27.さようなら、桃園さん

第97話 二度目のバレンタイン

 いずれこの世界から消えてしまうと言われた俺。


 だけど――どういうわけか、俺はこの世界から消えないまま三学期が始まり、二月になった。


「今日はバレンタインですね、武田くん。この日は学校帰りにどこかへ寄ります? それともその次の土日にどこかへ出かけます?」


 浮き足立った教室。楽しそうなざわめき。ウキウキした表情で話しかけてくる桃園さん。


 何も知らないその無邪気な顔に、ズキンと胸が痛んだ。


「あ、ああ……そうだな」


 曖昧な返事をして窓の外を見る。


「武田くん、どうしたんですか? どこか具合でも悪いんですか?」


 浮かない顔の俺を見て、桃園さんは首をかしげる。


「い、いや、何でもないよ! それより、何だっけ?」


「えっと、バレンタインのことなんですけど」


「ああ、バレンタインね。桃園さんに任せるよ」


「はい……」


 申し訳ないけど、とてもじゃないけどバレンタインなんていう気分にはなれない。


 だって俺は、今日明日にでもこの世界から消えて居なくなってしまうかもしれないのだから。


 というか、そもそも俺がいなくなるってどういう状態なのだろう。


 目が覚めたら俺は病院のベッドに横たわってて、今までのことは全部夢でした、みたいな感じなのだろうか。


 そうなると――桃園さんはどうなるのだろうか。


 俺の事を全て忘れてしまう? それとも、俺は神隠しみたいに急に失踪した、という感じになるのだろうか。


 もし後者だとすると、桃園さんは可哀想なことにならないか? 彼氏が急に失踪するだなんて。


 ひょっとしたら、桃園さんの幸せのためには、桃園さんと少し距離を置いた方がいいのかもしれない。


「ほら、バレンタインチョコ」


 俺が下を向き、そんなことを考えていると、ミカンがオレンジの紙袋をぐい、と押し付けてくる。


「ああ……ありがと」


 どうやら今年はチョコ作りも間に合ったらしい。


 ミカンは俺の背中をバンバンと叩いた。


「どうしたのよ、浮かない顔して」


「いや、そんなことないけど。嬉しいよ、ありがとう」


「どういたしまして。さて、いっくんに渡してこよーっと!」


 ルンルンとスキップしながら去っていくミカン。


 全く、お前は能天気でいいよな!


「あ、あの……タツヤ、これ……」


 今度は、ユウちゃんがモジモジしながら水色のラッピングの箱を渡してくる。


「これは――」


「えっとその、感謝のしるし……友チョコ? かな」


 はにかみながらそう説明してくるユウちゃん。


「……えっと、もし迷惑ならやめる……けど」


「い、いやいや、全然迷惑じゃないよ! ありがとう!」


「良かった……」


 ほくほくとした顔で去っていくユウちゃん。


 良かった。去年の文化祭のこともあったし、てっきりユウちゃんには嫌われたかと思った。


 さて、後は桃園さんだけか。


 桃園さん……桃園さんに、話すべきなのかな、俺がこの世界から居なくなること。


 でも、どう考えても信じてもらえるとは思えない。俺が他の世界から来た存在で、この世界はマンガの中だなんて――。


 やっぱり、自然に距離を置くのが一番なのだろうか。


「はい」


 と、机に座り悩んでいる俺の目の前に、スッとピンクのハートの形をした箱が差し出された。


「えっ?」


 顔を上げると、そこにいたのは桃園さん……ではなく姫野さんだった。


「あ、ありがとう……」


「どういたしまして」


 クスリと笑って、姫カットにした長い黒髪をかきあげる姫野さん。


 何で俺にチョコ??


 姫野さんって、去年は小鳥遊にチョコをあげてたよな。


 確か、姫野さんがあげたのは呪いのかかったチョコで、それで神社の息子である小鳥遊の力を試してたって――。


 ゴトリ。


 俺は思わずチョコを手から落とした。


「――これってまさか、呪いのチョコ!?」


 呪いのターゲットを小鳥遊から俺に変えたってわけか!!


「あら、違うわよ」


 姫野さんが少しむくれた顔をする。


「これは呪いのかかってない普通のチョコ。言ったでしょ? あなたに興味があるって」


「ふーん……まあ、いいか。一応貰っておくけど……」


 怪しい!


 コウモリとかトカゲとか煮込んだ怪しいエキスが入ってるんじゃないかな。でなきゃ髪の毛とか爪とか……絶対食わねーぞ!


「ふふ、美味しくできたから、感想聞かせてね」


 妖しげな笑みをたたえ、去っていく姫野さん。


「全く……」


 俺がチョコをカバンにしまっていると、桃園さんと目が合った。


「あ……」


 俺は慌てて桃園さんの所へ行った。


「武田くん、姫野さんと仲良かったんですね」


 冷や汗が額を流れる。


「あ、いや、仲いいって訳でもないけど」


「そうですか? でも、チョコ、貰ってたみたいですけど」


「まあ、義理チョコだろ。ハハハ。あんな美人が俺に本命チョコなんてくれるはずないし」


 俺は笑って誤魔化した。


「そうですか? 武田くんってモテるし、心配です」


「いやいや、そんな事ないよ」


 しまった。何だか変な誤解を与えてしまったみたいだ。


 うーん。俺は桃園さんと付き合ってるんだし、やっぱり「彼女がいるから」ってチョコを断るべきだったかな。


 でもミカンやユウちゃんのチョコは受け取ってしまったし、姫野さんの分だけ断るってのもおかしいしなぁ。


 チラリと桃園さんの顔を見ると、憂鬱そうな顔でため息をついた。

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