第78話 ふたりの思い

「――お疲れ様でしたー!」


 劇が終わり、皆が舞台袖にはけていく。


「お、おつかれ……」

「お疲れ様でした……」


 俺と桃園さんも、挨拶を交わしながら舞台を下りる。


 何事も無かったかのような顔をして部室に戻る。


 そして部室に戻り、衣装から制服に着替えたあと、俺は先程の出来事を思い出し、顔を両手で覆った。


 あ、あ、あ、危なかったーーーー!!


 劇の最後、アリスちゃんにドンと背中を押された俺は、桃園さんに覆いかぶさって……何とか腕の力で耐えたけど、桃園さんの顔と俺の顔があと一センチぐらいの所まで近づいてしまった。


 もう少しで本当にキスするところだった。


 ヤバい。心臓のバクバクが止まらない。


 俺は主人公じゃないのに。桃園さんのことを好きになっても幸せにはしてあげられないのに。


 どうしてこんなにも桃園さんのことを意識してしまうんだろう。


 俺は小鳥遊と仲良く話す桃園さんの姿を思い浮かべた。


 ダメだダメだ!


 せっかく二人が上手くいきはじめたのに、俺なんかが桃園さんのことを意識しても、二人の邪魔になるだけだ!


 コンコン。


 と、急に部室をノックされ正気に戻る。


「――タツヤ、いる?」


「あ、うん、いるよ!」


 俺は部室のドアを開けた。

 立っていたのは、ユウちゃんだった。


 ユウちゃんはキョロキョロと辺りを見回した。


「……タツヤだけ? 小鳥遊くんと山田は?」


「二人はもう着替え終わって教室の片付けを手伝いに行ったよ」


「そう」


 ――パタン。


 するとユウちゃんはゆっくりと部室のドアを閉め、ポツリポツリと話し始めた。


「あの……タツヤ、この後のダンス、なんだけど……」


「ああ、この後のことか。それなら大丈夫。みんなで交代で踊れるように小鳥遊たちとも話をして――」


「私」


 ユウちゃんはギュッとスカートを握りしめると、消え入りそうな声で話し始めた。


「私、タツヤだけと踊りたい。タツヤにも、私だけと踊ってほしい。タツヤには、私だけを選んでほしいの」


「ユ、ユウちゃ――」


「タツヤが桃園さんのことを好きなのは知ってる。でも、桃園さんは小鳥遊くんとも山田とも他の男子とも仲がいいし――好かれてる。でも私にはタツヤしかいない」


「そんなこと――」


「タツヤにとっての一番が桃園さんなら、それでもいい。私は……二番目でもいい。それでもいいから、私とダンスを踊ってほしい。だって私――」


 ユウちゃんは、意思の強い瞳で俺の事をまっすぐに見つめた。


「だって私、タツヤのことが好きだから!」


 頭の中が真っ白になる。


 ユウちゃんが俺の事を……好き?


 そんな馬鹿な。だってユウちゃんは、人気ナンバーワンヒロインで、原作でも小鳥遊とくっついて――。


 どうしよう。想定外すぎて頭が上手く回らない。今年はグループ交際モードで行こうと思ってたのに、まさかこんな所でユウちゃんが告白してくるだなんて!


「あ、えっと……」


 俺が絶句していると、ユウちゃんはペコリと頭を下げた。


「……ごめん、急にこんなこと言って。でも答えはすぐじゃなくていいから」


 ユウちゃんは部室のドアに手をかけ、くるりと振り返る。


「私、生物室で待ってる。OKなら、迎えに来て」


 ピシャリと閉まる部室のドア。


 俺はユウちゃんが去っていったその場所をただ黙ってじっと見つめることしかできなかった。


 ど、ど、ど、どうしよう――!!


 ***


「はあ……」


 俺は溜息をつきながら教室へと戻った。


 どうしよう。


 俺がここでユウちゃんを選べば、ユウちゃんと小鳥遊がくっつくルートは恐らく無くなるだろう。それは俺にとっても好ましいことだ。


 だけど――。


 頭の中には、桃園さんの顔がチラついて離れない。


 去年の、あの桃園さんの悲しそうな顔が。


 まあ、今年は桃園さんもさすがに小鳥遊を選ぶと思うけど――。


「おーい、武田氏ー!」


 山田が俺を呼び止める。


「ん、どうした?」


「これ、武田氏が着てた衣装でござるよね? クリーニングに出しても良いでござるか?」


 山田が手にしていたのは、俺が女装喫茶で着ていたピンク色のドレスだ。


「……あ、いや、ちょっと待って!」


 俺は慌てて山田からピンクのドレスをひったくった。


「――あった!」


 ドレスのポケットに入っていたのは、昨日桃園さんから貰ったピンク色の封筒だ。


 危ねー! すっかり忘れてた。劇が終わったら読むように言われてたんだった!


「ごめん、これ、クリーニングに出していいから」


 バサリとドレスを山田に返す。


「はいでござる!」


 そして俺は、教室の掃除が終わると、人気ひとけの無くなった教室で一人、桃園さんからの手紙を読み始めた。



『武田くんへ。


 武田くんと初めて出会ってから、約二年が経ちました。あの頃、私は知り合いもおらず一人寂しく、不安な思いをしていました。


 ですが、武田くんと出会って、武田くんの立ち上げた演劇同好会で活動を始めて、私の高校生活は輝き始めました。


 楽しいことや幸せなことがたくさんあり、高校っていいところだな、と思いました。


 去年の文化祭、ユウちゃんと武田くんが一緒にダンスを踊ると聞いて、私はショックを受け、ユウちゃんに嫉妬しました。


 でも、それでも武田くんは一人でいた私を迎えに来てくれてすごく嬉しかったです。


 今年の文化祭、武田くんが誰も悲しい思いをしないように、みんなで過ごそうという計画を立てているのは知っています。


 だけど私は、贅沢な願いだとは思いますが、今年こそはユウちゃんではなく私を選んでほしいのです。


 武田くん、私は武田くんのことが好きです。


 もし私の思いに答えてくれるのなら、あの伝説の木の下に私を迎えに来て下さい。待っています。


 桃園メグ』

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