第96話 願いの代償

「武田くーん!」


 お参りを終え他俺たちの所へ、今度は小鳥遊がこちらへ向かって走ってくる。


「おお、小鳥遊。あけましておめでとう」


「おめでとう。正月早々大親友である武田くんに会えるなんて嬉しいよ」


 俺の手をギュッと握りしめる小鳥遊。

 どうやら俺は親友から大親友へとランクアップしたらしい。


「あ、そうだ。ところで武田くん、あんずが呼んでたけど」


「杏ちゃんが?」


 どうして俺を?

 また変な予言でもしてくれるのか?


「武田くん、行ってきてもいいですよ」


 桃園さんが微笑む。


 うーむ。せっかくの桃園さんとのデートなのに。まあ、ちょっとぐらいならいいか。


「うん、じゃあ行ってくるね」


 俺は桃園さんに手を振り、杏ちゃんの元へと向かった。


 ***


「杏ちゃん、どうしたの?」


 俺は小鳥遊に言われた通り、神社の中へとやってきた。


 本殿に上がり込み、畳の敷き詰められた奥へと進むと、真ん中に巫女の服を着たロリが座っていた。


「よくぞ来たでございます。武田」


「はあ、こんにちは。どうしたの?」


 俺は杏ちゃんの正面にあぐらをかいた。


「どうしたもこうしたもないでございます。武田の願いの事でございますよ」


 願い?


「俺の願いの事って」


「去年話したでしょう。願いを叶える、その代わり、代償を払うことになる、と。その事でございます」


 代償――ああ、確かに去年そんな事を言ってたな。すっかり忘れてた。


「いや……でも、俺の願いは叶ってないぞ。俺の願いは確か、桃園さんと小鳥遊をくっつけることだったはずだ」


「それは違うですよ、武田」


 杏ちゃんは首を横に振る。


「武田の願いは『桃園さんを幸せにする』という事でございます。そしてその願いは達せられたです」


 俺は頭をポリポリとかいた。


「達成された――のか?」


 全然実感が無かった。桃園さんは、果たして俺なんかと付き合って幸せなんだろうか。

 迷惑をかけたことの方が多そうな気がするけど。


「達成されたです。それは間違いないでございますよ。そして、前回は代償のことをよく話して無かったと思い、武田をここへ呼んだでございますよ」


 そういうと、杏ちゃんはおもむろに立ち上がり、ビシッと俺を指さした。


「武田タツヤ、お主は願いを叶えた代償に、この世界から消えていなくなり元の世界へと戻るでしょう」


「え」


 頭の中が真っ白になる。


 俺が――元の世界に戻る!?


「な、なんだよそれ、冗談は――」


「冗談ではないでございます」


 真剣な顔の杏ちゃん。


 その顔を見て、俺もきっとその言葉は本当なのだろうと理解した。


 頭では理解したけど――。


 それじゃ、もう桃園さんにも会えないし、小鳥遊やみんなともお別れして元の冴えない陰キャ生活に戻るってことか!?


 なんだそりゃ。


 納得できない。到底納得できない。


「ど、どうして……って言うか杏ちゃん、俺が別の世界から来たことを知って……」


 喉の奥から何とか言葉を絞り出す。


「そりゃ、私は神様の巫女でございますから」


 ふふんと胸を張る杏ちゃん。


「神様が言うには、この世界の『神秘』の力は他の平行世界より強いでございます。だから私の力はほかの世界の巫女よりも強いのものになっているのだとか」


 どういう事だよ。訳が分からん。


 そこまで話すと、杏ちゃんは急に真面目な顔になる。


「武田は元々この世界の住人では無いでございます。貴様は桃園さんを幸せにするためにこの世界に来たのだから、その目的が達成された今、いつまでもこの世界に留まってはいられないでございます」


「そんな」


 それ以上の言葉が出てこない。心臓がバクバク言って、変な汗が出てくる。


 俺はここの人間ではない。だから元の場所に戻る。


 理屈は分かるんだけど、俺はもう、この世界に馴染みすぎていた。


 将来への展望も持っていたし、大好きな仲間や友達、彼女がいる。


 桃園さん――。


 頭の中に、桃園さんの顔がチラつく。


「いつなんだ。いつ、俺はこの世界から消えていなくなるんだ?」


 辛うじて舌を動かし言葉を出すと、杏ちゃんは冷たく首を横に振った。


「それは私にも分からないでございます。神様は気まぐれ。一分後かもしれないし、一週間後、一年後かもしれないでございます」


「そんな」


 暗く冷たい岩が頭の上にズンとのしかかったような気持ちになった。


 まさか俺が――この世界から居なくなってしまうだなんて!

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