第79話 たった一人の主人公
手紙を読んだ俺は、自分の机に寄りかかり、しばらく教室で考えこんでいた。
俺は一体、どうすべきなのか。
小鳥遊と桃園さんをくっつけることを優先するならば、ユウちゃんからの誘いを受けた方がいいのは明白だ。
だけどそうすると、桃園さんが悲しい思いをしてしまう。
でも――俺とくっついたところで桃園さんは幸せにはなれっこないことは分かってる。だって俺は、主人公でも何でもない、ただのモブだし。
そもそも桃園さんとユウちゃん、まさか二人が俺の事を思っていただなんて――。
そこまで考えて、俺は頭を抱えた。
――いや、俺は本当は薄々分かっていたんだ。
それなのに、見ないふりをしていた。
二人を傷つけたくなくて――いや、違う。
傷つきたくなかったのは、自分だ。
恋愛というものに真面目に向き合おうとすると、どうしても自分の過去と向き合うことになるから。
頭の中に、中学の頃の記憶が蘇ってくる。
『マジキモい』
『あいつ、和泉さんと釣り合うとでも思ってんの?』
『あんな陰キャと付き合ったら、和泉さんの格が下がるっつーの』
クスクス……。
俺が昔のことを思い出して憂鬱になっていると、ガラリと教室のドアが開いた。
「あれ、武田くん、こんな所で何してるの?」
教室に入ってきたのは小鳥遊だった。
「小鳥遊……あ、いや、俺は、ちょっとな」
下を向き、適当に誤魔化すと、小鳥遊はふうとため息をついた。
「武田くん、フォークダンスで誰と踊るか悩んでるんでしょ」
「えっ、な、何で小鳥遊がその事を知って……」
動揺している俺を見て、小鳥遊はふふ、と笑った。
「何でも何も、僕は桃園さんとユウちゃんにそれぞれ相談を受けてたんだよ。武田くんとフォークダンスを踊りたいけどどうしたらいいのかって」
え……えーっ! まさか桃園さんが小鳥遊にそんな相談をしていただなんて!
そんな……これまでの俺の苦労は一体……。
「そ、それで、小鳥遊はその相談に何て答えたんだ?」
尋ねると、小鳥遊はゆっくりと俺の隣に腰掛けた。
「僕は二人に全く同じ返答をしたよ。『はっきり自分の気持ちを言うのが一番だよ。思い切って告白してみな』ってね。そうでないと、武田くんは二人の気持ちに気づかないと思ったからね」
「そうか……」
さすが親友。すべてお見通しってわけか。
小鳥遊は、澄んだ瞳で俺の顔をのぞきこんだ。
「それで? 武田くんは、どっちとフォークダンスを踊るの?」
俺はゴクリと唾を飲みこみ、下を向いた。
「……それが、まだ決めてなくて」
「どうして迷うの? 武田くんは入学してからずっと、たった一人の女の子を目で追ってるでしょ? 僕、知ってるよ」
教室の窓から夕日が差し込んできて、机の影が長く伸びた。
俺は、言葉に詰まった。
じっと自分の指を見る。
「……でも、俺なんかでいいのかな」
「えっ?」
「だって俺は……なんていうか、地味だしオタクだしモブみたいなキャラっていうか……やっぱり桃園さんとは釣り合わないよ。付き合っても、桃園さんの格が下がっちゃうし……」
「そんなことないよ」
慰めてくれる小鳥遊。でも――。
「俺は、桃園さんを幸せにしたいとずっと思ってきた。でも、俺と付き合っても桃園さんは幸せになんかなれないよ。俺じゃない、もっと他のやつのほうが――」
「それは違うよ」
小鳥遊は俺の肩をがっしりとつかんだ。
「小鳥遊」
「桃園さんが好きなのは武田くんなんだ。桃園さんを幸せにできるのは、武田くんしか居ないんだよ」
「でも……」
小鳥遊は強い口調で続けた。
「武田くんは、自分のことをモブみたいだっていったけど、それは違うよ。桃園さんにとって君は、ただ一人のヒーローなんだよ。君が桃園さんを迎えに行かなくてどうするんだ」
「俺が……たった一人のヒーロー?」
「そうだよ。桃園さんを幸せにしたいのなら、君が自分で迎えに行って幸せにしてやるしかない。そうするべきだよ。でないと、後悔するよ」
小鳥遊……。
小鳥遊の真剣な瞳を見ているうちに、俺は段々と勇気が湧いてきた。
そうだ。
桃園さんを幸せにするのは――この俺だ。
俺はずっと桃園さんを思い続けてきたじゃないか。何を躊躇することがある?
桃園さんを、この手で幸せにしないでどうする。
小鳥遊は笑って言った。
「武田くん、君はモブなんかじゃない。君の人生の主人公は、君ただ一人なんだよ。君が自分の好きな人をヒロインにしてやればいい。君の好きな人を笑顔にしてあげなよ」
「小鳥遊――」
ああ、小鳥遊。
やっぱりお前は良い奴だ。
俺、お前の親友で良かった。
俺は力強くうなずいた。
「ありがとう、小鳥遊。俺、行ってくるよ」
最愛のヒロインを迎えに行かなきゃ。
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