうのは桃園さんとの事なんだけど――」


 俺は、バレンタインの日にあったことや、自分が消えてしまうのではという不安なんかをつらつらと話し始めた。


 杏ちゃんは、初めのうちこそふんふんとうなずきながら聞いていたが、俺の話を聞いているうちに、段々とあきれるような目付きに変わった。


「……全く、バカですね、武田は」


「――なっ……バカってことはないだろ!?」


 相変わらず毒舌だな、この子は!


「バカはバカですよ」


 ふう、とため息をつく杏ちゃん。


「武田、貴様は桃園さんを幸せにしたいとか言いながら、桃園さんのことをちっとも考えてないでございますよ」


「いや、俺は俺なりに、桃園さんのことを考えて――」


「違うでございますよ」


 杏ちゃんはヤレヤレと首を振る。


「武田が考えているのは、自分が傷つかなくて済むことだけ。もし本当に桃園さんのことを思うなら、全てを桃園さんに打ち明けるべきでございます」


「でも――」


 俺が別世界から来たなんてこと、信じてもらえるだろうか?


「いいですか、武田。女が一番嫌なこと、それは彼氏に隠し事をされることでございます。全てを打ち明けるのでございます。それが一番良い方法でございます」


 杏ちゃんは俺を真っ直ぐに見つめ、断固とした口調で言った。


「自分の本当の気持ちを、桃園さんに話すのです」


 自分の――本当の気持ち?

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